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291 ティアさんのスキル


 目を覚ます。


 眼前にはシャネルの顔があった。


「あら、起きた?」


「……起きた」


 俺は仰向けにぶっ倒れている。


 ああ、生き返ったのだ、俺は。


 というか死んでいたのか? なんだか実感がないが。


 というか、死んでいる人間よりもシャネルの顔の方が青白い。いや、これもう死体みたいなもんでしょ。


「ねえ、シンク」


「はい」


「ずっと思っていたのだけど、貴方ってバカよね」


「いまさら気づいたのかい?」


 ついでに童貞だしな。


「魔力の使いすぎで瀕死ひんしになる人なんて私、見たことないわ。そりゃあそういうことが現実に起こりいるというのは知っていたけどね」


「ま、俺も必死だったということでよしなに」


 シャネルのきれいな顔が目と鼻の先に。


 しかもシャネルはまったく視線をはずそうとしない。


 そのサファイアのような目をじっと俺に向けて、そして瞬きすらしないのだ。


 ……ああ、甘い匂いがする。


 これがシャネルの匂い。


 幸せの匂いだ。うん、気持ち悪いこと言ってるね。


 あれ、というかなんでここにシャネルが?


 ま、どうでもいいか。


 誰かが俺の手を握っている。きっとシャネルの手だと思い、強く握り返す。


 でもそしたら「あっ……」と、嗚咽おえつのような声がした。いや、それは声というよりも音か。


 見れば、俺の手を握っていたのはティアさんだった。


「なんで?」


 俺は焦って手を離す。


「あ、ダメよ」


 シャネルが言った。


 その瞬間に、急激に疲れのようなものが俺に襲いかかった。


 とんでもない倦怠感けんたいかんだ。昔、一度だけインフルエンザにかかったことがある。その時によく似ていた。


「あっ……」


 ティアさんがすぐに俺の手を握ってくれた。


 それで一気に楽になる。


 なんだ、これ? 分からない。


 けど手当てって言葉があるよな。痛いところに手をあてて治す、というか痛みを緩和させるような。よく宗教とかでも使われるけどさ、まさにあんな感じだ。

ティアさんが手を握ってくれるだけで、なんだか魔力が回復するような感じがする。


「ティアのスキルなんだよ、自分の魔力を他人に渡せるんだ」


「……なんだ、金山。いたのか」


 視界のほとんどをシャネルがしめているので、金山の姿が見えなかった。


 いや、まあいるかそりゃあ。


 あたりを見れば、ここは俺がオーガと戦った場所だった。


 ということはシャネルたちがこの場所に来たのか……。


「はい、シンク。ポーション飲んで」


「えー」


 ポーションまずいから嫌いだな。


「飲めば元気になるわ」


「それはそれで危ないクスリみたいな……」


 というか危ないクスリか。


良薬りょうやく口ににがし、よ」


 ポーションのびんを口の中につっこまれる。


 ほとんど無理やり飲まされた。


 でもおかげで魔力はほとんど回復したようだ。


「ティアさん、もういいです」


「あー?」


 ティアさんが手を離す。


 今度は大丈夫だ、俺は完全に生き返ったのだ。というか……マジで死んだの? うーん、そこらへんは考えると夜眠れなくなりそうなので考えないことにしておこう。


「大丈夫、榎本?」


「おう、そっちは?」


「腕はまだ痛いね、折れてるかも。でもそれ以外はまあ、なんとか。ティアも合流したし、大丈夫だと思うよ」


「そうか」


 俺は身を起こして、髪の毛をボリボリとかく。


 なんだか寝起きみたいな気分だ。


「それでシンク、ここで何してたの?」


「何してたって、戦ってたんだよ。そこのオーガと」


 あれ?


 死体がないぞ。


「誰と?」


「オーガだよ、すっげえデカくて強いゴブリン!」


 この説明であってるのかは知らないが、とりあえずそう言う。


「でもなにもないわ」


「本当にな。どういうことだ、金山」


「それが消えちゃったんだよ、せっかくギルドで高く売れそうなものが取れそうだったのに。これだから幻創種は嫌いなんだよね」


「なんだかなあ……」


 これじゃあ俺たちがまるで勝手に暴れてただけみたいじゃないか。


 オーガを倒したという証拠が一つも残っていない。不思議なことにオーガの使っていた武器まで消えているしまつ。


「まあ良いじゃない。シンクが頑張ったのは伝わるわよ」


「本当か、シャネル?」


「ええ。よく頑張ったわ」


「そうだよ、死ぬほど頑張ったんだよ!」


 いや、冗談じゃなくね。


「えらいえらい」


 えへへ、褒められちゃった。


 あんまり人に褒められることなかったからな、なんか嬉しいぞ。


「あの、榎本。また2人の世界に入ってるんだけど?」


「うるせえな、たまには良いだろ」


 こちとらお前のことを守ってやったんだぞ。シャネルとイチャイチャするくらい大目に見てくれよ。


「それで、シンク。立ち上がれる?」


「おう。というかシャネル、どうやったここへ来たんだ?」


「そりゃあ降りてきたのよ」


 降りてきた?


 俺たちが落ちたあの断崖をか?


 まじかよ、という思いと。やっぱりね、という思いが半々に。


「お前はすげえよ、シャネル」


「なにが?」


 俺は少しだけ微笑んだ。いつもシャネルには助けられている。


 まあ、今回は俺1人でがんばったんだけど。いや、金山もか。


 なんだかんだで俺だけじゃオーガに勝てなかったかかもしれないからな、そこだけは感謝だ。


「よし、じゃあ探索の続きでもするか」


「ああっ……」


 ティアさんがなぜかこちらに寄ってくる。


 なんだかその足取りがフラフラしている。


「ティア、もう少し魔力を分けてあげたいんじゃないかな」


「いや、あきらかにフラフラじゃねえか」


 むしろ俺、魔力もらいすぎたか?


 けれどティアさんは無表情のまま、俺の手を握ろうとする。


「ちょっと!」


 そこへ、シャネルの鋭い手刀がはいった。


 痛そうだ……。


 けれどティアさんはケロッとしている。


「ああっ……?」


 口を半開きにして、不思議そうにシャネルを見つめる。


「シンクの手を握らないで!」


「おいおい、シャネル」


 シャネルはティアさんを睨む。


 ティアさんは少しだけ下がった。


 一触即発? いや、違うな。ティアさんは困っているみたいだ。敵対心はないようだ。


 金山は困ったように笑っている。どうする、榎本? と、そういう視線を向けてくる。


 俺は考えた。


 考えた結果、どうでもよくなって。


「よし、つぎ行くぞ~」


 適当に言って歩き出す。


 俺は適当な男だよ。


「あ、シンク。待って」


 シャネルがついてくる。そして、なぜか手をつないでくる。


 やれやれ。


 嫉妬深い女の子だよ、シャネルは。


 ま、そこが良いんだけどね。



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