272 金山
金山は俺のもとに来た。
しかしなにを言えば良いのか自分でも分かっていないようだった。
「久しぶりだな」
と、俺は思わず言ってしまう。
バカかと自分でも思った。だってこいつは俺が復讐する相手、その最後の1人なんだぞ? いますぐに刀を抜いて切り捨てるならともかく、普通に挨拶をする?
ありえないね。
けれどそのありえないことを俺はやってしまった。
「あ、うん。シンちゃん……じゃあおかしいよな、やっぱり。久しぶり、榎本」
「ああ、金山」
俺は吐き捨てるようにやつの名字を発声する。
そして顔をそむけた。
「ここに来てるってことは榎本も冒険者やってるのか?」
「酒を飲みに来たようにでも見えるかよ?」
俺は悪態をついた。
金山は愛想笑いを浮かべる。いかにも日本人的な笑い方だ。
こいつは何歳くらいだろうか、たぶん俺とそうかわらない歳だろう。つまりこの異世界に来てからいくらも年月が経っていない。
俺たちはアイラルンによってクラス単位で異世界へ飛ばされた。
しかしその時期は人によって様々だ。
たとえば木ノ下や火西なんかはかなりの高齢だった。この異世界に来てから数十年も時間が経っていたのだろう。
けれど金山は違うようだ。
俺は金山を睨みつけて、立ち上がる。
「用がないならさっさと行ってくれないかな。俺は忙しいんだ」
嘘、というよりも見栄みたいなものだけど。
どちらかといえば暇だ。
「あ、あのさ榎本――」
「シャネル、行くぞ!」
ダメだ、もう耐えられない。吐きそうだ。それは二日酔いのせいだろうか、それとも他の理由からだろうか。
シャネルは無言で立ち上がり、ついてきてくれる。
「待ってくれよ、榎本!」
しかしそんな俺を金山は呼び止めた。
なんだよ、と振り返る。
言っておくけど、あっちの世界ならまだしも、俺は異世界でいろんな経験をつんだぞ。この場でケンカ、あるいは殺し合いになっても負けるはずがないんだ。
だから、だから俺の足よ。震えないでくれよ。
俺は強いんだ。
こんなやつに負けないくらいに!
だから俺はこんなやつのこと、さっさと無視して行くのだ。眼中にない。
――本当は?
俺は俺の心の中の声を聞いてみる。
――本当は怖いのだ。金山を殺すのが。
だって金山は……俺の友達だったんだから。
俺は金山を睨みつけている。
たのむから――と信じてもいないどこかの神様に願う。俺に時間をくれ。心の整理をする。
あるいは、俺がこいつを殺すにたる理由を、と。
イジメられていたんだ。
――殺してやればいいさ。
でも相手は5人だった。
――だからどうした?
だからさ、もう4人も殺したんだ。
――最後の1人は許してやれってか?
「榎本……あのさ」
「なんだよ」
俺は怒っている。
でもそれは俺自身にだ。
じつは心の底で思っていたのだ。どうせ金山といざ対面したら怒りが湧いて、なんだかんだとこいつのことを殺すことができるんだって。そう信じていた。
けれどどうだ? この状況は。
俺は憎い怨敵を前にしても、うだうだと悩んでいる――。
「榎本、そのさ……ごめん」
金山が俺に謝罪をした。
なにに対して謝ったのか、分からない。
けれどその瞬間、俺は終わったと思った。
なにが終わったのかは、分からない。
無意識に刀に手をかけた。しかし、それを抜くことは、できなかった。
「なんのことだ?」
俺は首を横にふってそう言った。
「あ、いや……。そのさ……」
金山はどうにも歯切れ悪そうにしている。
そりゃあそうだろう。こんな場所で昔イジメててごめんな、なんて言えないよな。
言えないさ。俺だって言われたくない。
さあ、どうしたものか。
「あっ……ぁー」
ふと、金山と一緒にいた女がこちらに歩いてきた。厳密に言えばシャネルの方に向かってだ。
「え、なに? この人どうしたの?」
シャネルがじゃっかん引いている。
女は両手を伸ばしてゆっくりと歩いてくる。そしてシャネルの手をにぎると、何かを訴えるように「ああぁ……」と小さくうめく。
さっき言葉が不自由だと金山は言っていたが、つまり喋れないのだろう。それでも何かを伝えようとしている。
なにを?
