025 シャネル合流、そして勇者を倒すための策
部屋の扉が乱暴に開かれた。
その音のせいで夢も見ないほどの深い眠りから強引に叩き起こされて慌てて起き上がる。
「敵かっ!」
思わず口をついたのはそんな言葉。
そして次の瞬間にくる痛み。
そうでした。俺、怪我してるんでした。
入ってきたのはシャネルだった。
「シンク……」
肩で息をしている。
「おう」
「ちゃんと足、ある?」
「もちろん」
どうやら瓦礫に潰されていたらしいけど、形だけはすっかり元通りだ。痛くて立ち上がることはできないけどね。
「良かった……本当に良かった!」
シャネルが俺に抱きついてきた。
むにゅり。
うん、胸の感触ね。でもその嬉しさよりも体中の痛みが先にくる。
「痛い、シャネル痛いって! 怪我人なんだぞ、こっちは!」
「本当に心配かけて……」
「それは素直にごめん」
「なんだか貴方って最近、会うたびに怪我してる気がするわよ」
「たしかにな」
なんだかあのボロい宿屋にいたのがとても昔に思える。いや、実際に5日も時間が経っているんだけど。
「それで、シャネルの方は大丈夫だったのか?」
「ええ。無事に逃げられたわ」
「そりゃあ結構。こっちは大変だったらしいぜ」
他人事だけど。だって寝てたもん。いや、気絶というべきか?
「フミナちゃんから事情は聞いたわ。あのあと、ずっと意識が戻らなかったんでしょ?」
「ああ。そのせいで迎えに行くのが遅れたよ。東口にいたのか?」
「ええ」
「ずっと?」
「ずっとよ。5日間、お風呂の時とトイレの時以外はずっと待ってたわ」
シャネルならたぶんそうするだろうな。この娘はそういう娘だ。
部屋に少しだけ遅れてフミナが入ってきた。
「……感動の再会ですね」
「ええ、本当にフミナちゃんのおかげよ」
「でもシンクさんの傷はまだ完全には癒えていませんよ」
「どうもそうみたいね」
「明日には治療師の先生が来られますけど」
「そんなの待っていられないわ。私が治してあげる」
シャネルがそのゴスロリドレスから杖を取り出した。おいおい、まさか爆発でもさせるつもりか?
「水魔法も使えるんですか?」
「少しだけね」
「本当に少しだろ。シャネルじゃ無理だって」
前にやってもらったときは薄皮一枚をつなげるのでやっとだったはずだ。あれなら俺の自然治癒の方がマシってなもんだ。そういえばあの時もすぐに怪我は治ったな……。
「大丈夫よ、愛の力があれば」
なんの疑問もなくシャネルはそう言ってのける。
自信満々だ、聞いているこっちも本当に大丈夫なのだと思ってしまえるほどだ。
「でしたらポーションを持ってきます」
「あら、そんなものまで用意してあるの? ありがとう」
フミナが出ていった。
「ポーションって?」
「回復薬よ、結構高いのよ」
「いや、まあ分かるけどさ」
ポーションでしょ。よく聞くよね。でもこの世界にもあったのか。
フミナが皿に瓶をのせて戻ってきた。
「どうぞ」
「はい、ありがと」
シャネルは瓶の蓋をあけて、俺の口に瓶をくわえこませる。
……っ!
まずいぞ、これ。
腐ったような味がする。
というか臭いもやばい、あきらかな腐卵臭。
「ほら、どんどん飲んで。これさえ飲めば回復魔法の効き目が格段に良くなるから」
「まって、これ、まって!」
無理やり一本のまされた。からの瓶。だがもう一本、シャネルは蓋をあける。
「はい二本目よ」
「いや、まじで待って。本当に不味いから。腐ってるからそれ!」
「良薬口に苦しってね。ちょっとまずいほうが効き目があるのよ」
「いや、そういう味じゃないから! 苦味とかじゃないからこれ! スティックノリみたいな味がするんだよ!」
俺はスティックノリの味を知っている。イジメられているときに無理やり食べさせられたことがあるのだ。
その俺から言わせてもらおう。
このポーションは同じくらい不味い!
