238 カタコンベでの爆発
「ひえ~。朋輩、朋輩。見てくださいよ、シャレコウベですわ」
「シャレコウベってなんだよ?」
俺たちは薄暗いカタコンベを歩いている。
カタコンベの中は天井が低く、また空気もよどんでいる。そのせいかどうかは知らないが、俺の声はよく響いた。
「あら、ご存じない? ドクロ、つまりは頭蓋骨のことですわ」
「へえ」
勉強になったのか、ならなかったのか。
べつに知識が増えるのは悪いことじゃないが、世の中には知っていてもどうしようもない知識もある。ようするにガラクタの知識である。
「朋輩もシャレコウベにしてやりましょうか?」
「そこは蝋人形だろ」
つうかなんでドクロにされなくちゃいけないんだよ。
不気味なカタコンベの中を歩いていく。
道はいくどとなく別れていく。もう戻ることもできない程に奥へ奥へと進む。
べつに宛があるわけではない。自分の第六感を信じて歩いているのだ。
「それにしても朋輩、こうして歩いていても暇ですわね。しりとりでも――」
「しないからな」
ったくよ、ふざけんな。
こっちは一応、ここに真面目な気持ちで来てるんだぞ。真面目な、真面目な……。
「とりあえず『アイラルン』からはじめましょう」
「それしりとり終わるからな」
「『ん』ですよ、『ん』。どうぞ朋輩、続きを」
「お前しりとりのルール知ってるのかよ!?」
思わず叫んでしまう。
叫び声はカタコンベの中をそうとう響いたのだろう。どこか遠くから「なんだ、いまの声」と聞こえてきた。
「誰かいますわね」
アイラルンも気づいたようだ。
「とりあえず道を聞くか」
俺は声のしたほうに早足で歩いていく。
「ううっ、朋輩も偉くなりましたわ。知らない人に道を聞けるようになるだなんて。昔のコミュ障の朋輩とは大違い!」
「はあ? なんで俺が聞くのさ」
コミュ障だぜ、俺。
「では、誰が?」
「……うん?」
あ、そうか。アイラルンの姿は俺にしか見えないんだった。
くそ、ピンチだぞこれは。
いつもならこういう仕事はすべてシャネル任せなのに。ここに来てそのツケが回ってきた。俺ちゃん、知らない人に道なんて聞けないぞ!
「朋輩? どうしましたか、朋輩」
「き、緊張してきた」
やれやれ、とアイラルンはため息をつく。
でもしょうがないだろ、俺はこういうの本当に苦手なんだから。怒りとかそういう強い感情で緊張を塗りつぶさないと、他人とうまく話すこともできないんだ。
ふう、ふう、と呼吸を繰り返す。
なんとか整った呼吸。
「おーい、誰かいるのか?」と、呼ばれた。
けっこう近くからだ。
「朋輩、返事は?」
「あ、ああ」
いま返事をするぞ。
さあ、するぞ。
声を出すぞ。
「誰もいないな」
しかし、俺が答えるよりも先に自己完結したようだ。
軽く自己嫌悪。ちゃんと返事ができなかった。
「朋輩、次がありますよ」
「そうだな」
あはは、と俺は笑う。
アイラルンもあははと笑う。
その刹那――急激に嫌な予感が脳髄を刺激する。
「やばいぞッ!!!」
俺は叫ぶも、アイラルンはポカンとしている。
「なにがですの?」
「なにがとはよく言えんが――」
どこか遠くから、
着火するぞ~。
という声が聞こえる。
その瞬間、閃光がはしった。
爆発だ!
