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284 ダンジョンのトラップ


 うーん……。


 俺は立ち止まって、しゃがみこんだ。


「なあ、榎本。次どっち?」


 少し前を行く金山が聞いてくる。


「たぶん右だ!」


 勘で答える。


 いや、それよりも……。


「どうしたの、シンク?」


「シャネルさんや、これ見ておくれよ」


 俺は床についている突起というか、あきらかなボタンを指差す。ペットボトルのボトルくらいの大きさの小さなスイッチ。それが床についているのだ。


 俺でなけりゃ見逃しちゃうね!


 なんだろうか、このスイッチは。


 金山もティアさんもたまたま踏まなかったのだ。運の良い奴らめ。そのぶん何が起こるか分からず、このスイッチが気になってしかたない。


「押しちゃダメよ」


 俺はしゃがみこんだまま、シャネルの方を見る。


「押しちゃ、ダメ?」


「シンク、目が怖いわよ」


 言われなくても分かっている。俺の目はいま、好奇心でギラギラとしている。野次馬根性ここにあり。どうしても押したくてしかたがないのだ。


「1回だけ、1回だけで良いから!」


「あきらかに怪しいわ」


「だからそれを調べるんだろう?」


 やれやれ、というふうにシャネルは肩をすくめた。


 お好きにどうぞ、という感じ。


「どうしたんだい、榎本」


 金山が近寄ってくる。


「おい、金山。この地面から出てる突起を見てくれよ」


「なにこれ、スイッチ?」


「そう。というわけで、ポチッとな」


 指の先で押して見る。


 あ、けっこう良い押し心地。


 どこか遠くで音がした。


「な、何してるんだよシンちゃん!」


「うるせえ、シンちゃんって言うな! さて、何が起こるかな」


 俺は自分のガイジムーブに満足する。


 あたりをキョロキョロ見回す。


 俺の敏感な耳は、なにかがこちらに近づいてくるのを感じ取る。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 おお、聞こえてきた。これはそうだね、石だね。


 大っきな石がこっちに転がってきた。


 これ『クラッシュ・バ○ディクー』で見たやつだ!


 え、知らない? 『クラッシュ・バ○ディクー』。


「あ、これ昔やったゲームで見たやつじゃん!」


 金山も同じことを思ったらしい。まあ俺の家で一緒にやったからな。


「よし、逃げるぞ」


「そうね」


「ちょっ! 榎本たちなんでそんなに冷静なのさ!」


「そりゃあスイッチ押したんだからそれに応じてなんかは起こるだろ。ほら、早く走れ。潰されるぞ」


「押さなきゃこんなことにはならなかった!」


「本当になー」


 ぎゃはは、と心の底から笑ってしまう。


 なんか俺、いまマジで冒険者してるぞ! いやはや、最近はあんまり冒険者してなかったからな。


「ティア、走って!」


「ああ……」


「そこ右! その次はまた右!」


「ちょっと待って、あの石曲がり角でもお構いなしに転がってくるぞ! なんで!?」


「そういう石なんだろ。ここは異世界だからな、なんでもありだ」


 俺は石に問いたい。


 物理法則ってご存知ですか?


