224 風呂でアンさんとラブコメ
カポ~ンって音を考えた人すごいよな、カポ~ンって。
なんだろうな、あの擬音。誰が考えたんだろうな、きっとラブコメ作家の誰かが考えたに違いない。
だってカポ~ンってとってもラブコメ的な擬音だもの。
いや、でも本当に誰が考えたんだよ。この異世界じゃグーグル検索もできないからな、ミステリーである。
そんなバカなことを考えている俺、榎本シンクはいまお風呂に入っております。
サービスシーンです。
「ふう……生き返るぜ」
つい言ってしまうが、なんでだろうか。
むしろいままで死んでいたのだろうか、風呂にはミステリーがいっぱいだ。
浴場はそれなりに広く、10人くらいの子供ならばいっきに風呂に入ることができそうだ。ボイラーもないのにどうやって湯を沸かしているのかよく知らないが、なにやら魔石を使っているようで。入れるのは3日に1回らしい。
これを逃せばとうぶん風呂に入れないということで、こうして遅い時間の入浴をしているのだが。
うん、良いね。やっぱり風呂はいい。誰かが言ってたけど、人類の生み出した文化の極みだよ。
「体でも洗うかな」
湯船からあがり、鏡の前へ。
シャワーなんてないから体を流すのは湯船のお湯を使う。そのせいで、風呂の中のお湯はそうとう減っていた。これは一番風呂が良かったな。
石鹸で体をゴシゴシ。シャンプーとかもないので髪の毛もそれでゴシゴシ。ついでに顔と、男として大事な部分も洗う。いつか使う日まで大切にとっておくのだ。ゴシゴシ。
それにしても、と鏡に映る自分を見つめる。
なかなかどうした、けっこう格好いいぞ俺。なんで風呂場の鏡って人をこんなにイケメンに見せるんだろうね、魔法の鏡だ。
でもそれとはべつに、体つきはかなりガッチリしてきた。そりゃあそうか、異世界にきてから切った張ったでずっとやってきたんだ。筋肉だってつくし。よく見ればところどころ傷あとだってある。
はは、俺もいっぱしの冒険者だな。
体を洗いおわると、さらにスッキリした気分だ。
「いやあ、最近は水浴びばっかりだったからな」
こうして風呂に入るのは最高の気分だ。
さあまた湯船に、とお湯に入る。
なんだか浴槽が煙ってきたぞ。なんでだろうなぁ……。
なんて思っていると、お湯が暖かくなってきた。追い焚きだろうか。良い事だ。
やっぱり風呂はちょっと熱いくらいが良いよね!
なーんて思っていると、風呂場の扉が開いた。
はて、誰だろうか。チビたちは全員眠っているような時間だ。
ああ、そうか。エトワールさんだな。
俺はなんの疑問も持たずに、そう思った。
なんでそう思ったって? そりゃあ童貞だからだよ。だからね、まさかね、入ってきたのがアンさんだなんて思わなかったのだ。
俺は思わず水に潜るようにして隠れた。
えっ、なんでアンさんがっ!?
やべえ……息が続かねえぞこれ。
アンさんは鼻歌まじりに体を洗い出した。
俺は思わず顔を湯船から出して、アンさんの裸体を見ようとするが……しかし煙にはばまれてその美しい体を見ることはできなかった。
しかしそのおかげで、あちらからも俺のことは確認できないようだ。
そこはまあ、良かった。
いや、良くないからね。これどうしようもないからね、積んでるからね。
これまずいですよ、俺がいること知られたらどうなるのさ、きっと叫ばれて、人がきて、言い訳できなくて、こういうときは男の方が問答無用で悪いことになっちゃうからね。
そしてアンさんにも嫌われるのだ。
女の子に嫌われるの……やだなぁ。
「はあ……それにしてもシンクさんが……」
おや、アンさんが体を洗いながら俺の名前を言っているぞ?
