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289 師匠に教えてもらった技


 金山の詠唱は、シャネルのそれよりも数段早いように思えた。


 人間の口から出てくる声ではなく、むしろ音のつながりのような詠唱により、あたりには無数の石が浮かび上がる。


 かなり大きな石ばかり、俺の想像の数倍は大きかった。軽自動車くらいの大きさがある。足場になれば良いくらいだったのだが、まあ良い。


 浮き上がる石はオーガの動きも阻害している。


 願ったり叶ったりの展開だ。


 行くぞ――と俺は足元に魔力を込めた。


 ――――――


思い出すのは、師匠との修行の日々だった。


「ねえ、師匠。なんかさ、必殺技とかないの?」


 それはいつだったか。朝の水くみや無駄に思える素振り。そういうものに飽き飽きして、なにか分かりやすい修行の成果が欲しくなったのだ。


 俺の質問に、師匠は失笑で返した。


「そんなものはない」


「なんだよ、つまんねえな」


「ふむ、そんなに必殺技がほしいか?」


「いや、べつにほしいわけじゃないけどさ」


 でもあったら嬉しいものだ。


「そうじゃのう……必殺技とは少し違うが。ちょっとした技ならばあるぞ」


「え、本当に! 教えて教えて!」


「しかし実戦では使えん」


 使えん――ってそんな断定して。ようするに魅せ技のたぐいか? 格ゲーのコンボとかでよくある。


 でもこのさい教えてもらおう、と俺は師匠に頭を下げた。


「たのむ、教えてくれ!」


「しょうがないのぅ。まあ、たまには気分転換も必要か。そうじゃのう、お主。とりあえずそこ、道場の真ん中に立て」


「こうか?」


「そうじゃ。腹に力を入れるんじゃぞ」


「ふんっ!」


 どうよ、と俺は気合を入れる。


 師匠は低く構えをとり、そして俺の腹に拳を置くように触れた。


 次の瞬間――腹部にとんでもない衝撃が走った。


「ぐふっ!」


 俺は道場の床に潰れたカエルのように突っ伏した。


「どうじゃ、痛いか?」


「い……痛い」


 というか今の寸勁すんけいってやつか?


 まったくのゼロ距離からインパクトだけが来た。


 いわゆるタメの動作を必要とせず、相手に衝撃だけを伝える技。


 中国武術って言ったらこれ、って感じだけど実際に見たのは初めて。というかその技をくらうハメになるとは。


「まだまだじゃな。これくらい難なくいなせるようにならんと、水になることなど程遠いぞ」


「なんだよ、水になるって」


 このときの俺はまだ水の教えを体得していなかったのだ。


「それを理解するのも修行じゃ」


「ふーん。で、これが技?」


 俺は腹を抑えて立ち上がった。痛みはなんだか腹というか、内蔵に届いているみたいだ。いまにも臓物が口からドロリと出そうだ。


「そんなわけなかろうが、この程度の技ならできる者はたくさんおる」


「つまりこの先があるんだな!」


「うむ、なかなか気がつくの。それはお前さんの利点じゃ」


「どういたしまして。それで師匠、その技って?」


「そう急かすな。良いか、この寸勁は腕に気を込めることで使うことができる。足から腰、腰から腹、腹から肩、肩から腕と順々にけいと呼ばれる気を送り込み、最終的には拳から相手にそれを打ち込むものじゃ」


「ふんふむ」


「それを腕でやるのは簡単じゃ」


「うん」


「ではそれを足でやれば、どうなる?」


「どうなるって、足が痛くなる?」


「たわけ。足から気を出すのじゃ。そうすると、こういうことができる」


 そう言った師匠は、膝をいっさい折り曲げないままで天井近くまで飛び上がった。


「うわっ、キモチワルっ!」


 なんだよ、いきなり。宇宙人みたいだったぞ。


 羽のような軽さで着地する師匠。


「どうじゃ?」


「すごいね、一発芸としては」


 というか師匠、もっともらしく『気』って言ってるけどあきらかにそれ魔力だよね? いやまあ、ルオの国の人は魔力という概念をあまり知らないらしいから、それが『気』というものに置き換わっているのかもしれないけど。


「これを上手く使うことによってそこら中を縦横無尽に飛び回ることができるのじゃが――」


「面白いね、やってみる!」


 俺はさっそく師匠の見様見真似でやってみる。


 足から魔力――もとい気を放出する。


 それを前に踏み出すようにして――。


「なっ!」


 あ、これまずい。


 魔力を出した瞬間に理解した。


 これべつに慣性を魔力で殺せるわけじゃないんだ。つまりどういうことかって? 加減を間違えるとそのまま激突する。


 俺はものすごい勢いで自分から壁にぶつかっていく。


 壁にかかっていた修行用の武器が、音をたてて崩れ落ちた。


「それ、片付けておくのじゃぞ」


「ぐぬぬ。クルマは急には止めれない、ってことか」


 ということ、逆に外なんかで使ってたらどっか遠くまで吹っ飛んでたのか?


