270 冒険者ギルドにて
いつ見ても大きな建物だなあ、と俺は冒険者ギルドを見上げた。
たぶん学校の体育館くらい広い。
それもそのはず、この冒険者ギルドはドレンスの中央ギルド。つまりはドレンスにある冒険者ギルド全ての元締めなのだ。
なんせパリィはドレンスの首都である。例えるなら東京に政治的に大事な施設が集まるように、パリィにだって首都機能が集まっているというわけ。
あ、冒険者ギルドは別に政治とは関係ないのか。いうなればNGOみたいなもんだ。
「しかしまあ、そこらへん小難しい話しは分からないのである」
俺は誰にでもなくつぶやいてみる。
「なにが?」
「いや、ギルドって不思議だなと思ってさ。わりとどこにでもあるよな」
少なくとも、俺がいままで行った国ではだいたいあった。例外はルオくらいだ。もっともあの国は魔法すらほとんどの人が使えなかったけど。
「そうね」
「大きい街だとまずあるし。なんでこんなふうにどこにでもあるんだ?」
そんなに仕事ばかりあるわけではないし。
そりゃあ細々とした仕事はたくさんあるけれど、なんというかいかにも冒険者! みたいな仕事はそう見ない。
つまり例えばゴブリンの討伐……とかだけど。
「昔はいまと違ってそこらじゅうにモンスターがいたのよ」
「へえ」
「でもそれって300年くらい前のこと。ギルドができてからはみんなして討伐したり乱獲したりでモンスターの数も減っちゃったらしいけど」
「そ、そうなのか……」
なんだその微妙にコメントにこまる話。
まあでも、そりゃあそうか。ゲームとは違うんだ。モンスターだって無尽蔵に出てくるわけじゃないだろうし。
俺たちのいた地球にもそういう生物はいる。リョコウバトと呼ばれる鳥なんかがそこそこ有名だ(俺は本で見た)。
この鳥は20世紀初頭に絶滅する。鳥の中では最も数の多い種類で、その数はなんと全盛期で50億を超えるという!
渡り鳥だったらしく、このリョコウバトが大移動する際は空一面が埋め尽くされたとか。でも全部いなくなった。それは人間の乱獲によるおのが大きな原因だ。
すごいよな、50億だぜ? 世界人口が75億って言われてるから、まあそれよりは少ないけどさ。でも普通全滅するか?
「そんなこんなでいまのギルドは平和ね。ときどき、幻創種の討伐みたいなものがあるけど、それだって地方の話よ。こんな都会じゃ討伐任務なんてめったにないわ」
「本当になぁ」
俺がパリィでこなした依頼なんて、もうほとんどお手伝いみたいな仕事ばっかり。冒険者じゃなくてなんでも屋なんじゃないのかって勘違いしてしまいそう。
「まあ、中には昔ながらの討伐みたいな任務をやりたがる命知らずの冒険者もいるらしいわよ。そういう人は各地を転々としていろいろ仕事してるんだって。……私のお兄ちゃんおこのタイプだったわ」
「そういやスピアーもそうだったな」
俺はかつて一度だけパーティーを組んだ仲間のことを思い出した。
あいつとはそのときだけの関わりだったけど、でもやっぱり記憶には色濃く残っている。もう一度パーティーを組みたい。なんだかんだで楽しかった。
でも無理だ。もう会うことはできない。なぜならスピアーは死んだから。
おっといけない、ナイーブなことばっかり考えてしまった。
「さあ、入るか!」
俺は無理やりでも元気な声を出す。
から元気も元気のうちってね。
ギルドに入ると、まずは椅子やテーブルが並べられている。ここは軽食やアルコールがでる酒場もかねている。とはいえ値段は街の酒場よりも少しだけ高い。
それでも冒険者がここに来るのは、同業者と情報交換ができたり、あるいは仕事のグチが言えたりするからだろう。
基本的に冒険者なんてのは世間から白い目で見られるものだ。まともな定職につかない、あるいはつけない人。だから街の酒場でも周りから微妙に距離をおかれたりする。
でもここならそういうことはない。
それは強みだろう。
とはいえ今日の俺はアルコールに用はない。というか……ほら……二日酔いだからね? アルコールの臭いだけで吐きそうなわけですよ。
「シンク、吐くならトイレに行きなさいよ」
「わ、分かっております……」
俺も未成年だったから異世界に来るまで知らなかったが、世の中には吐いたら迷惑料と称して金を取る居酒屋もあるのだ。
え、それ迷惑かけてるんだから当然じゃないかって?
