216 カタコンベの孤児
さて、会議も終わったということでさっさと家に帰るべ。
と、立ち去ろうとしたところシノアリスちゃんに止められた。
「あらあら、お兄さん。帰っちゃうんですか?」
「帰って寝る」
早寝早起き、大事ですよ。
人間あれね、仕事をしないでニートになるとどうしても昼夜逆転の生活が普通になっちゃうもんだけど、やっぱり朝日と一緒に目を覚ますってのは大切なことだと思う。
「そう連れないこと言わないでくださいよ、ここからが面白いんじゃないですか」
「面白い……?」
「はい、私の信者たちと対面しましょうよ」
「それ、べつに貴女の信者じゃなくてアイラルンの信者じゃないの?」
「どちらも同じですよ。ねえねえ、お兄さん。お願いしますよ、私がちやほやされているところを見ていってください」
うーん。
まあ見たいっちゃ見たいかな。
なにせ俺ちゃんってば野次馬根性で生きているような男だし。いやいや、言い方が悪いよ。好奇心と言っておくれ。
ちなみに、好奇心は猫を殺すなんて言葉もあるけど。
「本当はそっちを見せに来たんですよ。ねえねえ、見ていってくださいよ」
「どうする、シャネル?」
「お好きにどうぞ」
と、言われたのではい。見ていくことにします。
いやね、本当はちょっと気になってたのよ。異教徒の集会? というかこのカタコンベに隠れ住んでるのかな、異教徒の人たち。むかし学校でならった隠れキリシタンみたいに。
なんかやべえ儀式とかやってるんじゃねえのかな。
「ねえ、生贄とかいたりするの?」
と、俺は聞いてみる。
地獄の黙示録って映画が昔あったけど、はは。あんなバイオレンスな感じの儀式やってねえかな。
「お兄さん、私たちのことなにか勘違いしていませんか?」
「え、だって異教徒なんだろ?」
それとも牛とかで生贄の代用してるのかな?
「私たちはもっと安全な異教徒ですよ。そりゃあ中には生贄だとかをアイラルン様にささげている派閥もありますが」
「あんぜん?」
珍しくシャネルが顔をしかめた。
うん、俺も同意見だぞシャネル。こいつらあきらかに安全じゃねえからな。
「なんですか、お2人とも。その目は」
「いや、お前らどう見ても安全な異教徒じゃねえだろ。だって普通に暗殺とか企んでるじゃん」
「なにをおっしゃるんですか。私たちは私たちの安全のために、邪魔な人間を排除しようとしているだけです。私たち異教徒にとってディアタナを信仰する人間たちは全て危険です。ですので、それを壊滅させるために日夜努力をしているのです」
「うん?」
なんだろう、なんだかいま、ものすごいペテンを見た気がする。
いや、言ってることは分からなくもないんだけどね。
つまりあれでしょ、正義の反対はまた別の正義ってやつ。
にしてもあれだね、本当にどうなってるんだろうこの異教徒たちというのは。こんな小さな女の子が一番偉いだなんて。
まったく、アイラルンったら労働基準法とか知ってるのかしらん。未成年は夜中に働いちゃダメなんだぞ。いや、異世界だし関係ないか。
というかアイラルンじたいこの異教徒にはあまり関係ないのか?
……そういえばアイラルンのやつ、どうやらシノアリスちゃんには会いたくないらしいが。なんでだろう、こんど聞いてみよう。
俺たちはシノアリスちゃんに連れられてカタコンベの中を移動する。
うへえ、不気味だよなこれ。だって壁に頭蓋骨だぜ? なんだか見られてるような気がしてならないんだが。
「あんまり離れないでくださいよ、老朽化していて危ない場所もありますから」
「なあ、やっぱり異教徒の人たちはここに住んでるのか?」
「そうですよ、基本的にこのカタコンベがロマリアで一番の異教徒の居住区です。もちろん上で普通に家を持ったり世帯を持ったりしている人もいますがね、うふふ」
「シノアリスは?」と、シャネルが聞く。
「私もここですよ。生まれてからずっと……」
その言葉に、なにかしらの含みが持たされているように感じた。
でもわざわざ指摘するのは失礼かと思って俺は黙っていた。
案内されたのは巨大な空間だった。奥には祭壇があった。そして周りの壁にはのぞき穴のようなものがいくつもあった。俺はこの空間を見てコロシアムを想像する。周りののぞき穴は観客席だ。
「ここは昔、お葬式をしていた場所なんです」
「なるほど、だからこその祭壇か」
そしてここで葬式をして、遺体はそこらへんの壁に埋めると。それって火葬してからだろうか、それともそのまま埋めるのだろうか?
「ここで葬式をあげて、そのあと荼毘に付すわけです」
――だびにふす?
ごめん、言葉の意味が分からないぞ。
「シャネルさん、シャネルさん」
こういうときはシャネルだより。
「なあに?」
「荼毘ってなに?」
「火葬のことよ。ドレンスだと南部の方で見られる文化ね」
ほうほう、火葬ね。たぶん明日には忘れてるけど、また一つ賢くなったわけだ。
それにしてもちゃんと火葬するのね。やっぱりケガレの文化があるのだろう。
火に浄化の作用があるというのはアニミズム(自然崇拝)の頃から言われていたことで。それをきちんとした宗教にまで昇華させたゾロアスター教なんかもある。日本でもコノハナサクヤヒメが夫のニニギに浮気を疑われて燃え盛る産屋の中で出産するという話があるけれど。
ま、どうでもいいことだ。
気がつけば、この葬式場の入口にわらわらと人が集まってきていた。この葬式場にはいくつも出入り口があり、それがまたコロシアムのように思えたのだが。
「どこからわいて出たのかしら?」
シャネルも不思議そうにしている。
「教主様ぁ!」
小さな子供が1人、シノアリスちゃんに駆け寄り、抱きついた。
「あらあら、まだ眠ってなかったのぉ? もう夜も遅いわよ」
ロリィなシノアリスちゃんだが、さらに小さな子といるとなんだか年齢不相応に大人びて見えた。
「教主様が帰ってくるかと思って!」
「そう、待っていてくれたのね」
うふふ、と笑いながらシノアリスちゃんは子供の頭を撫でている。それを見てか、子供たちがシノアリスちゃんの周りに集まってきた。
どれもこれも、どこかみすぼらしい服を着た子供たちだった。
大人たちも取り巻きのようにいるのだが、お互いに顔を見合わせるだけでこちらに近付こ等とはしない。もしかしたら俺とシャネルのことを警戒しているのかもしれない。
「子供に好かれるのね」と、シャネル。
「だって私、この子たちの親代わりですもん」
「どういうことだ?」
なぜか俺にも子供たちがむらがってくる。
おいおい、と思ったら刀を触りだす男の子たち。
「なんだこれー?」
「つよそー」
「抜いてみてー」
あれ、これどっかで見たぞ。デジャブってやつか?
「あらあら、お兄さんも子供には好かれるんですね」
「どうもな」
俺は手近にいた子供の両脇を持ち、そのまま高い高い。子供はキャッキャッと喜んだ。
「因業な人間は子供に好かれるんでしょうかね?」
「しらねえよ。おい、ガキ。お前こんな夜まで起きてたら親に怒られるぞ」
少なくとも俺の親は、俺が夜更かししてたら怒ったぞ。
「ああ、それは大丈夫ですよ。だってこの子たちは――」
そう言って、シノアリスちゃんは妖艶に微笑んだ。
「――孤児ですもの」