「大丈夫よ、これをちゃんと飲んだら治るから」
「なら治らなくても良い!」
というかたぶん、このまま自然治癒で完治までいけるだろ。
「あっ……」
フミナがまずい、とでもいうような声を出した。
「どうしたの?」とシャネル。
「すいません……このポーション、使用期限きれてました」
「ほらね! やっぱり腐ってたんだよ!」
というかポーションに使用期限とかあるのね。まあ薬だからあっても不思議じゃないが。
「さて、じゃあ治療を始めましょうか」
シャネルのやつ、何事もなかったかのように話を進めやがった。
「おい、腐ってたんだよ!」
「ほら、喋らないの。舌かむわよ」
「謝って! 謝って!」
「はいはい、ごめんなさい」
むっ……いちおう謝ってくれたのか? 全然気持ちがこもってないが。
シャネルが呪文を唱えだす。杖の先に水色の光が。
……はあ、なんだか疲れた。
口の中がまだ不味い。当然のごとく後味も最悪だ。これ、もしかして美味しいポーションとか出せば売れるのではないだろうか? うーむ、お金の匂いがするぞ。なんせここは異世界だからな、なんとかして一攫千金したいものだ。
「それにしてもシンクさん、なんだか雰囲気変わりましたね」
「……ん、そうか?」
フミナは顔を伏せ、照れたように言う。
「なんだか大人っぽくなったというか、影ができたというか」
うん、影ができたってのはキミにだけは言われたくないな。
「たしかにたくましくなった気がするわね」と、シャネル。
「怪我して顔の輪郭でも変わったかな?」
なんかそれはそれで嫌だな。まあ評判は悪くないようだし良しとするか。
「いえ、たぶんあんまり笑わなくなったからだと思います」
「笑わない、か」
それはあまり意識していたことではないが、たしかにそうだろう。
シャネルに言われた「笑えるの?」という言葉。あれがまるで呪いのように俺を縛り付ける。だが悪い気分ではないのは確かだ。
俺は復讐を果たすまで、笑えない。笑わない。それで良いじゃないか。
「私は今のシンクの方が好きだわ」
「……はい、そう思います」
「ふーん」
男はヘラヘラしていない方がモテるということか。
まあ、たしかに月元なんかを見てみろ。あいつの笑顔ってのはとにかく腹が立つからな。いや、俺があいつのことを嫌いなだけか。
「私、ご飯を持ってきますね」
フミナが照れたようにそう言って、部屋を出ていった。
「言うだけ言って恥ずかしくなったみたいね」と、シャネルがいらない解説をはさむ。
「なあ、そんなに変わったのか? 俺」
「どうかしら。私はずっと一緒にいたから。でもまあ、男らしくなってるわよ」
「分からねえな」
シャネルは連続で俺に治癒魔法をかけながら、自分もベッドに座る。
さて、今は何時なのだろうか。お腹がすいたままだった。
「なあ、シャネル。いま何時?」
「そうね、だいたいね――」
夜だった。
外は暗いのだろうか、この部屋には大きな窓ガラスがあるのだが、カーテンがしまっているので外の様子が分からなかったのだ。
「あんまり無理するなよ」と、俺は魔法を使い続けるシャネルをいたわる。
なんせこの世界の魔法ときたら、使いすぎたら使用者の体力を削るらしいからな。
「それはこっちのセリフ。あの攻撃……すごかったわね。私は遠目で見ただけだけどね」
「俺は間近でくらったからなあ。どれくらいの規模なのか、実はよく知らないんだ」
視界いっぱいが光に覆われて、気付いたら瓦礫の下だったからな。
「すごかったわよ。私の魔法の規模とは比べ物にならなかったわ。光の塊が周囲全部を蹴散らしながら進んでたの。あの通り一体を壊し尽くすほどのね」
「死んだ人、7人だったらしいぞ」
「むしろ少ないくらいね。あれだったらもっと死んでもおかしくなかったわ」
うーん、ますます直撃を受けたのに生きているのが不思議だぜ。
「あれ、勝てるの?」
「分からん。が、策はある」
「本当に?」
「ああ。とりあえず思ったのは、あの攻撃はタメの時間が長い」
その時間を稼ぐために、魔法使いが禁術らしい魔法で俺たちの足止めをしたのだが。
「あの魔法使いも厄介ね」
「そこはシャネル、キミに頼みたいところだ」
水魔法の手を止めて、シャネルは頷く。
「任せて」
「問題はあとの二人か。武道家と僧侶。武道家に関してはタイマンならなんとでもなるだろう」
なにせこちらのスキルは『武芸百般EX』だ。俺のにわか仕込みの柔術でも投げ飛ばせたのだから、そこは心配していない。
「あの僧侶、陽属性の魔法を使ってたわね」
「あの見えないシールドか?」
「あれは厄介よ。どれくらいの攻撃まで耐えられるのかは分からないけど、肉弾戦じゃあダメージは期待できないわね」
「となると……魔法で攻めるか?」
「あるいは無効化するか」
こうして話をしていても勝てるビジョンが浮かばない。いかんせん、相手には隙がないように思える。さすがは歴戦の勇者だろう。
前衛の武道家、後衛の魔法使い。そしてどちらもこなす勇者に、サポート役の僧侶。
「作戦は練りに練っておくくらいで良いだろう。なんせ相手は単純にこっちの二倍いるんだから」
「いっその事、こっちも人を雇う?」
――ん?