はいはい、俺ここにいますよ。
このタイミングで出れば自然にいけるか? てきとうに雑談でもして、しれっと出ていけるか? いや、無理だな。
「シンクさん、この院に泊まってくんですよね……。むうっ」
アンさんはなんだか体をもじもじとさせながら、鏡を覗き込んでいる。
うーん、細部までは見られないが……やっぱりアンさんってきれいな体つきしてるよな。モデルさんみたいで、スリムなタイプのね。
「どうかな? 可愛い……かな?」
アンさんは鏡にうつる自分とにらめっこしているようだ。
「やっぱりシャネルさんみたいに美人じゃないしなぁ……私」
いえいえ、そんなことないですよ。
アンさんにはアンさんの良いところがたくさんあります。
体つきはスリムできれいだし、髪の毛だって水色で美しいし、なによりオッドアイだ!
俺ちゃんオッドアイ大好き、むしろ自分がなりたいくらい!
「あー、ダメダメ。アン、そんな弱気じゃダメだよ!」
どうやらアンさんは自分で自分に言い聞かせているようだ。
アンさんはチビたちの前じゃあ、たしかにお姉さんぶっている。けど俺の前じゃあ清楚な女の子で、1人のときはどちらかといえば乙女チックらしい。
人にはいろいろな顔があるようだ。それは万華鏡に映る色とりどりの景色のようで、コロコロと変わっていくようなものかもしれない。
アンさんは体を洗い終わったのか、湯船の方へと歩いてくる。
俺はまた、水の中にもぐって隠れた。
――そうか、お湯が暖かくなったのはアンさんが風呂に入るからか!
そんなこと気づいたところで、だからどうしたという話しである。
「ふうっ……」
アンさんはこんなに広いお風呂なのに、すみっこの方で膝を抱えて座っている。
なにやら呟いているようだが、潜水中の俺はアンさんの声を聞くことはできない。
ううっ……早く出ていってくれよアンさん。
というかなんで入ってきたのさ!
俺、この風呂に入るってさっきアンさんに言ってから来たはずだぞ。なのに、なのにどうして。
はっ、まさか男湯と女湯を間違えたという古典的なあれか?
いや、そんなわけねえだろ。だって風呂はここしかなかったんだから――。
やべえ、そろそろ息が持たないぞ!
ええい、ままよっ!
俺は思いっきり湯船から顔をだす。
「えっ?」
アンさんと目があった。
その色違いの双眸が驚きに見開かれる。
俺は無言で風呂を出ようとするが、手を掴まれた。
ええっ……なんで掴むかな。
このままなんとな~くで退出させてくれよ、アンさん。
「シ、シンクさんっ!」
「違います、シンクじゃないです」
と、適当に答える。
「違うわけないじゃないですか!」
怒られた……。
「あの、とりあえずこれは何かの間違いなんです。そう、間違い」
だっておかしいだろ、俺が風呂に入ってるときにアンさんが入ってくるなんてさ!
「シンクさん、あの、さっきの私の言葉聞いてましたか!」
えっ?
「聞いてません」
「嘘です!」
いや、本当です。
でもこれ証明できないからね、こういうのたしか悪魔の証明って言うんだ。やってないということを証明するのは難しいんだ。
「シ、シンクさん。あれは何かの間違いなんです」
「そうか、間違いなのか」
なにが?
「あ、いえ……あながち間違いというわけでもなくて……」
いやいや、この子さっきからなにを言っているの?
ははーん、さては酔っ払ってるな?
「アンさん、飲酒は程々にね。あとアルコールを摂取して風呂に入るのは健康に悪いらしいから」
「そんなものは飲んでません!」
あ、また怒られた。
ショボーン。
いや、でも叫ばれないだけマシか?
「とりあえず、シンクさんここに座ってください!」
え、座るの?
「早く!」
言われたので、俺は大人しくアンさんの隣に座る。
思わず、アンさんの胸元を見てしまう。……おもったよりも胸、あるのね。そりゃあもちろんシャネルほどじゃないけど谷間くらいは、あるのか。
え、これなに? これどうなんの?
アンさんは俺のことを睨むように見つめていると思ったら、その表情がいきなり緩んだ。
「あ、あの。シンクさん?」
「は、はい」
「私のこと、どう思います?」
え、いや……可愛いと思いますけど。
え、いやマジでこれなに!? ラブコメ展開か、これが!(違います)
わからん! どうなっちゃうの、俺ッ!