そうだね。
人間、アルコールを吐くまで飲むのんじゃねえよ。
でもいま吐いても迷惑料とられるのかな? べつに俺、ここで飲んじゃいねえし……。
「うぷっ……」
ダメだ。
口を手で抑えながらトイレに。
便器に向かってゲロを吐く。
ああ、なんてミジメなのかしら……。
にしてもパリィの街は上下水道それなりに整備されているので良いな。とはいえこれが整備されたのはここ最近だとか。ま、俺にはどうでもいい話か。
トイレから出るとシャネルが呆れたような顔で出迎えてくれた。
「私はシンクのことが大好きだけど、そこだけは明確に貴方の欠点だと思うわ」
「はい……」
返す言葉がねえ……。
「昨日はどうやらそうとう楽しいお酒を飲んだみたいね」
「いや、べつに楽しくはなかったけど……」
ビビアンのこと、苦手だし。
「どうだかね」
うう、これは本格的にアルコールを控えるべきではないのか?
そおそも俺未成年じゃないか! 飲酒なんてダメ、絶対!
ふと、壁にかかった絵が気になった。
「なあ、この絵って誰さ?」
ま、ようするに話を変えるために切り出したわけだけどさ。
「あら、その絵? えーっと、なんて名前だったかしら。忘れちゃったわ。でもその人が冒険者ギルドの雛形を作ったのよ」
「へえ」
なんだか偉そうなおっさんだ。
いや、若いのか?
ちょっとよく分からないな。昔の絵だからな。かなり荒々しいタッチの油絵。その印刷だろうか?
劣化コピーされた画像みたいになっている。
「とりあえずこの人が偉いからここに飾られているのは分かった」
「ギルドの冒険者って4人1組でしょ? それもその人が決めたのよ」
「へえ、なんで?」
「たしか2人だとケンカしたとき調停役がいないからダメで、3人だと取り分を分けるのが大変。それなら4人にしましょう、くらいの理由だったと思うけど」
「いや、もう少し多くすれば良いじゃないか」
「それだと仲間はずれが出るんでしょ」
そうだろうか?
少なくとも俺をイジメていた5人は全員仲が良さそうだったが。嬉々として一丸となっていたように思える。
おっと、また嫌なことを思い出しそうになっていた。
こういうことは忘れたままでいるに限る。イジメの細かい内容なんて一生思い出したくない。俺は俺のことをイジメていたやつらへの復讐心だけを覚えていれば良いのだ。
「さて、今日も無駄な知識が増えたところで仕事でもするか?」
「そうね、お金を稼ぐのは大切よ」
「あの、シャネルさん。ときどき気になってるんですけど俺たちっていまいくらくらい貯金があるの?」
いちおう、昔ドラゴン討伐のときにもらったお金がある。それは大金だった。
けどそれからずいぶんと時間がたって、はてさていくら残っていることやら……。
「まあそこそこよ」
「そ、そこそこ? ――っていくらくらいだ?」
「そうね、あと5年はこの生活が続けられるかしら」
「そうなのか」
うーん、5年。
いまの俺からすればそれは途方も無い未来のことに思えるが。しかし意外と5年なんてすぐなんじゃないのか? たぶんその時が来たらあっと言う間だったなって思うんだろうな。
やっぱりいまのうちから節約、あるいは冒険者としての仕事をしておきますか。
依頼書をシャネルが読んでくれる。
「生き別れの息子の捜索」
「それパリィで見つかるのか?」
面倒くさそうなので却下だ。
「自分を狙っているやつらからの護衛」
「それ、もしかしてあなたの妄想では?」
なんか危なそうだ。
「家の掃除」
「自分でやってくれ!」
冒険をさせてくれよ……。勘弁して。
「どれも食指が動かないかしら?」
「だな……。冒険者って言っても実際はあれだな、思ってたほど命がけの仕事ってわけじゃないんだな」
べつに命をかけたいわけじゃないけどさ。
俺はじっと掲示板に貼ってある紙をい見つめる。もちろん文字は読めないのだが。
「ねえ、シンク」
シャネルに手を引っ張られた。
「どうした?」
「なんかあっち、揉めてるわよ」
おっ? 揉め事かい?
俺ちゃんそういうの大好きだよ、なんせ野次馬根性の男でるからね。
酒場のほうでなにやら男たちが女性1人を囲んでぎゃあぎゃあと言っている。
本当に冒険者って民度が低いんだから!
どんなもんだろうか、と俺は揉めているあたりを覗いてみるのだった。