「いま、なんて言った?」
なんかすげえ良い事思いつきそうになったぞ、俺。
「え、私いまなんて言ったかしら?」
シャネルはこくりこくりと眠たそうに揺れている。どうやら魔法の疲れが出てきたようだ。
「だかさ、いっそのことこっちも人を雇うかってさ」
「ああ、そうだったわね」
「それだよ、それ!」
「なにが……?」
おいおい、眠そうだな。いまから夜ご飯が来るっていうのに。
「人数が足りないなら増やせば良いんだよ!」
「でもそんなお金ないわよ。……ふわぁ」
あくびを一つ。
眠たそうなシャネルを起こすように、彼女の頬に軽く触れる。するとシャネルの目は気持ちよさそうに細まった。
「冷たいわ、手」
「目が覚めたか?」
「少しね」
シャネルは甘えるように俺に体を寄せてくる。
このまま押し倒されてしまいそうだ。
シャネルが俺の胸に手を当てる。心臓が高鳴る。バクバクいってる、このまま爆発しそうだ。
「それで……人数を増やすってどうやって?」
「簡単だよ、漁夫の利を狙う」
漁夫の利、つまりは良いでしゃしゃり出て手柄を横取りするのだ。シャネルは分かってい無さそうな顔をする。
「どういうこと?」
「ドラゴンを使う」
「ドラゴン?」
「ああ、それとも俺が寝ている間に勇者が討伐しちまったか?」
「そういう話は聞いてないけど」
好都合だ。ここで月元のやつがやる気を出してドラゴンを倒した後、というのだったら俺の作戦は全てパアになっていた。
「そうと決まればさっさとこんな怪我治しちまう」
「私、まだよく分かってないわ?」
「つまりさ、月元のやつがドラゴンと戦う、そして疲弊したところを――」
「ああ、横から倒すわけね。というか月元っていうのね、あの勇者」
「な、いい作戦だろ?」
「卑怯な感じが最高ね」
「復讐に卑怯もクソもないさ。それによ、夜にいきなり襲ってくるあっちだって卑怯は卑怯だろ」
「なんであの人たち、シンクを狙ったのかしら?」
「ふん、おおかたイジメの延長だろうさ」
わからないわ、というようにシャネルは首を横にふる。俺にだっていじめっ子の気持ちなんてわからない。けど、あいつらはいつも楽しそうに俺をイジメていた。
……楽しいのだろうか? 他人をイジメるのが。
なら今度はこっちの番だ。絶対に俺がやつらをイジメてやる。
「とはいえ、勇者がドラゴンとの戦いを簡単に、それこそ楽勝で終わらせたらどうするの?」
「その可能性もないとは言えない」
ま、そこはドラゴンさんに頑張ってもらおう。
なにせ冒険者ギルドでは星8の難易度だったのだ。いくら勇者といえ苦戦くらいするだろう。たぶん。するよね?
「ずいぶんと穴のある作戦だわ」
「でもこうでもしないとあいつに勝てないだろ?」
「それもそうね」
「それにどうせあいつは俺が死んだと思ってるんだ。不意打ちするには近づく必要がある」
「それでドラゴンね。まあ、悪くない作戦よ。うまくいけば私たちにもドラゴン討伐のお金が入ってくるしね」
もちろん、うまくいかなければ死ぬのだが。
まあ、そんなのはどんな行為でも同じ。というか人生がそうであると言い切ることだってできる。いつか死ぬのだから、せっかくだから上手くいくと思って行動したいものだ。
部屋にフミナが入ってきた。俺が怪我をしているからこの場所までご飯を運んでくれているのだ。
「どうぞ、シンクさん」
俺たちはいったん、復讐計画について話すのをやめる。フミナの気持ちが離れているとはいえ、いちおう月元はフミナの婚約者なのだ。そいつに復讐する話など聞かせるべきではないだろう。
「早く良くなると良いですね」
フミナは優しくそう言ってくれた。
ああ、と俺はうなずいた。