そう理解した瞬間には、爆風とともにとんでもない熱量が襲いかかってくる。
俺はアイラルンの盾になるように抱きかかえる。背後で魔法のエフェクト。魔法陣のようなものが俺の盾になっている。
爆発に対して魔法陣はガリガリと回転をしながら俺を守っている。
「ぐぬぬ!」
どれだけの時間、そうしていただろうか。いつの間にか爆発は終わっていた。
いや、爆発したのは一瞬か。それなのにこんな時間が経ったと感じてしまうのは、それだけ危険だったということ。人体ってすごいもので、とんでもない危険が襲いかかってきたとき一時的に脳の処理速度をあげるらしい。
「アイラルン、大丈夫か?」
俺は思わずアイラルンを抱きしめていたことに気づき、突き放すようにアイラルンを放り投げた。
「朋輩、守ってくれましたのね」
「とっさにな。失敗したよ、お前なんて放っておけば良かった」
「まあ、素直じゃないんですね。でも嬉しかったですわ、ありがとうございます。ま、守っていただかなくてもわたくしは大丈夫でしたけれど」
「だろうな。というか今の爆発、なんだったんだ?」
言いながら、靴下の中のコインを確認する。
しまった、いまので無一文だ。
寿命というか、命が削れた感覚はなかったからちょうど手持ちのお金で防げる程度の爆発だったのだろう。いや、それにしてもすごい爆発だったが。
「いまの爆発についてはよく分からいませんが、おそらく芸術かなにかではないかと」
「お前さ、さっきからちょいちょいネタが分かりにくいんだよ。岡本太郎だっけか?」
「そうそう、太陽の塔の人です」
「あー、クソ。道が塞がれてるぞ」
なんだよこれ、カタコンベっていちおう文化遺産かなんかだろ?
俺たちは前後を崩れた瓦礫のような人骨に囲まれていた。
「塞がれてる、もしかしたらそれが目的かもしれませんわよ?」
「どういうことだ」
「どういうことでしょう」
おちょくっとるのか、この女神。
まったく、面倒だ。
俺は刀を抜き、刀身に魔力を通わす。クリムゾン・レッドは俺の魔力に呼応して紅々と光る。
「とりあえず掘削するしかねえよな」
このままじゃ酸素もなくなりそうだし。
グローリィ・スラッシュを魔力をしぼらずビームの状態でぶっ放す。
「お見事ですわ」
道ができた。
「……疲れる」
「ほらほら、朋輩。行きますわよ」
「クソ、シノアリスちゃんめ。後で会ったら文句を言ってやる」
爆発で吹き飛ばされた道を、俺たちは歩いていく。気を抜けば瓦礫が崩れて転けそうになる。まったく、本当に面倒だ。
というかさっきの声掛け、あれもしかして爆破する前の確認か?
じゃああそこでちゃんと返事してりゃあこんなことにはならなかったんだよな。
「あー、失敗した」
「朋輩、お顔がススだらけですわ」
「そういうお前はぜんぜんきれいだな」
「わたくし、女神ですもの」
関係あるのか? ねえ、それ関係あるのか?
でも女神だから汚れないっていうのもそれなりに説得力あるか。
歩き疲れるほどに歩いて、やっとこの前の葬式場に到達した。
葬式場といってもいまはここで儀式などは行われていないようだが。周りにある無数ののぞき穴のようなもの。そのどこにも人はいない。
「さて、ここまで来たは良いが……。シノアリスちゃんはどこだ?」
分からない。
それにしても前に来たときよりもひっそりしている。人の気配がないというか。
「いっそのこと呼んでみてはどうですか? 大声で」
「それすっごいバカっぽくない?」
「ではわたくしが呼びましょうか?」
「お前の声は俺にしか聞こえないんだろ?」
「いいえ、大丈夫ですわよ。だってあの子は――私の信者の中の信者ですもの。シノアリスさん! 出ていらっしゃい。ここでわたくしと、朋輩が待っておりますわよ!」
アイラルンの美しい声は、カタコンベじゅうに響き渡っただろう。
俺たちはしばらく待った
しばらく待って、返事がきた。
そしてその返事は――ガリアンソードによる一撃だった。




