296 ギルドでの騒ぎ
ギルドの中に入る。
広い受付だがいまはがらんどうだ。
けれど、ところどころに人がいる。壁際や、酒場の方のテーブルなんかにポツポツとだ。どいつもこいつも、それなりに強そうだった。
俺たちが入ってきたことで、いくつもの目がこちらを向く。たぶんイマニモの巨大な体のせいで目立っているんだろう。
「それでは、そろそろ時間ということで――」
俺たちと一緒に、受付けのお姉さんもギルドの建物に入った。
しっかりとカギをしめた。
外にはまだA級以下の冒険者たちがいたが、もう騒ぐような雰囲気ではなかった。
お姉さんはいつもの受付けの前に立った。
俺たちはその近くにいるのだが、なんだか嫌な感じだ。他の冒険者たちは視線をくれるだけでこちらに近づこうとしない。
「皆の衆、そんなに離れていないでこちらに来たらどうだ!」
イマニモの大声。
うるせえ……どっかに耳栓でもないかな。シャネルはそこらへん、上手だ。最初から耳を塞いでいた。
ぞろぞろと冒険者たちがこちらに来る。
だが一定の距離はとっていた。
しかし一人だけ、イマニモの方へ来た男がいた。
「うるせぞ、でくの坊」
身長はイマニモと並ぶと小さく見えるが、実際は金山と同じくらいだろうか。つまり俺よりも少しだけ小柄なくらい。
「ほう、『月下の狂犬』ことラムラ・シグーどのとお見受けする」
「そういうあんたは『熊殺し』のイマニモだな」
プッ、と俺は笑ってしまう。
なに、なんでいきなり厨二バトル漫画みたいな会話してんの?
「おい、てめえ。いま笑ったな!」
シグーと呼ばれた男は、その矛先をこちらにかえた。
「ワラッテナイヨ」
笑いをこらえたせいで、変な言い方になった。
それをおちょくっていると取ったのだろう、シグーはこちらに近づいてくる。
ゆっくり、ゆっくり。肩で風を切るように。
フード付きのコートを着ている、たぶんその下に武器を隠し持っているのだろう。俺は警戒をゆるめない。
「おい、見ない顔だな」
「お互い様だ、俺だってあんたのことは知らない」
下手に出ようかと思ったが、やめた。
こういうのは最初が肝心、舐められたらダメよー。できる限りイキってみせる。
でも内心ではちょっと嫌だなと思っています、根が小心者だからね。
「てめえのことは――」シグーは金山を指差す。「知ってる。『金枝篇』だ」
「あ、はい」
金山は一歩後ずさる。おいおい、お前いちおうA級の冒険者なんだろ? ま、こいつの場合は昔からこういうところがあった。
誰かの後ろじゃないと虚勢をはれない。虎の威を借るなんとやらだ。
「ここには有名な冒険者がつどってる。『轟々雷』『二度死に』『浮雲』『獅子王』どいつもこいつもA級の冒険者だ。その中で、お前はなんだ?」
シグーはにらみあげるように俺にガンをとばす。
俺は目をそらした。
「シャネル、俺たちって何級だったか?」
「さあ、知らないわ」
シグーはバカにするように笑った。
「大方、そこの金枝篇の付添だろうがよ。邪魔だ、帰れ」
「ふむ……」
帰れと言われて帰るってのも、なんとなくバカっぽい。
あれだ、部活の時間に顧問の先生に『やる気がないなら帰れ!』って言われて、本当に帰ったらダメみたいな。ま、俺そんなの言われた経験ないけど。
「べつにギルドカードにはパーティーで来ても良いって書かれてたよ」
金山が俺の後ろから言う。
「ザコを連れていとは書いてねえ。そもそもパーティーなんぞ組んでる時点でお里が知れるってなもんだぜ。本当に強い冒険者ってのはな、俺みたいにソロでも強えんだよ」
「なにがソロだよ、友達いないだけじゃないか!」
金山は指差してシグーに言い放つ。
俺はげんなりした。
やめてくれ、その言い方じゃまるで俺がお前と友達みたいじゃないか。
そもそもそんな挑発で怒るやつなんているのかよ、友達なんていらねえだろ?
