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225 風呂でアンさんとラブコメ? いいえ、これは妨害です


 カポ~ン。


 そんな音はしないけれど、俺たちの雰囲気は間違いなくカポ~ンなのだ。


 わりとマジで意味不明だな。


 俺は持ち前の童貞力を発揮して、アンさんのいる方から目をそらす。せっかくだから見ておけば良いものを、と自分でも思うのだが。


 でも女の子の裸なんて見られない、恥ずかしいし!


「い、いい湯ですね」


 アンさんが言った。


 いい湯か?


 いや、悪い湯じゃないからつまりはいい湯なんだよな?


「そ、そうだね」


 無言である。


 お互いに次の言葉が出てこない。


 つうかこれ、もう風呂からあがらせてくれよ。俺が悪かったよ、いやマジで謝るから。(誰に?)


「そ、そういえばシンクさん――」


「ど、どうした!」


 思ったよりも大きな声がでた。


 俺の声は風呂の中で響く。


 それで、アンさんはちょっとだけびっくりしたようだった。


「ごめん……」


「あ、いえ。あのそれでシンクさん、お湯加減いかがですか? 私、入る前に熱くしたんですが」


「あ、うん。これくらいがちょうど良いかな」


「そうですか……」


 ほら、また会話がなくなる!


 お風呂のお湯でどうやって次の話題をつなげろっていうんだよ!


 せめてもっと会話を広げられるような話を……。


「あのさ、アンさん。今季のアニメなに見てる?」


「今季? アニメ……?」


 はい、ミスりました。


 ここ異世界でした、アニメとかやってませんでした。


 くそ、今季アニメの話題はオタク同士では鉄板の話題なのだが、ここでは通じないのだ。あ、ちなみに俺は友達がいなかったので好きなアニメの話をすることもできませんでしたけどね。


「シンクさんって不思議な人ですよね」


「そ、そうかな」


「はい。なんだか私が会ったことのないタイプの人です……」


「あはは」


 それって褒めてるの? ねえ、褒めてるの?


 人と違うって言われて嬉しかった時期が俺にもあったけど、実際学校に行かなくなってからはそんなことどうでもよくなった。


 誰かと違うとか、誰かと同じとか、そういうのってくだらないと思う。


 俺は俺だし。


 でもまあ、学校とかで他人と一緒に過ごす中で、そんなことは言ってられないんだけど。


 そういう意味じゃ、この異世界は気ままだ。俺はシャネルと2人で旅をしていて、誰にも文句は言われない。


「ねえ、シンクさん。シンクさんとシャネルさんって恋人同士なんですよね?」


「まあいちおう、そういうことになっております」


 最近なりました。


 いや、もともとそうだったのか?


 しょうじき、今を持って俺とシャネルの関係は謎だ。


「やっぱりそうですよね……」


 アンさんはため息を付いた。


 俺は思わずアンさんの方を向く。それで見てしまった、アンさんのことを。


「ううっ!」


 まずい、一瞬にして俺は前かがみになった。


 本当は煙のせいでぜんぜんアンさんの体なんて見えなかったのに、そのシルエットがちらりと見えただけでこれだ。本当に裸なんて見た日にはどうなってしまうんだ!


 すぐに目をそらしたが、アンさんの体つきは目に焼き付いていた。


「シンクさん、私って魅力ありませんか、女としての?」


「は、はいっ!?」


 いったいなにを言い出すのだ、この子は。


 ももも、もしかして痴女の人だったとか? いや、それはないな。


「あ、あのシンクさん。さっきの私の言ったこと、聞いてましたよね?」


「いや、だから聞いてないって」


 俺は水にもぐっていたんだ、聞こえるわけないだろ。


「じゃ、じゃあもう一回だけ言います。あの、シンクさん私、あなたのことがス――」


 その瞬間、時間が止まった。


 ま、まさか――。


「はあ、朋輩。間一髪でしたわね」


 なぜか俺の右側にアイラルンがいる。しかも裸でッ!


「あれ、朋輩? なんだか顔が赤いですわよ」


 俺はアイラルンから目をそらすために左を見る。


 ダメだ! 左にはアンさんがいるんだった!


 もうしょうがないので目を閉じた。


「の、のぼせたんだよ!」


「のぼせたのですか、それは大変ですわね」


 いきなり頬を触られた。ぎゃっ!


「な、なんだよ!」


「いえ、のぼせたとおっしゃられるので。いやはや、たしかに額が熱いですわ」


 俺はとっさにアイラルンの手を振り払う。


「お前、俺のことをからかってるだろ!」


「童貞をからかうのは楽しいですわね」


 この邪神が!


