288 2人で協力して
さて、どう出たものか?
まずは敵を注意深く観察する。
オーガの腕はどうやら背中のほうから2本がはえているらしい。おそらくさきほどまでは背中の方で腕を組んでいたのだろう。
武器は3つ。
槍。
斧。
棍棒。
どれも当たれば間違いなく即死。
俺の場合は大丈夫だろうが金山はそうはいかないだろう。
そういえばその金山はどこだ?
見れば少し離れた場所で剣を抜いている。
あんな小さい剣で何ができるものか。こういうのを蟷螂の斧というんだよな。え、トウロウってなんだって? カマキリさんのことだよ。
なーんて、冗談みたいなことを考えられる分、俺にはまだ余裕がある。
「金山!」
「うんっ!」
「さっきと同じ作戦でいくぞ!」
つまりは金山がすきを作り、俺がとどめをさす。
今度は腕なんて狙わない。素っ首をたたっ斬ってやる!
オーガがこちらに飛びかかってくる。
巨体に似合わない素早さ。
振り下ろされる棍棒。それと同時に横薙ぎに斧が振り払われる。
判断は一瞬だった。
俺は逃げることはせず、むしろ相手の懐に飛び込むように走り出す。
オーガの武器は巨大だ。それが上から振り下ろされたとき、懐には隙間ができる。あとは横薙ぎの斧だけを――ジャンプして避ける。
無傷で回避した。
金山のほうは?
やつは槍の突きを大仰な動きで避けている。その動作に無駄は多いが、素早さ自体は高い。そういえば土系統の魔法には身体強化があるんだったか?
たぶん、それを使って回避しているのだろう。
腐ってもA級の冒険者。あれならば加勢の必要はない。
だから俺は――目の前のオーガを倒すことだけを考える。
飛び上がり、刀を鞘ごと抱き込むようにして持つ。
いつもならば横に居合のように抜く刀。
しかし今回は上に向かって抜き放ち、そのまま重力の勢いを乗せて斬りつけるつもりだった。
「隠者一閃――」
俺が使える『グローリィ・スラッシュ』はあと1発。
それは経験上理解している。
だいたい2発使えば打ち止めだ。もう一度使うには魔力の回復を待つ必要がある。そして急速に魔力を失えば、まともに動くことができなくなる。
つまりは、俺はあと1発で確実にオーガを仕留めなければならない。
だが、無理だ。
俺は直感的に悟る。
このまま『グローリィ・スラッシュ』を撃ったところで有効打にはならない。それが分かって、俺は刀に魔力をこめるのを取りやめた。
棍棒が来る。
俺は刀を抜く。
ぶつかり合う武器。
やはり俺のほうが弾き飛ばされる。しかし今回は壁に激突するようなことはない。むしろその勢いを利用して飛んでやった。
天井部の突起に捕まる。
――むうっ。
まずいな、このままでは防戦一方だ。
そもそもなぜ、いま『グローリィ・スラッシュ』を撃っても意味がないと思った?
分からない。
オーガがこちらを見る。狙われている。俺は天井から飛び降りながら、モーゼルを抜く。
オーガの目玉をめがけて銃弾を打つ。
目玉ならば柔らかい、モーゼルの小さな球でも有効打になるのではないか。そう思ったのだ。
だが無駄だった。オーガはただ目を閉じる。それだけで、球はまぶたに弾かれた。
「くそ、どんな皮膚だよ」
俺はモーゼルをしまう。
いまので金山に俺がモーゼルを所持していることがバレたか?
いや、大丈夫だ。金山はオーガの槍を避けるのに精一杯でこちらなど見ていない。だがそれは金山がオーガの足止めなどする余裕もないことを意味する。
このままではいずれこちらの体力がつきて負けるだろう――。
どうするべきだ。
しかしそんな悠長な思考を許さない虫の知らせが俺に届く。
――え?
