239 キミを助けに来たんだ
しなる蛇のような一撃を紙一重でかわす。
もともと俺のいた位置には深々と切り裂かれたあとが残る。
「アイラルン様の声がした気がしてとんでこれば、うふふ。まさかお兄さんがいるとは」
頭上から降ってくる声。
でこぼこと開いた窓のような場所のひとつから、シノアリスちゃんはこちらを見下している。
「やあ、シノアリスちゃん」
俺は刀を抜かず、両方の手のひらを見せるようにして声をかける。
敵意はないぞということを証明するように。
「お兄さん、なんのご用ですか? 私、今日はちょっと時間がなくてお兄さんにかまってあげられる時間がないんです。私とデートしたいなら死んだあとにでもゆっくりしてあげますよ」
「あいにくと俺は地獄に行く予定なんでね、たぶん死んだあとは会えないよ」
なんだかよく分からないけど、それっぽいことを言って返す。
「なら一緒ですね。思う存分ランデブーしましょうね」
ランデブーってなんだよ、いきなり横文字つかうなよ。
と、突っ込もうとしたところでまたガリアンソードがしなりながら飛んでくる。
おいおい、せっかちだな。もう地獄におとすつもりかい?
「とりあえず、ちょっと落ち着け!」
葬式場はかなり広い空間だ。
昔はここで儀式がおこなわれて、きっとたくさんの人が参加したのだろう。その空間を縦横無尽に逃げ回る。
それでもシノアリスちゃんには高い位置を取られている。高低差のある戦い、あきらかにあちらが有利。
「朋輩、ガンバッテー」
アイラルンの棒読みな応援。ぜんぜんやる気がでねえんですけど!
「ちょこまかと逃げてばかり! 本当に時間がないんですよ、こっちは!」
シノアリスちゃんは声をあららげる。
「とりあえず話し合おうぜ!」
触れればその瞬間になます切りにでもされそうな刃の速さ、連続性、そして不規則な攻撃。
それでも反撃はしない。
刀もモーゼルも抜かない。
なぜなら俺はここにシノアリスちゃんと戦いに来たのではないのだ。
「いったいお兄さんは何をしに来たんですか。私に文句を言いに来たんですか、それとも私を殺しに来たんですか!」
「どうしてそーなるの」
「昨日の夜、送り込んだ殺し屋が帰ってこなかったところをみるに返り討ちになったことは理解しています。その報復ですか、お兄さんは完全に私に敵対するつもりなのですね!」
「報復……?」
あー、そういう考えはまったくなかった。これっぽっちもだ。
そもそも襲ってきた殺し屋なんて物の数じゃなかったからな。
「お兄さんは私の敵です!」
あー、もう埒があかない。
こうなれば――。
鋭くえぐるように首筋を狙うムチとも剣ともつかないガリアンソード。それを素手で掴み取る。
今回は指がおちないように、刃の腹の部分を親指と人差し指の間でつまんだ。しかしその二本の指で勢いを殺しきることなどできるはずもない。
そこで俺は考えた――。
ガリアンソードに魔力を流し込んだのだ。それはようするに『グローリィ・スラッシュ』を使うときと同じ要領だ。柄を握っているときに魔力を流し込めるならば、刃を掴んでいるときにだって魔力を流し込めるはず。
そして俺の魔力を流し込まれた剣は、よっぽどの業物でない限り、魔力に耐えられるに爆散するのだ。
俺の思惑どおり、シノアリスちゃんのガリアンソードは魔力に耐えられず粉々になった。
「あっ!」
しかしその瞬間、シノアリスちゃんは体制を崩した。
もっていたソードがなくなったせいだ。
シノアリスちゃんの体が宙に浮く。前のめりに倒れたせいでそのまま落ちてきているのだ。
「まずいっ!」
俺は全力で駆け出す。
「きゃあっ!」
シノアリスちゃんが落ちる、落ちる、落ちる前に受け止めなければ!
「落ちもの系ヒロインなんていまどき流行らねえぞ!」
クソタレ、文句を言いながらも両手を伸ばす。
だけどちょっとだけ間に合わないかもしれない。いかんせん広い空間なのだ、こんな場所で葬式なんてやるんじゃねえよ昔の人!
