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279 張り合っちゃダメ


 馬車の中で俺たちは微妙な雰囲気のまま過ごした。


 そりゃあそうだ、べつに楽しくお喋りなんてできるはずがない。


 というか俺がしたくないのだ。


 金山はなぜかこちらに歩み寄ろうとしているようで、何度も話をふってきた。それに対してそっけなく答えていると、なんだか俺だけが子供っぽく意地をはっているようで。それがまた腹立たしかった。


 だから、馬車が目的地についたとき俺はほっとした。


 少なくとも体さえ動かしていれば、無駄なことは考えないですむ。


「ついたついた」


 金山は嬉しそうに言う。


 けれどそれに答える者はいない。俺は無視しているし、シャネルはそもそも聞こえているのかすら分からない。ティアさんは言葉がしゃべれない。


「こんな山奥にか。まあ、洞窟ってそんなもんか」


 パリィから半日くらい馬車に揺られた。途中で携帯食を食べた。


 まわりは森だ。


「けっこう遠かったね。疲れてないか、ティア?」


 ティアさんはこくりと頷いた。


「榎本、とりあえずどうする――?」


「どうする、とは?」


「いま昼間だろ? とりあえずこの近くに村があるはずだけど、そっちに一旦寄る? ほら、さすがに一日でこの洞窟の探索は無理だろうし」


「ふむ、そういうことか。どっちでもいいさ。俺たちはけっこう野宿にも慣れてるから。なんなら洞窟の中で一晩を明かしても良い」


「それは現実的じゃないだろ。どこからモンスターが襲ってくるか分からない洞窟の中じゃあさ」


 うん?


 ああ、そうか。俺はたいいて野宿の場合、自分の勘によって敵が来るかどうかを判断している。これに関してはいままでほとんど間違えたことがない。


 それにシャネルは眠りが浅く、外で敵に襲われてもすぐに気づくことができるのだ。なのでいままでモンスターなんかに寝込みを襲われることが怖いとも思わなかった。


 だが、普通の冒険者からすればそういったリスクは当然、減らしていかなければならないものだ。


「シャネル、お前はどっちが良いと思う?」


「そうね。どうせこの馬車はいちどその村に行くのでしょう?」


「そうなります」と、金山。



 なんでこいつ、シャネルには敬語なんだろうな? あ、分かった。シャネルが美人だからだな。基本的に男というのは美人すぎる女性には萎縮していしまうものなのだ。


「なら私たちまでわざわざ村に行く必要はないわ。時間の無駄よ。それよりさっさと中の探索をするべきだわ」


「シャネルの言うことにも一理あるな。それでいいか、金山」


「ああ、そうしよう」


 そういえばこいつ……金山にはこういうところがあった。


 自分の意見とかはあんまりなく、他人の意見を素直に受け入れる。だから俺をイジメていたときも、主犯格の1人ではあってもあまり前にでるタイプではなかった。


 むしろみんなが俺のことをイジメているから自分も、という感じの人間だ。 


 友達だった俺をそうして切り捨てた男、それが金山アオシという男なのだ。


 そういう人間のことを俺は弱いと思う。そしていつまた裏切るとも限らない。だから俺は金山を信じられない。


「そうと決まれば善は急げだな! 御者さん、俺たちはすぐに洞窟の探索に入る。夜には村に戻るから!」


 金山が馬車の荷台から降りた。そしてティアさんに手を差し出す。


 ティアさんはその手をとって、ゆっくりと馬車から降りた。


 むむむ、なかなかに紳士的じゃないか。


 よし俺も! と、思ったらシャネルは先に降りてしまった。


「どうしたの、シンク? 馬車が恋しいの?」


 意味のわからないことを言ってくる。たぶんからかっているのだろう。


「ビビアンみたいなこと言うなよ」


 意味不明と言ったらあの女だ、と思ってつい言ってしまった。けどすぐにまずいと思った。だってビビアンはシャネルの兄で、シャネルは殺したいほど憎んでいるのだから。


「だって兄妹ですもの」


 しかしシャネルは平然と答えた。


 どういう感情だ? やっぱりシャネルも謎だった。


「さあ、行くか!」


 仕切ってくる金山にじゃっかんの苛立ちを覚える。


 お前、小さいころはそんな陽キャじゃなかったくせに。


「ねえ、シンク」


「なんだよ」


 シャネルが耳打ちしてくる。


「張り合っちゃダメよ。さっきの馬車でもだけど。シンクにはシンクの良いところがあるわ」


「持ち味を活かせってことか?」


「その通り、よくできました」


 ふん、そんなことシャネルに言われなくても分かっている。


「おおい、榎本。早くこいよぉ」


 やれやれ、はしゃぐ子供みたいに金山のやつは嬉しそうだ。この空気の違いがわからないのかねえ。


 いや、分かっていても分からないふりをしているんだろうか。女の子だったらこういう場合カマトトぶるなんて言うけれど、男の場合はなんと言うのか……。ま、どうでもいいね。


 洞窟の入り口で、金山は荷物をひろげていた。


 バックパックが1つ。あくまで軽装だ。


「とりあえずこれはティアが持つとして――」


 中にはランプやらロープやら、洞窟の中で必要になりそうなものが入っている。2食分の食料と水もだ。


 とりあえず今回は様子見なので奥まで見に行くつもりはないが。


「おい、金山。このポーションは? 4つもあるけど」


 ポーションと言ったら高級品だ。原料は魔片であり、これは粉末で摂取することによって強い多幸感や酩酊めいてい感がえられる。ま、つまりやべえクスリ。


 とはいえポーションならば大丈夫、らしい。本当か?


「それは依頼主からの配給さ。いたれりつくせりってやつだな」


「ふーん」


 1人につき1本の計算だ。小さなガラス瓶に入ったポーション。毒々しい青色をしている。なぜ青なのだ?


「よし、じゃあ行くか。ティア、ランプ頼むぞ」


 無言でティアさんはランプを手に取る。すると、その中心に光がともった。たぶんマジックアイテムの部類なのだろう、種火がなくても火がつくなんて便利なもんだ。


「とりあえず俺が先頭でいいよな、榎本?」


「なんでもいいぞ。しょうじき俺とシャネルはこういう探索みたいなのには慣れてないからな」


 なので、金山を試金石しきんせきにすることにしよう。


 なんかトラップとかあったらまっさきに引っかかっておくれ。


 俺たちはゆっくりと、洞窟の中に足を踏み入れるのだった。



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