「なんだと、テメエ!」
あ、いた。
なんだ、もしかしてマジで友達がいないからソロプレイしてるだけなのか? このシグーくん。そう考えるとちょっと気の毒だね。
「バカバカしい」
シャネルはあきれたように吐き捨てると、ティアさんの髪の毛を触りはじめた。
「あっ……? あ?」
「ねえ、縛ってみたらもう少し可愛くなるわよ。ただ流してるだけじゃ色気もないし」
「あっ、あっ、あ」
ティアさんは小さく頷いている。なんだかんだ、最初は怖いとか嫌いみたいなこと言ってたけど、仲良しになれたのか? ま、俺は金山とは一生仲良くなんてできねえけど。
「女連れたあ、余裕だな! おいッ!」
シグーが動いた。
無手の右腕が俺の首元めがけて伸びてくる。
大丈夫、反応できる。バックステップで避けた、つもりだった。
だが、驚くべきことがおきた。シグーの爪が伸びたのだ。刃物のようにとがった爪が、俺の喉元をねらってくる。
俺は体を無理やりよじらせてそれをよけた。
そのまま距離をとり、片肘をついて刀に手をかけた。
「ふん、反射神経はそこそこらしいな」
「べつにそれだけじゃねえよ」
俺は余裕ぶって言いながらも、生唾を飲み込む。
このシグーという男、間違いなく俺を殺す気だった。
さすがに長いこと冒険者をやっていれば、他人の殺気くらいは手にとるように分かる。
それが経験による成長なのか、それとも『女神の寵愛~シックス・センス~』によるスキルのものなのかは判別できないが。
「次は殺す」
「俺の経験上だがな、お前みたいなやつはたいてい噛ませなんだよ」
いや、マジで。
たいていね、こうやっていきなり突っかかってくるやつにろくなやつはいないのよ。
「てめえ、ぶっ殺す!」
シグーの両腕の爪が伸びた。
合計10本の爪はまるでそれぞれが意思のある鞭のようにうねうねと動いている。
「深爪した時に便利そうな能力だな!」
スキルだろうか? だとしたらなんとも微妙なスキルだ、爪が伸ばせたからだってなんだというのだ。俺は刀を地面と水平に抜いた。
「ギルド内での喧嘩はやめてください!」
受け付けのお姉さんが叫ぶように言う。
だがシグーは聞く気などないようで、そしてそれはこちらも同じだ。
しなる爪が地面を切り裂きながらこちらに向かってくる。
刀で――。
しかし俺が対応しようとするその前に、俺とシグーの間に割り込む男がいた。
「双方、武器をおさめろッ!」
大恫喝に地面が揺れた。
音とはすなわち振動である。俺はあまりの声に一瞬、自分の体が吹き飛ばされそうになるのを感じた。
割り込んだのは当然、イマニモだ。
「どけよ、熊殺し。お前から殺るぞ」
「無益な殺生はしたくない」
「俺の方が殺されるっていうのかよ!」
「このままではそうなるだろうな。そちらの御仁も、剣を収めていただけぬか」
俺は素直に刀を鞘に戻した。
べつに俺だってこんな場所で人殺しがしたいわけじゃないからな。
「終わったの?」
と、シャネルがつまらなさそうに聞いてくる。
「しらねえ」
まったく、人騒がせなやつらだ。
受け付けのお姉さんはホッとした顔をしている。だが、他の人間たちからの目は冷ややかだ。いきなり騒ぎ出したやつら、とでも思われているのだろう。
「そういえば御仁、名前をうかがっていなかったな」
「人に名前をたずねる場合は、まず自分からだろ?」
俺は言ってやる。
ふふふ。このセリフじつは一度つかってみたかったのだ。
「げに。小生はイマニモ、熊殺しという二つ名で呼ばれている冒険者だ」
イマニモは手を差し出してきた。握手だろう。
まあ面倒な喧嘩を止めてくれたんだ、握手くらいには応じるかまえだ。
「榎本シンクだ、ただの冒険者。二つ名なんて上等なもんないよ」
俺が名乗ると、イマニモは嬉しそうに頷いた。
「エノモト・シンクさん?」
しかし一人だけ、驚いた顔をした人がいた。
それは受け付けのお姉さんだった。
なんだろう?
「エノモトさん、待ってたんですよ!」
いきなりそんな嬉しいことを言われる。
美人に待っていたと呼ばれて喜ばない男はいない(断定)。
「顔がにやけてるわ」
シャネルがナイフで刺すように小さく言う。
俺はつとめて険しい顔をした。
「待っていた、とは?」
聞いてみた。