「ああっ、これはダメですわ」
アイラルンの怖いくらいに冷静、というよりも冷酷な声。
お前ダメってそんな。
だけど俺は知っているんだ。人間頑張ればなんでもできるってわけじゃない。でも、頑張らなきゃなんにもできないんだって。
だから俺は、全力で走るのだ。諦めないのだ。
「ダメそうなので、しょうがないですわ」
その瞬間、奇跡が起こった。
時間が停まったのだ。
停止した時間の中で俺とアイラルンだけが動いている。
「アイラルンッ!」
「わたくしこれ、あんまりできないんですけれども」
「ナイスアシスト、愛してるぞ!」
とんでもないことを口走ってしまうが、まあアイラルン相手だ。冗談ですよ。
「も、もう。朋輩ったら……男の人っていくつも恋を持っているって本当ですわね」
もしもし、アイラルンさん?
冗談ですよね。
冗談ですからね!
と、そんなことよりも。俺はシノアリスちゃんを受け止めなければ。
「こ、ここらへんか?」
俺、運動神経とかないから。
野球でフライとかとるの苦手だから。
「ちょい右、そう右、はいここでまっすぐ!」
アイラルンの合いの手。
いやいや、だからネタがね。伝わるけどね。
「よし、時間動かして!」
「ほいさっさ!」
そして時間は動き出し、俺がかかげた手の中にシノアリスちゃんが落ちてくる。
「よいしょっ!」
と、俺はシノアリスちゃんを受け止めた。
お姫様抱っこだ。
俺はシノアリスちゃんと目を合わせる。
「怪我、ないかい?」
と笑いかける。
「あ、あの……その……お兄さん。あの、あ、あ、ありがとうございます」
シノアリスちゃんはなぜかシドロモドロになりながら答える。
たぶんいきなり落っこちて驚いているんだろう。なぜか顔も赤い気がするけど、それも驚いたせいだろう。
「大丈夫なら良かった。ヒヤヒヤさせるぜ、まったく。わんぱくなのは男の子だけで十分だぜ」
俺は孤児院にいる子供たちを思い出す。
まったく、毎日毎日さ。俺に剣を教えてくれってせがんでくるんだぜ。
中には筋の良い子もいて教えるのが楽しくなってきている自分もいる。たぶん俺の師匠も俺に修行をつけてくれているとき、こういう気持ちだったんだろうと思った。
「そ、そのお兄さん……あの……」
「どうしたんだよ、いつも慇懃無礼なキミらしくもない」
「お兄さん、私のこと怒ってないんですか?」
「どうしてだよ」
「だって、私お兄さんのところに。エトワールのところに殺し屋をけしかけて」
愛らしい、少しロリィな頬にデコピンをする。
「こら、目上の人には『さん』をつけろよ」
ま、俺も嫌いなやつには敬称なんてつけないけどさ。
「す、すいません」
あら、意外と素直。
「分かればいいよ。おろすぞ、自分で立てるか?」
「あ、いえ。あの……その、無理です」
無理? あ、分かった。怖くて腰が抜けたんだな。
なんだよ、シノアリスちゃん。いつもひょうひょうとしているけど案外可愛らしいところもあるじゃないか。
「そうか、じゃあそこらへんにおろしてやるよ」
シノアリスちゃんの手が俺の背中に回される。
降ろさないでほしいという無言の訴えだ。
びっくりしすぎてちょっと子供がえりしているんだろうか?
「お兄さん、どうしてここへ。本当に私を殺しに来たんじゃないんですよね」
「くどいな。俺がキミを殺しにくるわけないだろ」
「じゃあなんで?」
シノアリスちゃんの目がじっと俺を見ている。
なんだよ、キスでもしてほしいのかよ。冗談はやめてくれ、そんなに見るな。照れちゃうだろ。
俺はいちおう、ロリコンじゃないんだ。
いちおうね。
なので変な意味ではなくただ純粋にこう言った。
「キミを助けにきたんだ」
シノアリスちゃんの目から涙がこぼれ落ちた。
その涙を俺はめいいっぱいの優しさを持ってしてぬぐってやるのだった。




