294 魔王復活
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照り刺す太陽を小馬鹿にするように俺は笑って、パラソルの下のテラス席で冷たいワインを飲んでいた。
シャネルは俺の対面で、円錐形の奇妙な帽子を手でもてあそんでいる。
「まったく、つまらないものが流行したものだわ」
最近、ドレンスの一部上流階級で流行っているエナンという名前の帽子だ。トンガリ帽子、というよりもクリスマスに頭につかえる浮かれた三角コーンみたいな形をしている。
「それ、かぶらないの?」
「流行がすなわち良いものとは限らないわ。周りに流されるんじゃなくて、自分の嫌いなものにははっきりとノンと突きつけられる気概も必要よ、違って?」
「ごもっともです」
俺はワインを飲む。
そんなふうに文句を言う割に、ちゃっかり買っているんだよな、エナン帽子。
「聞いた話じゃ、この帽子のために家を改築した貴族もいるそうよ」
「え?」
エナンはとても背の高い帽子だ。三ツ星シェフでもここまでの帽子はかぶらないだろう。
天井の低い家では引っかかるかも知れない。
いやいや、それなら帽子の方をなんとかしろよ。
というのは庶民の考え。
ドレンスの上流貴族ともなれば家の方をなんとかしてしまうのだ!
まったく、パリィの街には孤児もいるっていうのに、お金なんてあるところにはあるもんだな。
なんて思っていると――。
「榎本、榎本ッ!」
いきなり声がした。
俺はげんなりとした顔をする。この声は――そうだね、金山だね。
「うるせえよ」
と、言って俺はワインを飲む。
「ちょっと榎本、昼間からお酒飲んでるのかよ?」
「昼間からじゃねえよ」
「だって飲んでるじゃない」
「朝からだ」
シャネルの顔をちょっと見る、まったく笑っていない。
俺の冗談、つまらないのかな。
「それよりも榎本、ギルドカード! 見た!?」
「ギルドカード?」
いや、まったくと首を横にふる。
いちおうギルドカードは持っているけど、あれはそんなに見るもんじゃないしな。
シャネルは金山の後ろにいるティアさんを見ている、というか睨んでいる。
こっちへこい、と手招きをした。
「ああっ……?」
ティアさんはよたよたと近づいてくる。
「はい、どうぞ」
シャネルはティアさんの頭にエナンをポンっと乗っけた。
在庫整理。
「ああっ? ああっ……ああっ!」
ティアさんは嬉しそうだ。
「それ、あげるわ。貴女にきっと似合うわよ」
「ああ、ああ」
ティアさんはぶんぶんと首をたてにふる。
「良いの、榎本? 高いんでしょ?」
「値段は知らん」
少なくともこのワインよりも高いのは確かだ。
というかシャネルのやつ、最低じゃないか? 自分の趣味じゃない帽子を人にあげて、貴女に似合うわよか。なんか女の子は女友達に対して、似合っていない服装を褒めることがあると聞いたことがある。
なぜかって?
その方が男にモテなくなるからだよ!
「それで、お前なんでここに?」
せっかくこうしてカフェでワインを飲んでいるのにさ。邪魔くさい。
「え、いや。ギルドに行ったらここにいるって……」
「なんでギルドが俺たちの居場所知ってるんだよ」
「あ、ごめんシンク。私が教えたわ。なにか仕事でも舞い込んでこないかと思って」
「なら許す」
ダダン、と金山が地団駄を踏む。
「ケチな仕事なんていまはしてる場合じゃないんだって!」
「で、なんでさっきからそんなに急いでるのさ」
今日は休日だろ?
いや、知らないけど。
でも冒険者なんてみんないつだって休日みたいなもんだし。
「魔王だよ、ま・お・う!」
「はい?」
なんの話だろうか。
周りの客たちがこちらを見る。金山の声が大きかったせいだ。
「とうとう復活したんだよ、魔王が!」
「あのさ、金山」
「なに?」
「この異世界って、そういう世界観だったの?」
いや、まあ今までも何度かそんなことがあったけど。
魔王ってさあ……現実的じゃないよね。あ、待って。そういやこの異世界には勇者もいたしな。俺がもう殺しちゃったけど。
そういう考えでは魔王もいてもおかしくないな。
昔、シャネルにも説明してもらったことあるしな。
「これは新聞なんかじゃまだ言ってないことなんだけどさ――」
「おう」
「復活したんだよ、魔王が」
「それはさっき、聞いた。で、それがどうした。まさか討伐にでも行くのか?」
金山はニヤリと笑った。
「さすが榎本、察しが良い」
ふむ。俺は立ち上がる。
「ワインは?」と、シャネル。
ここらへんはツーカーだ。
「シャネル、飲むか?」
「もったいないからちょうだいするわ」
シャネルは残っていた分をぜんぶ飲んだ。金山が目を丸くする。シャネルはたくさん飲んでもとにかく大丈夫なのだ。
「というわけで、話を聞こうじゃないか」
悪くないぞ。
こういうのは好きだ。なんせ冒険者っぽい。
「報酬もすごいんだよ!」
「そりゃあ良い」
この前の洞窟探索はさんざんだったから。死にそうな目にあって報酬はぜんぜんだった。
「とりあえずギルドに行こう」
「良いだろう」
俺は腰の刀を確認する。久々に腕がなる。そんな予感がするのだった。




