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292 ここまでの旅路が、あなた達の宝物



 スキル、っていうのは不思議だと思った。


 ようするにその人間の才能なのだろう。けれどそれが全てではないのも確かだ。たとえば剣術のスキルを持っていなくても剣を振ることはできる。


 けれどやっぱり才能があるのとないのでは上達の具合とかも違ってくるのだろう。


 もっとも、それ以外のスキルもある。

たとえば俺の『5銭の力+』みたいなユニークスキル。あれはもう才能とかそういうもんじゃない。


 そして先程のティアさんがやってくれた魔力の譲渡じょうと。あれも才能ではなくティアさんの能力だろう。


 ということで、スキルってのは色々あるんだ。


「うーむ」


「どうしたの、シンク。いきなりうなって」


「いやね、あのね――やっぱりあれかな?」


「どれよ」


 俺の前を金山とティアさんが歩いている。2人はなにか談笑をしている。いや、というか喋っているのは金山だけで、ティアさんはもっぱら聞き役だ。


「これ、人のスキルとか勝手に見たらやっぱり失礼なのかな?」


 俺は気になっていたことをシャネルに聞いた。


 だってそうだろ、言ってしまえばスキルなんて個人情報みたいなもので。人に勝手に見られるのは気持ちよくないはずだ。


「さあ、どうかしら。でもべつに良いんじゃない」


「良いの?」


「そもそも他人のスキルが見られる人間なんて少ないわ。むしろそれは貴方の特技なんだし、気になるならやってみれば?」


 ふむ。


 まあ、あんまり俺は人様のスキルを見ないんだけどね。


 なんでかといえば単純に疲れるからだ。俺はもともと持っている魔力の総量が少ないのだろう。だから少しでもスキルを使うとすぐに疲れてしまう。


 でもいまは元気だし、それに湧き上がる好奇心を抑えきれない。


 ――エルフのスキルってどんなのなのだ?


 気になってしかたのない俺はスキルを発動させた。『女神の寵愛~視覚~』だ。それでティアさんを見る。



『エルフ』

『魔力交換』

くう魔法B』



 え、エルフってスキルなの!?


 よく分からねえけど、そうなんだ。知らなかった。


 あと2つのスキルはなんだ。『魔力交換』は俺に魔力を分けてくれたあれだよな。あとは……空魔法? なんだそれ。


 そういやシャネルが言ってたな、エルフの使う魔法は人間の使う陰陽五行の魔法とは違うって。そういうことなのか?


 ふーん、そうなんだ。


 これでいちおうは満足した俺。


 しかしついでに金山のスキルも覗き見てやろうと視線を向ける。


「あれ?」


 しかし、ダメだった。


 いつもならスキルが文字として浮かび上がってくるのだが、どうしてもそれが見えない。


 まるでモヤがかかったかのように文字が曖昧あいまいなのだ。


「どうしたの、榎本」


 俺の視線に気づいたのだろう、金山が振り向いた。


「いや、なんでもない」


 俺はスキルをオフにして、頭をふった。


「そう? それにしてもココらへんは暗いね」


「そうだな」


 ヒカリゴケもなくなってしまったのでティアさんがまた明かりを持ってくれている。ティアさんはフラフラと歩いているけど、なんだか危なっかしい。


「ああっ……?」


 ティアさんが立ち止まった。


「どうしたんだい?」と、金山。


 ティアさんが明かりをかかげる。


 その先に扉があった。しかもかなりデカイ。縦はおそらく5メートル以上。横幅だって3メートルはある。巨人用だろうか。


「扉、だな」


「扉ね」


「なんでこんな場所に?」


「もしかしてあそこが最後の部屋かな?」


 金山の言葉に俺もうなずく。


「たぶんな」


 俺の勘もそう告げている。あそこがこのダンジョンの最奥。この先にはなにもない。終わりだ。そしてあの扉の奥にはなにかがある。


 なにかってなんだ?