まずい。
まずい。
まずい。
なんの根拠もなくただ第六感だけで理解してしまう。
このままいけば数秒後には金山が死ぬ。
それを回避するには『グローリィ・スラッシュ』しかない。
察してしまった。
それからは、世界がスローモーションに見えた。
金山が石のつぶてを出す。それで攻撃するつもりだ。
――バカ、逃げることに集中しろ。
しかしそんなものを意にかえさずオーガの棍棒が振り下ろされる。
――避けることはできないぞ!
石が砕け散る。
――ほらみろ、そんなものなんの役にたつ!
金山が驚いた顔をする。そして目を閉じる。諦めたような表情。
――バカ野郎、勝手に諦めてんじゃねえ!
俺は刀を低く構えた。
そして魔力を込める。
こうなりゃやるしかない。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
スローになった世界の中で、俺の思考と行動だけはべらぼうに早かった。
刀を抜き、そのまま黒いビームがオーガの持つ棍棒を狙い撃つ。
全てを飲み込むように俺の放った『グローリィ・スラッシュ』は金山とオーガの間を通過して行った。
だが、俺は見た。
俺のビームがオーガの手にあたるとき、それは不自然に曲がったのを。まるで濁流の中で岩のある場所だけ水の流れが変わるように。
あのオーガにはなにかしら魔法攻撃に対する耐性があるようだ。
魔力を拡散する方の『グローリィ・スラッシュ』では、たしかにダメージはあたえられないかもしれない。
息が上がる。
しょうじきピンチだ。
それにショックも受けていた。
いままで『グローリィ・スラッシュ』があたれば何だかんだ言ってなんとかなっていた。俺の必殺技だった。なのに、いま初めて防がれたのだ。
もっとも、魔力を拡散せず一点に集めれば斬れないものはないはずだが……。
しかしそれももう無理だ。
明らかに魔力が底をついている。
オーガがこちらを向く。得物をなくした拳を力強く握り、そのまま振りかぶった。
まずい――反応が遅れた。
魔力を使いすぎた弊害か、どうにも動くことができない。
このままではオーガの拳にぺちゃんこにされてしまう!
「『キング・アース・シールド』!」
俺を守るように岩の防壁が。
でかしたぞ、ナイスアシストだ!
シールドなどすぐに破壊される。しかしその間に俺は逃げることができた。
一旦、金山と合流。
「危なかったね!」
「お前がなッ!」
まったく、誰のせいで魔力をこんなに使ったと思ってるんだ。
そもそも俺、こいつのこと助けすぎじゃねえか? ここに来てから何回助けたんだよ。
ま、俺も助けてもらったか。
二度。
いまと、さっき落ちた時。あのとき金山は俺のために手を伸ばしてくれた。
だからどうした? べつに許したわけじゃないが。
いまはそんなことよりも目の前の敵だ。
こうなったら無理やりでもあいつを倒すしかない。
「おい、金山。いちおう聞いておくが、魔力ってなくなったらどうなるんだ?」
「え? そ、そりゃあ魔力ってのはつまり生命力のことだから。なくなれば死ぬことになるけど――」
死ぬのか。
そりゃあ大変だな。
じゃあギリギリでなくならないようにしなくちゃな。
「金山。もう一つ聞くぞ?」
「な、なに」
「この空間に、大きな石みたいなもんを浮かせることってできるか?」
「石を?」
「ああ」
オーガは警戒するようにこちらから距離をとっている。
残る武器は槍と斧。
いやはや、殺傷力の高い武器が残ったもんだぜ。
「できるけど、それでどうするの? オーガに当てればいい?」
「いや、浮かすだけで良い。あとは――俺がする」
俺がそういうと、金山は安心したように笑った。
「分かった、お願いね。シンちゃん」
「その呼び方やめろ」
俺は意地でも笑い返さない。
べつに俺がこいつを守るのは、俺が気持ちよくこいつを殺すため。ただそれだけなのだ。
仲良くしたいわけではない。
だけど今だけは、2人で協力して生き残るぞ。