 俺のようにピュアな心をもつ男の子をもてあそびやがって! そんなことされるともう――頭の中が沸騰しちゃいそうだよ!


 いいか、童貞というのはとにかく女の子に耐性がないんだ。だから触れられると本当にもうダメ。きょどる。


 実は俺、シャネル相手にすらあんまり肉体的接触をしないように気を使っているのだ。


 ……大丈夫か、俺。


 自分で自分が心配になる。


「そ、それでアイラルン。今日はどうした」


 俺はうっすらと目をあける。


 アイラルンの豊満な胸が見えた。というかアイラルンのやつ、自分の手で胸をよせている。胸元に、お湯がたまっていた。


 たまらずまた目を閉じる。


「朋輩、見るだけならタダですわよ?」


「……見ない」


「やっぱり最初はシャネルさんがよろしくて?」


「そういうことじゃなくてさぁ……はっきり言うぞ」


「どうぞ?」


「俺さ、童貞だからお前みたいに恥じらいのない女は嫌なのっ!」


 お前ふつう裸を見られたら「キャー」とか叫ぶもんだろ! それがなんだ、まるで見せつけるようにしていきなり隣にあらわれてよ! ああ、はいはい。さすが女神様ですね、お美しいですよ!


 でもなんだろうか、ギリシャ彫刻みたいで現実感がないよ! もうちょっとくらい脂肪があったほうが意外とエロいかもよ!


「童貞は面倒くさいですわ」


「うるせえ」


 その点アンさんはどういうことだ?


 恥ずかしがってるみたいだけど、でも一緒に風呂に入ってるぞ? 謎だ……痴女か? 痴女だったら、いやそれはそれで俺としてはきついか。清楚だと思ってたあの子が裏ではビッチだったとか、最低だよな?


「それで朋輩、冗談はこれくらいにして。とうとう本格的な妨害が入ってきましたわね」


「妨害?」


 目を閉じているのもけっこう疲れるので、俺はけっきょく目をあけた。


 代わりに天井を見る。


 天井には一面に絵があった。長い髪の女性の絵だ。周りに天使のようなものが飛んでいる。もしかしてあの女性は、ディアタナとかいう女神だろうか?


「そこのおかた、アンさんとおっしゃられましたか?」


「うん」


「朋輩のこと好きですわよ」


「またまた、ご冗談を」


 アイラルンの視線を感じる。


 彼女の体を見ないように、その視線と目を合わせる。やっぱりきれいだな……こいつも。


「朋輩、これこそがディアタナの妨害なのです」


「ごめん、話が見えない」


 最近なんかみんな、俺の察しの良さ前提で話してきてないか? こっちはクイズ番組に出てるわけじゃないんだからさ、伝えることはちゃんと伝えようよ。


「わたくしが朋輩の水先案内にシャネルさんを選んだように、ディアタナが差し向けたのがそのアンさんですわ」


「アンさんが?」


 いや、そもそもディアタナって……誰だよ。


 俺、その人と面識ないんだけど。なんでその人に妨害されなくちゃいけないんだ?


「そもそもおかしいと思いませんか? いままでまったくおモテにならなかった朋輩がいきなり女の子に好かれるなんて?」


「バカにしてるよな、ねえそれバカにしてるよな?」


「事実ですわ」


 事実ですね。


「たしかに、言われてみればおかしいな」


 つまりそのディアタナとかいう女神が、アンさんの気持ち――恋心をいじくったということか?


「理解できましたか?」


「ゆるせねえ、女神だかなんだか知らないが人の感情をいじくるなんて」


「あら朋輩、それは勘違いですわ。ディアタナはあくまで朋輩に相性のいい相手をみつくろっただけですわ。わたくしがシャネルさんを朋輩に引き合わせたように」


「ほうほう……」


 つまり、なんだ? え、アンさんは俺が好き?


 やべえ、なんかよく分からないけど超嬉しい。


「なんにせよ朋輩、ここが正念場ですわ。朋輩がここで誘惑に負ければ――」


「ま、負ければ――?」


「あら、もう時間ですわ」


「お、おいちょっと!」


 なんだよ時間って!?


「一つ言えることはそうですね、朋輩はそのかたと一緒になれば幸せになって、復讐などは忘れてしまうということですわ」


 そういって、因業をつかさどる女神は消えた。


 そして時間は、とうぜんのように動き出したのだった。



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