 俺たちが近づくと扉は勝手に開いた。


 その先には石室があった。


 ピラミッドにある王の間を思わせる部屋だ。中央にはひつぎというわけではないだろうが、これまた石でできた箱がある。


「宝箱だ!」


 金山が興奮したように走り出した。


 なんの警戒もなく扉をくぐった。


 その瞬間、俺は見た。金山の頭上から振り子式の刃が降りてくるのを。後ろにいる俺たちにはそれがはっきりと見えて、しかし前を見て走っている金山は気づいていないようだった。


 俺はもうなにも迷わない。


「おい、金山」


 すぐに走り追いついて、後ろから金山の服をつかんで引き寄せる。


 金山の顔面すれすれを刃がかすめた。


「ぎゃっ!」


 金山が無残に驚きの声をあげる。


「お前さ、子供じゃないんだから。宝箱っぽいのがあっても走るなよ」


 たぶん、少しでも俺が迷っていたら金山は刃に真っ二つになっていただろう。


「あ、ありがとう」


 金山は腰が抜けたのだろう。


 俺が背中から手を離すとその場に崩れおちた。


 何度も言うようだが、このまま無視して死んでしまうのを見ていても良かったのだが。でもそれじゃあね。と、こんなこと何度言っただろうか。


「それで、あそこの箱の中には何が入ってるの?」


 シャネルはいまの出来事などなにもなかったかのように冷静だ。


「さあ?」


 と、俺は答える。


 聞いておきながらシャネルは宝箱の中になど興味がないようで。ぶら下がる刃のうつる自分を見て髪をなおしている。


 なんでもいいけど、こういうトラップみたいなのって一回つかった後は無残だよね。いまもよるべなくフラフラと揺れながらぶら下がっているだけだ。


 にしてもこんな罠を誰が設置したのだろうか。ディアタナか? いったいなんのために? まったく意味が分からない。


 まさか試したのか、俺を。いや、この部屋に入る人間を。


 もしも1人ならば、この罠を回避できなかったかもしれない。だが俺たちのように複数の人間がいればこんな罠はすぐに看破かんぱされる。


 だとしても、それだってなんのためにという話だが……。


 考えても仕方がない。


 俺たちは部屋の中に入る。


 もう罠はないようだ。――これは俺の勘だが。


「宝箱、あったね」


 金山が言うが、しかしそれを開けようとはしない。怖いのだろう。


「そうだな」


 俺はそう言って、石でできた箱にちかづく。


 フタはただ乗っかっているだけのよう。俺が手で押すと、不自然なくらい簡単にフタは動いた。


 ズズ……っと石と石が擦れる音がする。


 そして、フタが落ちる。


 さすがにミイラとか入ってたら嫌だな、と思いながら俺は箱の中を覗き込んだ。


 しかし、中身はからっぽだった。


「どう、何が入ってた?」


 シャネルも中を覗き込む。


 そして、とても複雑な顔をした。なんだか笑いをこらえるようでもあり、しかし少しだけがっかりしているようでもあった。


「どういうことだと思う?」


 シャネルに聞く。


「わからないわ。誰か私たちの先にこの場所に到達した人間がいるのかしら?」


「どうだかな」


 俺は肩をすくめる。


「どうしたのさ、なにがあったの?」


 金山も中を覗き込む。


 そして、ふざけたくらいに大声をだした。


「なにもないじゃないか!」


「あ……?」


「ちょっと、ティアもこれ見てよ!」


「あぁ……」


 ティアさんもがっかりしているのだろうか、無表情だしなにも言わないからよく分からない。


「無駄骨、無駄足、どっちにしろ酷い話だ」


 バカバカしい。


「あら、でもこの箱。ほら見てシンク。側面になにか書いてあるわ」


「え?」


 言われて確認する。


 覗き込んだときに、側面には文字があった。シャネル、よく気づいたな。


「でもなんて書いてあるか読めないわ、古代文字だから」


「古代文字か。よし、金山。出番だ」


 こいつ古代文字が読めたよな。


「任せてよ!」


 金山は文字を見る。


 そしてちょっと笑った。


「なんて書いてるんだ」


「あのね、榎本。ここに書いてあるは――」


「書いてあるのは?」


「『ここまでの旅路が、あなた達の宝物です』だってさ」


 俺も笑ってしまう。


「はあ? バッカじゃねえのかよ」


「ディアタナが書いたのかな?」


「そうじゃねえの?」


 なんだろう、不思議なくらいに笑いがこみあげてくる。


 ここまで頑張って、死ぬ気でやって、宝物がここまできた経験だった? そんなしょうもないもので満足できると思ってるのかよ。


 俺はやけくそに笑った。


 金山も同じ気持ちなのだろう、笑う。


「変な人ね」と、シャネル。


「お前も笑いなよ」


「やあよ、面白くないのに笑えないわ」


 シャネルはどうやら怒っているようだ。そりゃあそうか、ここまでの大変さが全て徒労とろうになったのだから。


「まったくよ、ディアタナってのは酷い神様だよ」


 俺は石でできた箱を蹴った。


 箱はうんともすんとも言わない。ただ、俺の足が痛いだけだった。



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