 まあいいや。とにかく逃げて逃げて、逃げ続ける。


「これ、一生追いかけてくるのかしら?」


 シャネルは息を切らさずに走っている。けっこう体力があるからな。魔法を使ったらすぐに疲れるみたいだけど。


「謎である」


「余裕ね、シンク」


「まあな」


 ただの石だし。いざとなれば『グローリィ・スラッシュ』でもなんでも使って破壊すれば良い。


 金山がティアさんからバックパックを受け取っている。走りづらそうなので持ってやるのかと思ったら、違った。中からポーションを取り出し、一気飲み。


「なにするんだ?」


「あの石、止める! 我が願いに応じて、大地よその身を起こしたまえ、そして我が身を守りたまえ――『アース・シールド』!」


 呪文とともに床がせり上がった。


 まるで石畳の床が膨張しているようだ。


 物理法則ってご存知ですか? というよりも質量保存だろうか? でも異世界だから(以下略)。


 あっという間に壁ができる。


 その壁に石がぶち当たったのだろう。


 凄まじい音。そして地面が揺れるほどの衝撃。


 しかし魔法でつくられた壁はびくともしなかった。


「ふう……なんとかなった。ポーションで魔法の効力を底上げしたおかげだ」


「さすがA級冒険者」


「あのさ、言っておくけど榎本があんなことしなかったら、無駄な魔力も使わなくて住んだんだぞ」


「すまんな」


 とっさに謝ってしまったが、こんなやつに謝罪の言葉を口にするのももったいなかったなと思い直した。今度から謝らないようにしよう。


 というかこいつだけ潰されてりゃあ良かったんだ。


「ふう……とりあえず進むか。ティア、大丈夫ったか? 疲れてないか?」


 ティアさんは無言、無表情、無感情だ。三拍子そろっている。


「あの人、無愛想ね」


 あ、4つ目だ。


 というかシャネルさん、あなただってべつに愛想が良いわけじゃないですよ。少なくとも俺以外には。


「榎本、ごめん。ティアが疲れてるみたいだから、ここらでいったん休憩にさせてくれ」


「まあそうだな、ここまで一回も休みなしだったし。腹も減ったな」


「そういうこと」


 バックパックから携帯食料と水を取り出す。


 携帯食料ってなにかって? 缶詰だよ。


 え、こんなものがこの世界に! って驚くのももう飽きちゃった。意外と文明的に進んでる部分もあるんだよね。


 しかしこの缶詰、問題がある。


 缶切りがないのだ。


 なのでか金山はナイフで力強くフタの部分を叩く。


「シャネル、ナイフ」


「はい、どうぞ」


 俺もシャネルにナイフを借りて缶詰のフタと格闘し始めた。


 なんだろうか、この不毛の時間。缶切りくらい誰かさっさと開発してくれよ。あ、俺が作れば良いのか。いや、でもそんな器用なことできないしな。


 やっているうちに、なんだか金山と競争している気になってきた。


 ガシガシ。


 缶詰を開けようとしながら、ちらっと隣を見る。くそ、もう半分くらい開いてる。こちらも急がなくては。


 で、なんとか同時に開けることに成功した。


「はい、ティア。ごはんだよ」


 でも金山はそんなことなにも気にしていないようで。まるでエサでもあたえるようにティアさんに缶詰を渡す。ティアさんは少し不器用にフォークを使って、缶詰の中から肉を取り出し食べていた。


「ほれ、シャネル」


「あら、ありがとう。でも私はいまいらないわ」


「あ、そうなの?」


「別に疲れてもないし、お腹も減ってないもの」


 まあそう言うなら。


 べつにシャネルは休憩することに対してなにも言わなかったからな。肯定も、否定もしなかった。


 ふと、これまで俺はシャネルの意見をあまり聞いたことがなかったのではないかと思った。いつも自分のことばかりで。金山はよくティアさんを気にかけている。けれど俺はどうだろうか、いままでシャネルのことを気にかけたか?


 いや、でもシャネルのやつ。いつもなにか聞いても「貴方のお好きにどうぞ」だしな。


 けれど、俺ももう少しシャネルのことを考えてやるべきかもしれない。そう思うのだった。


 なんでもいいけど缶詰に入ってる肉ってまずいね。保存のためかハーブが聞きすぎていて、変に臭みがある。ま、本当になんでもいいけど。



このまえ友人に、クラッシュはなんとなく分かるけどバンディクーってなんだよと聞いたら、バンディクートという動物がいることを教えてもらいました。

じゃあソニックって名前の動物がいるのかよと聞いたら、あれはソニック・ザ・ヘッジホッグがフルネームだと言われました。

だからどうしたってことなんですけどね。

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