295 ギルドの前で
というわけでギルドに向かった俺たち。
なんだか足元は少しだけおぼつかないが、まあ大丈夫だろう。
パリィのギルドは、ドレンスにおける冒険者ギルドの総本山だ。いろいろな街にギルドはあるらしいけど、ここが間違いなく一番の規模をほこっている。
大っきな建物が見えてきた。
でもなんだか様子がおかしい。
ギルドの前に人が集まっている。
どれも柄が悪そうな人ばかり。なんというか、コンビニの前でヤンキーがたむろしている感じだ。こっちの世界に来る前の俺ならば確実に近づかないようにしていただろう。
男女比は9対1くらいだろうか。おそらく全員が冒険者だ。
「なんで中に入らないんだろうな」
「たぶん、招待されてないんだよ」
「招待?」
金山は重々しく頷いた。
はて、なんのことやら。べつに冒険者ギルドへ入るのにそんなものはいらない。それこそコンビニみたいな気軽さで冒険者じゃない人も入れる。中には酒場もあるしね。
まあ、治安が悪いのでそこらへんの問題はあるが。
「今回の魔王討伐は大事業だからね。A級以上の冒険者のギルドカードにだけ、通知がいったんだ」
「ほう、つまり精鋭を集めていると?」
ちなみに俺とシャネルのランクはそんなに高くなかったはずだ。本来ならばお呼びじゃないんだろうが、金山と一緒なら中に入れるのだろうか?
「そういうことだね」
ギルドの前では冒険者たちが騒いでいる。
「ふざけんじゃねえ、こっちは今日の仕事にありつこうと必死なだぞ!」
「換金もできねえってのはどういうことだ!」
「早く開けろや!」
コワーイ。
なんであの人たち、あんなにイラだってるんだろうね。そういうとこだぞ、冒険者の民度が低いって言われる原因。
「申し訳ありません、本日のギルドの営業はお休みでして」
矢面に立っているのは、受付けのお姉さんだ。どこのギルドに行ってもお姉さんはたいてい美人。もしかしなくてもあれは顔で選んでるな、間違いないな。
でも相手が美人だからって冒険者たちは許してやるような様子はない。
というよりもあきらかに舐めてかかっているみたい。
ついでに女の冒険者たちも口汚いことを言っている。嫉妬も混じっているかもしれない。
「蓮っ葉な女は嫌いよ」
シャネルが忌々しくつぶやく。
「はすっぱ?」
なんだそれ、知らない言葉だ。
「品のない女の人を罵って使う言葉よ」
「ほえー」
勉強になったね、寝たらたぶん忘れるけど。
にしてもあれだな、入り口の前にこんなに人がいたらまともに中に入れないぞ。
なんて思っていると、
「どけえぇえぇいっ!」
鼓膜がわれるかと思うほどの、大声が響いた。
俺は耳を塞ぐ。……うるさい。
隣ではシャネルも嫌そうな顔をしていた。
現れたのは身長が2メートルをゆうに越すであろうというヒゲモジャの大男。額に真一文字の傷がある。鋭利な刃物でつけられた傷ではなく、おそらくは獣の爪かなにかでついた傷だろう。
男は邪魔な冒険者を一人持ち上げ、そら高く放り投げた。
「すげえ……とぶな」
俺は思わず感心した。
大の大人が一人、スーパーボールが跳ねるみたいに飛び上がっていったのだ。
「お前たち、いたいけな淑女を大人数でなぶるとはなにごとか!」
どこか芝居がかった口調で、大男は冒険者たちをちぎってはなげ、ちぎってはなげていく。
まるで災害から逃げるように、無事な冒険者たちは大男から距離をとる。
「おいあれ、グレート・ベアー殺しのイマニモだぜ」
誰かがそう言う。
「有名人か?」と、俺はそういうのを知っていそうな金山にたずねた。
「A級の冒険者さ。グレート・ベアーっていうモンスターを討伐したことで名を挙げたんだ」
「知り合いか?」
「面識はないよ」
イマニモという名前の大男は受付けのお姉さんをかばうように、前で仁王立ちする。
「今日は冒険者ギルドの中へ招待された一部の者しか入れん! 用のないものは帰られたし!」
べつにみんな、用事がないのに来てるわけじゃないのでは?
いや、中には俺みたいに暇つぶしのつもりの人もいるかもだけど。
イマニモは冒険者界隈では有名なようで、その相手に文句を言うような人間はいなかった。
満足そうに頷くイマニモ。
しかしこっちとしては非常に困った事態だ。だって考えてもみろ、こんなふうに大見得を切られたら俺たち出て行きにくいじゃないか。
「い、一回出直す?」
金山も同じようなことを思ったらしい。
「珍しくお前の意見に賛成するよ」
いま出ていくと目立ってしかたない。ここは騒ぎが収まるのを待ってからこっそりとギルドに入ろう。
と、思っているとティアさんがてくてくと歩き出した。自分たちもギルドに用事があるのだと言わんばかりの足取りで。
「どうかなされたかな、お嬢さん?」
ティアさんのエルフ特有のとがった耳はエナン帽子でちょうど隠れているのだろう。
「ああっ……」
なにを言っているのか、よく分からないがもしかしたらどいてくれとでも言っているつもりなのかもしれない。
「ティア、ちょっと」
しょうがないとばかりに金山が出ていく。
人垣の中から突出する金山とティアさんはとても目立った。
「あれ、もしかして金枝篇のカナヤマじゃねえか?」
誰かが言う。
なんだよ、金山も有名人なんだな。そりゃあそうか、A級の冒険者だもんな。
どれくらいの有名さなんだろう? ちょっとした有名ユーチューバーくらいかな。分からないけど、興味ない人はまったく知らないけど好きな人たちからしたら常識、みたいな。
「金枝篇! これはこれは!」
イマニモは嬉しそうに大手を広げた。
「あの、どうも」
金山は頭を下げる。ちゃんと挨拶ができるのか。偉いな。
「なかなかの顔立ち、そうとうの腕とお見受けする」
イマニモはニヤリと笑う。
「いや、べつに……」
金山は愛想笑いをしている。
いかにも強者同士の謙遜みたいに見えるわ、なんかあれ良いな。今度俺もやってみようかな。
「ねえ、シンク」
「はい」
シャネルがちょっと笑っている。こいつめ、楽しんでやがるな。
「どうするの?」
それなんだよね、と俺も頷く。どうしようかこれ。
このままだと俺、どんどん出にくくなるぞ。
「私が先に出てあげましょうか?」
「それはそれで、なんか格好悪い」
というか金山の後にそれやったら二番煎じ感が出て困る。
そんなことをしている間にも金山とイマニモの話は盛り上がっている。というよりもイマニモの方が盛り上がっている……勝手に。
「そうかそうか、金枝篇どのも呼ばれたか!」
「あ、いや、まあ……」
「今度の以来はそうとうなもの、お互いに腕がなりますなぁ!」
「そ、そうっすね」
いちいち声がデカイよね、この男。
とうとう金山がこちらを見た。助けを求めるように。
それで、イマニモもこちらに注目する。
「おや、そちらの御仁は?」
やれやれ、覚悟を決めますか。
俺は精一杯のポーカーフェイスで前に出た。シャネルもついてくる。
「ま、いち冒険者ですよ」
と、格好つけて言ってみる。
イマニモは破顔した。
「強いな!」と、叫んだ。
謙遜しようかな、と一瞬迷う。けどそれもパクリっぽいくて。
俺は不敵に笑って言い切る。
「まあね」
それで、イマニモはさらに顔を歪めて大笑いをするのだった。




