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254 エピローグ2


 シャネルが準備を終えて、俺のことを迎えに来た。


「シンク? ああ、ここにいたのね。トマト、食べてたの?」


「おう、美味しいぞ。お前も食べるか?」


「遠慮しておくわ」


 シャネルはひらひらと手を振る。


 今日のシャネルのファッションは、比較的抑えめのロリィタコーディネート。というよりもゴシックファッションだろうか? 黒い服には他の色は混じっておらず、ただフリルとレースだけでガーリィな雰囲気を作り出している。


 ああ、ということはやっぱりゴシック・アンド・ロリィタなのだろうと俺は思った。


「最後だからね、シンク。挨拶していきましょう」


「そうだな」


 俺はシャネルに連れられて孤児院の正面に行く。


 そこには俺たちを乗せるための馬車が待っており、その周りには子供たちがいた。子供たちは俺の顔をみるなり、駆け寄ってくる。


 お兄ちゃん、兄ちゃん、シンク! と、それぞれに違う呼び方をするものの、そのどれもが俺を慕うような目をしていた。


「また剣術、教えてね!」


 そう言って駆け寄ってくる子供の頭を撫でてやる。


「良いぞ、でもそれまでにちゃんと自主練習しておけよ」


 ふと思った。ああ、俺はもしかしたら誰かにこうして剣術なんかを教えているのが好きなのかもしない、と。


 というよりも子供が好きなのだ。


 それはシャネルも案外同じで、女の子たちはシャネルに駆け寄って縫い物についてあれこれ話をしている。シャネルがじつは子供好きなのは知っていた――ルオの国でも先生をやっていた――が、まさか自分もそうだとは思わなかった。


 これからの無限の未来のある子どもたち。その子たちに俺はなにかを残せることができないだろうか? こんな因業で、ひどい人生を歩んできた俺には過ぎた望みだろうか?


「こらこら、みんな。シンクさんたちが困ってます」


 アンさんが水色の髪をなびかせながら、歩いてくる。


 おや? と、俺は驚く。


 だってアンさんはいつものように髪で片目を隠していなかったのだ。美しいオッドアイをどちらもあらわにしている。


 アンさんはどうですか? と照れたように俺の顔を見る。


 たぶん褒めてほしいのだろうけど、俺は隣にシャネルがいる手前なんとなく彼女を褒めることがしづらかった。だからなにも気づかないふりをした。


 酷い男だ。


 逆にアンさんはそのことに気がついたようで、悲しそうな顔をして俺を見つめた。


 ――どうせ私はシンクさんについていくことはできませんよ。


 まるでそう言いたいが、なんとか言葉を飲み込んだ。そういう表情だった。


 だから俺は変わりに、


「トマト、美味しかったよ」


 それだけ言った。


 アンさんには幸せになって欲しいと心の底から願っている。こんな俺なんかに心惹かれたのはきっとなにかの間違いだったと将来的に思えるくらいに、幸せに。


「あ、ありがとうございます」


 アンさんの目に、薄っすらと涙が浮かんだ。それを見なかったことにするのは大変だ。


「さあ、シンク。行くわよ」


 シャネルが言う。


「ああ」


 シャネルが馬車に乗り込んだ。荷物は全部馬車の中に入っているのだろう。


 わあわあと別れの挨拶をする子供たちの声の中に、小さな、ほんとうに小さな声が交じる。


「さようなら――私の初恋の人」


 悲しまないでほしいと思った。


 いわく初恋とは叶わないものである。


 俺は馬車の窓から手を振った。アンさんは控えめにそれに返す。


 そんな俺たちの様子を、シャネルは冷たい目で見つめていた。


「なにかを選ぶというのは同時になにかを捨てるということよ、シンク。こんな説教、月並みかしら?」


「そうだな」


 だとしても、俺はシャネルを選んだのだ。その道に悔いはないさ。


「うふふ、モテる男は辛いですねえ」


 先に馬車に乗っていたシノアリスちゃんがからかうように言う。


 シノアリスちゃんはべつに俺たちの旅についてくるのではなく、街のはずれまでこうして一緒に馬車に乗っているだけだ。


「そうよ、シンクはモテるのよ」


 そうだろうか? あんまりそういう認識はないが。


「私も、うふふ。お兄さんのこと好きですよ」


「はいはい、俺も好きだぞー」


 ここで言う好きはあれだよね? 子供がよく言う、大きくなったらお兄さんと結婚するの! みたいなやつだよね。


「むうっ……」


「残念でした。シンクは貧相な体つきには興味がないのよ」


 シャネルが豊満な胸を下から持つように強調して言い放つ。


 しかし榎本シンクくんはロリコン気味の男なのです。もっとも、大きな胸も好きなのだが。というか巨乳が嫌いな男っているのかしらん?


「ま、そういうことにしておきます……うふふ、初恋は叶わないって言いますもんね」


 シノアリスちゃんはさっき俺が思ったのと同じようなことを口に出す。


 そうだな、と俺は頷く。けれどシャネルが異議を唱えた。


「あら、そんなことないわよ」


「そうですか?」と、シノアリスちゃん。


「初恋だってちゃんと上手くいくわ。ねえ、シンク」


 そう言ってシャネルは俺の手、というよりも小指だけを掴んだ。


 ドキッとする。シャネルの体温が伝わってきて、俺の体をむずむずさせる。


「やれやれ、お姉さんには負けましたよ。どうして私たちってそろって因業なのに、お姉さんだけは違うんでしょうかね。いつも幸せそうで。お兄さん、どう思います?」


「俺だって幸せさ」


 と言い返す。が、これは強がりというものだろう。


 たしかにシノアリスちゃんの言う通り。シャネルはいつも幸せそうだ。俺の記憶でいうなら、俺やシノアリスちゃんのように泣きたくなるほど不幸な経験というのはしていないはずだ。少なくとも俺と出会ってから。


「あら、分からないの?」


 シャネルは笑ってみせた。


「わかりませんね」と、シノアリスちゃんは不満そう。


「簡単よ、好きな人と一緒にいられる。それだけでいつだって幸せだわ――」


 やれやれ。


 これは直球で恥ずかしいな。


 でも、嬉しい。顔がニヤけるのを隠すために2人から顔をそむけた。


 2人の美少女は俺抜きで話しを続ける。


「不思議ですよ、本当に。どうしてお姉さんはそんなに私たちとは違うのですか?」


「ふふん。だって私はね、シノアリス。幸運な女なのよ」


 そう言ったシャネルは、まったく因業さなど感じさせない笑顔で。


 やっぱりシャネルはすごいなと俺は思った。だってどんなに不幸でも自分は幸せだと言い切ってみせるのだから。


 見習うことはできなくとも、尊敬はできた。


 馬車は3人を乗せて進んでいく。そのうちシノアリスちゃんが降りて、俺はシャネルと2人きりになるだろう。


 さてはて、久しぶりのシャネルと2人。


 なんの話をしようか?


 照れて上手くお話できないかもしれない。俺はひそかに気合を入れ直すのだった。



長かった第4章もこれで終わりです

ここまで読んでくださったかた、本当に本当にありがとうございました

明日はオマケのステータス

明後日からは一週間ほど短編【お針子】を更新していきます。こちらの短編はいままでと趣向を変えて三人称での小説にしようと思います。苦手なかたには申し訳ありません。第5章はシンクくんの視点でのお話に戻ります。

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