それがきっと大切なことであると俺は直感的に感じ取った。
「すいません、ティアは少しマイペースなんだ」
金山が取り繕うように言う。
「マイペースって問題か?」
それ以上の何かを感じるのだが……。
「ほら、ティア。こっちにこい」
ティアと呼ばれた女性は金山に引っ張られていく。素直にそれにしたがっている。
「変な女……」
と、むしろ変な女筆頭であるシャネルが言う。
というかみんなに聞こえてるからね、シャネルさん。失礼だからね。
「あはは」と、金山の愛想笑い。
俺も思わずそれにつられて笑ってしまう。
「お互い大変だな」
なにが、とは言わないが。
「そ、そうだな」
それにしてもティアさんと言うのか。美人だな。
胸は大きくないけれど、体はすらっとしている。身長は高くて、髪の毛は腰くらいまでありそうだ。
――おや?
ふと気がつく。
このティアさん、耳がツンと尖っているぞ。
つまりはどういうことだ? 獣人か?
「もしかして――」
俺が何を見ているのか、金山も気づいたのだろう。
「ああ、ティアはエルフなんだ」
「エ、エルフだって!?」
おいおいおい。死ぬわ俺。
マジでエルフ? うそ、初めて見たぞ。というか本当にいたのかよ!
「へえ、これがエルフ? 幻創種ってのは人間に似てるのがいるって知ってたけど……本当に人間みたいね。強いて言うなら体の中にある魔力の流れがおかしいくらいだわ」
「魔力の流れ?」
って、なんぞ?
「魔族に似てるのね」
「へえ、そんなことが分かるんですか」
金山が感心したように言う。
さっき金山は俺にティアさんを紹介した。だからこっちもシャネルのことを紹介するべきかもしれないと思った。
「こいつシャネル。一緒に旅してるんだ」
「一緒に旅を? あの、俺は金山アオシです。榎本の友達」
あ、友達なんだ……。
「そう」
どうでもいいわ、というようにシャネルは金山に視線すらくれてやらない。
俺の手前、いちおうは返事をしただけという感じだ。たぶんこれで俺がいなければ当然のように無視していたんだろうな。
「なあ榎本。その、もし良かったらさ、一緒に組まないか?」
「はあ?」
俺は思わず間抜けな声をだしてしまう。
こいつはなんと言った、一緒に組む? つまりはパーティーをか?
「見たところそっちは2人だろう? こっちも俺とティアで2人だしさ」
俺はシャネルを見る。
お好きにどうぞとシャネルは瞬きする。
俺は迷って、最終的には頷いた。
「いいだろう」
「そうか! じゃあさっそく受付で登録しなおしてくるよ。ティア、行くぞ!」
「あぁ~」
金山が嬉しそうに走り出した。
それを俺とシャネルは見送る。
「良かったの?」と、シャネル。
「なにがだ?」
「シンク、すごい顔してたわよ」
「すごい顔?」
ってどんな顔だよ。
「複雑そうな顔よ」
ふむ……。
「俺はあいつが憎いからな」
「へえ、あの人は友達って言ってたじゃない」
「まさか。俺は――あいつを殺すよ」
言葉で言ってみる。しかしその実感は沸かない。
「まあっ」
シャネルは嬉しそうに目を細めた。
俺は複雑な感情を抱いたまま、受付でなにやら話している金山を見つめる。
べつに良いさ。あいつとしばらく居よう。そしてあいつが何か決定的なボロを出したそのときが、あいつの最期だ。
すぐにボロをだせ。俺の憎しみに火をつけてくれ。
そうすれば――俺はかつての親友だった男を殺せるのだ。




