027 『5銭の力』
昼食を終えて部屋に戻ると、アイラルンがいた。
「はーい。朋輩、ご機嫌麗しゅう」
まあこいつの神出鬼没さは慣れている。
アイラルンは椅子に座って自分の金髪を手でいじっている。くるくる、と。
「さっき、ありがとうな」
俺は礼を言って椅子に座る。アイラルンとは対面するかたちになった。
「いえいえ朋輩。わたくしと朋輩の仲ではありませんか。それにしても、良かったですわね」
「なにがだ?」
腹がいっぱいだった。
シャネルは昼食後の風呂に行った。彼女はきれい好きなのだ。よく風呂に入っている。
「あの勇者と戦ったときです。死ななくて」
「たしかにな」
運が良かったよ、と俺は言う。
だが、アイラルンは首を横にふった。
「運ではありませんよ。あれは朋輩の実力です」
「実力?」
「そうです。朋輩はご自身のスキルを十全に使い切れておりませんし、その効力すらもよく知らないようですね」
たしかにその通りだ。
俺のスキルは3つ。
『武芸百般EX』
『5銭の力』
『女神の寵愛~シックス・センス~』
このうちでまともに使えているのは最初の『武芸百般EX』だけだ。『女神の寵愛~シックス・センス~』はどうやら全開の使い方ができていないようだし、『5銭の力』にいたってはどんなものかも判明していない。
「朋輩、ヒントをあげましょう」
「ヒントね」
答えを教えて欲しいところだが。
「あの怪我のあと、何か無くしたものはありませんか?」
「怪我のあとか?」
なくしたものといえば、剣だ。あとしいていえば服だろうか? あれはボロボロになっていて使い物にならず、捨ててしまった。だから今もフミナに借りた服を着ているのだ。
それを言うと、アイラルンはチッチとその可愛らしい唇の前で人差し指を振る。
「他にです」
「……他、か」
そういえば服のポケットに入っていたコインが全てなくなっていた。
「お金か?」
「はい、正解です!」
「あのお金がなんだって言うんだよ」
「それこそが『5銭の力』ですわ」
俺のスキル。一つだけなんのことだか分からないものだ。
「銭っていうと、お金の単位だったよな。一応、円の下の」
いまどき株価なんかでしかお目にかかれないものだが、江戸時代くらいには普通に使っていたのだろうか。
「そうですわ。そしてこの5銭というお金にはある種特別な意味合いがあるのです」
「神社で5円玉を入れるみたいな?」
ご縁があるように、ってね。
「ああ、近いですわ」
「近いのか」
「5銭。それは朋輩がいた世界であった戦争のさいに験担ぎに使われたものです。前の戦争ですわね。分かりますか?」
「そりゃあ第二次大戦のことは分かるけど、そのときに5銭が?」
「はい。死線(4銭)を越えて、そういう願いを込めての5銭ですわ」
「なんだそれ、ギャグかよ」
「しかし言霊の力とは侮れないものです。現に朋輩はあの戦いで生き延びたのですから」
「つまり、俺の能力は――死線を越えられる。死なないってことか?」
「いつもどおりのお察しの良さ、ありがとうございます。説明するテマがはぶけますわ。でも一つだけ、条件があります。それが無くなったお金ですよ。朋輩が死にかけた時、朋輩の持つ小銭――5銭にあたるものが変わりに無くなります」
「それで俺のコインがなくなったと」
そういえば覚えがある。
この屋敷に初めて来た日、警備兵のスケルトンに槍で殺されかけた。あのときはなぜか分からなかったが、それはスキルのおかげで助かっていたのだ。たしか小銭が一つ、なくなっていたはずだ。
「あれ、でもちょっとおかしくないか? 俺が持ってたお金は5銭なんてはした金じゃなかったぞ」
「ですから、危機一髪だったんですわ。あの攻撃はあまりに強力でしたから朋輩の命一つではまったく吊り合わなかったんですの。つまりは何度も何度もあの攻撃で死に続けた、と」
「ってことはまさか――」
俺があそこまで怪我をしたのは、ギリギリ?
「あと一度死ねば、本当に死んでいましたわ」
「まじかよ、ギリギリすぎだろ」
「そういう意味では運が良かったという言い方もできますわ」
「これからはお金をある程度もっておかなくちゃな」
「ですね」
さて、とアイラルンは立ち上がる。
言いたいことは言ったので帰るつもりなのだろう。
「じゃあな」と、俺は言った。
「いえいえ朋輩。わたくしはいつでも貴方を見ていますよ」
勘弁してくれ、と俺は手を振る。
「そういうのストーカーって言うんだぜ」
「あら、ストーカーも愛情表現の一つですわ」
俺は無表情でアイラルンを見る。それはストーカー側の考えだ。
しかしアイラルンはどこ吹く風。ニッコリと俺に笑いかける。
「では朋輩。また何かありましたら」
「助けてくれよ」
「もちろん」
アイラルンはニッコリと笑うと消えていった。
しばらくするとシャネルが風呂から帰ってきた。とたんに顔をしかめる。
「女のにおいがするわ」
「ソンナワケナジャナイカ」
なんという察しの良さ!
え、というかアイラルンに匂いとかあっただろうか。俺からすればシャネルは甘い匂いがするが、アイラルンは無臭なのだが。
「ここに女の人いた?」
「いないってば」
「……ふーん。まあ、良いけど」
シャネルはそういうと、先程までアイラルンが座っていた椅子を手で少しはたいてから座る。まるでそこに何かしらの菌がついているよう。そういうイジメ、よくされたよね。
「明日、ギルドに行きましょうか」
「そうだな。いつ月元のやつがやる気を出してドラゴン退治を開始するのか分からねえからな」
シャネルは不安そうに俺を見つめた。
「ねえ……」
「なんだ?」
「やっぱりやめるってのも一つよ。だって相手は勇者だし。勝てないかもしれないわ」
「また逃げろって言うのか?」
「そうは言ってないわ。ただここで無理することもないんじゃないかって」
ああ、そうか。
シャネルは俺のことを心配してくれているのだ。
確かにこのまま行っても俺はまた月元に負けるかも知れない。でも、だとしても――
「いいや、ここで無理しなくちゃ」
「どうして?」
「だってここで戦わなくちゃ、俺は一生負け犬だ」
現世の日本でイジメられて、異世界に来てまで一度負けて。そのうえ逃げたとなれば、俺はもう金輪際、自分のことを許すことなんてできなくなるだろう。
あの日、復讐を誓った俺はまだここにいるんだ。
「勝つさ、次こそ」
「そう。それならもう私は何も言わないわ」
ふふ、とシャネルが笑う。
「やっぱり貴方って変わったわね」
「笑わなくなった?」
「それもあるけど、前向きになったとも思うわ」
「それはどうも」
シャネルがふと、俺の首筋を掴んだ。
「貴方のことを一番分かっているのは私よ。他の誰でもないわ」
それは嫉妬だろうか? シャネルの青い目が炎のように燃え盛り、俺を見つめている。
「あ、ああ……」
俺は頷く。そうしなければ今すぐにでも魔法で消し炭にされそうなほどの迫力だ。
「それだけ分かってくれればいいのよ」
シャネルが俺を開放してくれた。
なんというか、あれだ俺の周りの女はこんなやつしかいないのか、と思ってしまう。
でもまあ、可愛いから許す。俺ってそういうタイプの人間なのだ。
シャネルは何事もなかったかのように本を読み出した。たぶんフミナに借りたのだろう。こうして本を読んでいるシャネルはとんでもなくセクシーだ。
グラマーの語源とか、まあそんな話は今どうでもいいか。




