214 5人の人殺し
いったいどれくらいの人の人骨がこの場所に埋め込まれているのか。壁から柱までなにからなににいたるまでが人の骨だ。
中には破損しているものもあるが、ほとんどはきれいな状態を保っている。
「このカタコンベはガングー時代の前からずっとここにあるんですよ」
シノアリスちゃんは説明しながら歩いていく。
中では道が別れており、本当に迷路のようだ。少し違うが、俺はパリィの下水道を思い出した。
「それで、この先には誰がいるんだ?」
「それはもちろん、私たちの仲間ですよ」
「仲間ねえ。べつに私は手を組む気はないわよ。シンクがそうしたいって言うからついてきただけ」
「俺だってだ」
俺の仲間――朋輩はシャネルとアイラルンだけ。シノアリスちゃんですらまだ心を許していない。
「まあまあ、そう言わずに。私たちはどう考えてもマイノリティです。強大な敵に立ち向かうには一丸となって力を合わせなければいけません」
「ま、好きにすればいいさ」
俺は別になんでも良い。このさきにどんなやつらが待っていようと。
火西を殺すのは俺なのだから。
「ここです」
と、シノアリスちゃんが案内した場所は、扉のある部屋だった。
この迷路にはいくつか部屋もあるようで、もしかしたらここで生活している人もいるかもしれない。たとえばシノアリスちゃんとか。
中に入り、俺は部屋の中を睨むように見渡す。
1、2、3、4、5。
5人の人間がいる。
「あらあら、みんなお揃いで。今日は運が良いですよ」
運が良い?
まさか、ここにいる人間は全員が運気なんて最低ランクだろうさ。俺には勘でそれが分かる。全員、いかにも不幸でございって顔をしてやがる。
「教主様、そちらの2人は?」
5人の中で一番年長そうな、もう老人とも言ってもよさそうな男が聞いてくる。
「私たちの新しい仲間ですよ、うふふ」
「そうですか……」
会話はそれで終わったようだ。
なんだ、この爺さん? 辛気くせえな。
「どうでしょう、取り敢えずお兄さんとお姉さんには自己紹介でもしてもらいますか? いちおうここでは全員、本名を明かさないことになっています」
「なんで?」
「私達は異教徒。それ以上に名前をつけられない名無しの宗教。ですからそこに所属する人たちも仮初めの名前を名乗ります」
「ふうん、そうかい。取り敢えずじゃあ俺から。小黒竜だ」
偽名なんてぱっと思いつかないからルオの国で呼ばれていたあだ名で通した。
「はい、シャオヘイロンさんと――」
お姉さんも、とシノアリスちゃんが水を向ける。
「シャネル・カブリオレよ」
おいおい、シャネルさんよ。話しきいてましたか?
「偽名って言われたろ?」
「下賤なやつらに名のる偽名なんて私にはないわ」
いや、むしろ逆じゃないか? だからこそ偽名なんじゃないのか?
まあいいや。
シノアリスちゃんも苦笑いだ。
「ということで、小黒竜さんとシャネルさんです。新しい仲間ですよぉ」
「へへ、カブリオレねえ……大きくでたもんだぜ」
奥の方で椅子の背もたれに体を預けながら、ナイフをいじっていた男が言う。
俺はその男を睨む。
人様の名前をバカにするとは、腹の立つ野郎だ。
「お、なんだその目は? やるのか?」
「やらねえよ」
こちとら平和主義者だ。
「へへ、言っておくがな俺はサーカスの団員だったんだぜ。お前も裏の業界にいるなら名前くらいは聞いたことがあるだろ。いまじゃあ解散しちまった伝説的殺人雑技集団、通称サーカスを」
「さあ、知らないな」
いや、待って。知ってるわ。
あれだ、ローマのいた殺人ギルドの名前がそんなんだった。たしか俺が下水道で団長を殺したんだよな。そうか、あの後解散したのか。
悪いことをしたな。いや、良いことしたのか? 判別がつかん。
「ふん、とんだモグリだぜ。お前ら本当に人殺しなんてできるのかよ? ああっ? いままで何人殺した、言ってみろ」
「そんなもの、数えてられるかよ」
バカバカしい。
たぶん100人はいってないだろうけど。そもそもこっちはルオの国で戦争をしてきたんだ。国家革命という名の戦争を。自分の手がどれだけ血で汚れているのかなんてもう分かりっこない。
シャネルも同じだろう。なにやら指をおって数えていたが、手をふって諦めたようだ。
「そういうハッタリを言うやつは多いんだよな」
「そういうお前はどれだけ殺したんだよ」
「聞きたいか、これでもう18人だ」
多いのか、それとシャネルと顔を見合わせる。分からないわ、とシャネルはそういう顔をした。たぶん俺たちの基準とは違うのだろう。
ほら、あれだ。ロボットアニメの主人公の撃墜数が100人単位ですごいことになってるけど、実際の戦争とかだと5機とか10機落としただけでエース扱いみたいな。
「若いの、あんまり人殺しを自慢するもんじゃない」
先程の爺さんが含蓄のあることを言う。
そうそう、人殺しなんて自慢できることじゃないさ。
「なんだとっ!」
「はいはい、そこまでですよ。べつに誰も貴方の腕を疑ってはいませんから。そしてお兄さんとお姉さんの腕も私が保証します。この2人は強いですよ」
ナイフ使いの男は俺を睨む。
おーこわい。異世界に来る前の俺だったらチビってたね。
「ちょっと、あんた良い男じゃない?」
いきなり話しかけてきた女の人。この人も殺し屋か? というか、おいおい痴女だ!
なんだこの服、服というか布きれというか! ボインちゃんがいまにもこぼれだしそうだ。
むう……でかい。シャネルといい勝負だ。
化粧が少しけばいせいで年齢不詳だが、しかし肌のはりを見るにまだ若そうだ。20代の前半とみた。まあ勘なのだが。
「シンク、鼻の下を伸ばさない」
「はい」
「あら、シンクって言うの? いい名前ね」
あ、また名前バレした。まあどっちでもいいか。
「そうだ。シンクでも小黒竜でも好きな方で呼んでくれていい」
別に俺はこの人たちと馴れ合うつもりはないがな。
「ま、そんなことで親交も深まったことで、うふふ。せっかく全員いるんです。作戦会議といきますか」
深まったのか、親交? わからん。
それにしてもシノアリスちゃんが仕切るんだな。どうみてもロリィでガーリィな少女なのだけど誰も文句を言わない。教主だからか。
部屋にはあと2人の人間がいたか、これが双子なのかどちらも同じ顔をしていた。まったくしゃべらない、マネキンのような男たちだった。不気味だ、骨と皮ばかりのガリガリ。ちゃんとメシ食ってるのかな?
まあ人のことはどうでもいいか。
俺は手近にあった椅子に座る。さて作戦会議か。人殺しの会議の始まり始まり。