 この技、怖いな。


「のう、分かったろう? これは実戦で使える状況がすさまじく限られる技じゃ。開けた場所では着地の場所を自分でも制御できず、逆に障害物が多い場所では自分からものに激突する」


「たしかにね」


「もし使うとしたらそうじゃのう、徒歩で長距離を移動する場合じゃが。そんなものは馬を使えば良い」


「使えねえー、この技」


「じゃから最初からそう言っておったろう。しかし知ると知らぬでは大違いじゃ。長い人生、どこかでこの技が活躍するときもあるやもしれんからのう」


「なるほど――」


 ――――――


 そして、その時が今だ。


 ありがとう、師匠。こんな技でも教えてくれて。


 中空に浮かぶ石は全て俺の足場だ。


「行くぞ!」


 俺は気合を入れるために叫ぶと、そのまあ一旦しゃがみ込む。そして――


 体が宙に浮いた。


 いや、これは投げ出されたというべきか。


 石に激突。


 から、また新たに魔力を足から送り出して跳び上がる。


 縦横無尽に石を蹴り続けてオーガの隙きをつく。


 石を蹴るたび、俺の中から魔力がなくなっていくのを感じる。


 少しずつ、体に力が入らなくなっていく。


 それでも俺は飛び続けるのをやめない。


「うがあぁつ!」


 オーガの槍が石ごと俺を薙ぎ払おうとする。


 だが遅い。すでに俺はその場所にはいいない。


 斧が振り上げられる。


 しかしそのときにはもう俺は別の石に跳んでいる。


 動いて、動いて、動き回って。


 そしてついにその時は来た。


 電光石火の動きだ。オーガは完全に俺のことを見失う。


 目にも留まらぬ速さなのだ。そのぶん魔力の消費だって半端じゃない。


 俺を見失ったオーガは無闇やたらに武器を振り回す。


 金山は逃げ惑うように駆け出す。


 ――頼むぞ、今はお前のことを守れない。もう少し生き残れ。


 俺はその間に、こいつを倒す!


 完全に背後をとる。しかしオーガはこちらに気づいていない。


 オーガの頭上高くにある石を蹴りつける。


 魔力での跳躍に落下の勢いが加わる。


「隠者一閃――」


 俺は刀をオーガの脳天から振り下ろす。


「『グローリィ・スラッシュ』!」


 頭上から首、首から胴体、胴体から股下にかけて俺の刀はオーガの体を斬り裂いていく。


 脳天からの唐竹割り!


 オーガの体は縦に真っ二つになった。


 切断面から血が吹き出す。ゴブリンと同じような紫色だ。


 その血が、雨のようにあたりに降り注いで。


 俺はゆっくりと石の下に移動する。雨宿り。


 そして、肩肘をついた。


「ふう……ふう……」


 息があがっている。


 ダメだ、目がかすんできた。


「シンちゃん!」


 と、金山が馴れ馴れしく呼んでくる。


「うるせえ……榎本って言え。クソ野郎……」


 魔力を使いすぎたんだ。


 そりゃあそうだ、寸勁の応用で飛び回ったのだって、とどめの『グローリィ・スラッシュ』だって魔力を使ったのだ。


 底をついていた魔力。それを無理やりつかって底が抜けた。


「シンちゃん! シンちゃん!」


 だ・ま・れ。


 そう伝えたかった。


 けれど声が出ない。


 ダメだ、眠いよ。


 あれ、そういえば俺こいつに金を貸したままじゃねえか? いや、イジメられたときとか関係なしに。


 中学の時のことだ。


 卒業式のあとに2人でファミレスに行って、そこで2000円貸したんだ。だってこいつ金持ってなかったから。


「お、おい金山……」


「まって、喋らないで!」


「お前……金、返せよ。2000円……」


 ダメだ、意識が途切れる。


 これ死ぬのか、俺?


 やだなあ、最後の言葉が金返せって。


 俺は眠るように目を閉じたのだった。



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