276 政治の話は分からない
「革命ってなんのことです?」
「キミはいまの政府のことをどう思っている。えーっと、そういえば名前を聞いていなかったな? 僕はフェルメーラだ」
「名前はさっき聞いたけど……」やっぱり酔ってるよな、この人。「榎本シンクです」
「なあ、そういう小難しい話はやめてくれたまえ。飲んでるものがまずくなるじゃないか」
「そうは言うがね、ビビアン。キミだってなにかしら政府に不満があるからここに来てくれてるんだろう?」
「さあ、どうだかね」
ビビアンは俺だけを見て、可愛らしくウインクした。
はてさて、これはもしかして俺ちゃんあれでしょうか? 反社会勢力的な人たちとつながっちゃった?
「あの、俺べつに特別な思想とか持ってないんで。政府に対してとかなにも思ってませんよ」
「なにもって、これっぽっちも? 本当に不満がないの?」
「そりゃあ……」
「政府に不満があるというのはそれだけ期待をしているということさ。私はシンクのような人間はそもそも期待すらしていない。だから不満もないということだよ」
なぜかビビアンが俺の気持ちを代弁するけど。まあ、あながち間違いでもない気がする。
なにせ俺は異世界から来た若者だ。政治なんてものは無関心。選挙の投票だって行ったことない。つうか選挙権、なかったしね。
あれ、でもこの異世界って選挙とかあるのかな? この前のコンクラーベなんかは各地の偉い聖職者を集めて行われる間接選挙だったし。住民が直接自分たちの指導者を選ぶ選挙はないのかもしれない。
「しかしいまの帝政は腐敗している!」
いきなり、フェルメーラとは別の男がこちらのテーブルの会話に割り込んできた。
「いや、だがガングー13世の行ったパリィ改革はたしかに一定の評価をするべきものだ!」
「なにを、パリィの歴史ある街並みを壊して何が改革か!」
ひえー、なんか周りで激論を戦わせ始めたぞ。
ビビアンもフェルメーラも楽しそうに眺めてるけど、俺からしたら政治について熱く語りあってる人たちってなんか怖い。
いかにも過激派って感じで。
この人たち、テロとかおこさないよな?
ん、ってかガングー? ガングー13世って言ったか?
なんだ、その人。ガングーさんならシャネルも大好きな過去の偉人で、なんどか名前を聞いている。それの13世? なんだそれ、ル○ンだって3世だぜ? ちなみにテレビスペシャルでは33世がいたり……。
「古びた帝政など打倒するべきだ!」
「そうだ、いまの政治は腐っている! 市民たちが困窮しているというのにパリィの改革などに着手して!」
「地方のことも忘れるな、いくらパリィは物価が高いと言っても地方からも税金を集めるというのは間違っているぞ!」
「それは一部の大都市からだけの話で、富の分配という意味では間違っていないだろう」
「それをパリィに一極集中するというのが間違いだと言っているのだ!」
「では地方に金をばらまけとでも言うのか、そんなことをすればパリィの市民はますます困窮するし、地方の成長がなくなるぞ!」
「もういっそコインをすりまくればいい。そもそも他国がやっているように、我が国でもそろそろ紙幣を普及させるべきだ。いままでのコインだけでのやり方ではどうしても含有率などの関係で価値が一定にならない」
「それはガングー時代より前には行われていたことを、お前たち王政派が王政復古の際に禁止したのが原因だろうか!」
ひえ~。
どんどん話が飛んでいく。
オラ、わけが分からねえっぞ。
そろそろとテーブルから離れる。
そして外から見てみると、不思議なことに気づいた。みんなビビアンを囲んでいるのだ。そして彼女にアピールするようにして自分の意見をわめいている。
あれはそうか、みんなビビアンに良いところを見せたいのだな。
「ふう、始まったよ。すぐにこれだ」
壁際でワインを飲んでいる俺の横に、フェルメーラが来る。
こいつは議論の口火を切っておきながら、ヒートアップすると自分だけ抜けてきたようだ。
「すごいですね」
「うちのサロンは他とは違って平等だからな。いろいろな思想のやつらが入り乱れる。ヒクッ」
フェルメーラのしゃっくり。
それでもワインを飲んでいる。
もうコップを使うのが面倒なのか、瓶から直接だ。
ほらよ、と俺も一瓶もらう。金は払っていないのでおごりということだろう。ごちそうになります。
「あの人たちはいったい何を思ってあんなに話してるんですか」
こんなパリィの隅っこで政治の話しなんてしてもな、って思ってしまうのは俺がドライなだけだろうか。
「そりゃあ、ヒクッ。考えは違っても全員、この国に住む人間の幸せをねがってるんだぜ。もっともそのための手段が違うから、いきおい議論も活気が出る。そのせいで、ほれ」
フェルメーラは窓のほうにあごをしゃくる。
ぶち破られている。
さきほどあそこから椅子が落ちた。
「あんまりテンションが上りすぎて、こういうことも時々ある」
「はあ……そうですか」
ついていけないな。
なので話しを変えることにする。
「ビビアンはここによく来るんですか?」
「そうだね、時々くるぞ。あの美貌だろう? ここにいる男たちは全員ぞっこんさ」
「貴方も?」
聞いておいてなんだが、失礼な質問だったかもしれない。
しかしフェルメーラは笑った。それは酔っ払いの笑い方だった。
「あっはっは、もちろんさ。男ならあんな美人ほうっておかないよ。僕たちはドレンス人だ。ドレンス人は恋とお洒落に命をかける。みんながみんな、美しい女性のために命をはるものさ」
しかし俺は直感的に気づいた。
この人は嘘を言っている。
いや、嘘というのは言い方がきついな。冗談を言っているのだ。たぶんフェルメーラはビビアンのことを好きではない。そりゃあ男だし、エッチなことをしたいくらいは考えているかも知れないが、ビビアンに恋してはいない。
全部ふりだ。
「なあ――」
フェルメーラは、俺のことを酔った瞳で見つめた。
「はい」
「キミは政治のことを考えないという。ということは、つまりキミは恵まれているんだ。違うかい?」
恵まれている……そうだろうか?
でも、もしかしたらそうかもしれない。俺は恵まれているから政治のことなど気にもしないのだ。
だって俺は冒険者として自由気ままに過ごして、そしてシャネルと毎日面白おかしく暮らしている。
けれど俺だって悩みはあるんだ。
そりゃあ政治のことなんて大きな悩みではないけれど。けれど他人の生死に関わる悩み。
俺は金山を殺せるか?
恋に酒で忘れられるものと忘れられないものがあるとする。ならば悩みも同じだ。酒で解決するものと、しないものがある。
そして俺の悩みは解決などしない。
俺は気持ちよく、後腐れなく金山に復讐しなくてはならない。
だから、あのギルドで金山に会ったのは失敗だった。だってあいつは……俺に謝ったのだから。それで許したわけではない。けれど決心が鈍ったのは確かだ。
俺は手を強く握る。
「俺はたしかに恵まれているかも知れませんね」
「そうだろう」
フェルメーラは自分の予想があたったと喜んだのか、満足そうだ。
「だけど、幸せではない――」
あいつを殺すまでは。
俺の雰囲気が変わったことに、フェルメーラは一瞬驚いたようだ。だがすぐに酔っ払い特有のにこやかな表情になった。
「誰にでも悩みはある。恋以外にも」
フェルメーラはそう言って、ワインをあおるのだった。




