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213 自殺酒場


 夜ご飯を食べ終わり、家に帰る前に俺はシノアリスちゃんに言わなければならないことがあった。


「なあ、シノアリスちゃん。お願いがあるんだ」


「3人でのプレイでしたら私はオッケーですよ。ただシャネルさんがなんて言うか……」


「はい?」


「え? ですから3人でやりたいんでしょう? 3Pってやつですね、うふふ」


 なんだよ3Pって、チーズかよ。普通だったら6Pだろ。


 というか俺は童貞なのでよく分かりませ~ん。初めては好きな人とって決めてるんで~す。そういうノーマルじゃないプレイは興味ありませ~ん。


 いや、そうじゃなくて……。


「あの、なんか勘違いしてないか?」


「えっ……ああ、もしかして私と2人きりが良いんですか? うふふ、シャネルさんじゃなくて私を選んでくれたんですね。分かりました、初めてなので上手くできるか分かりませんが精一杯ご奉仕しますので」


「あ、いや。だからさ――」


 顔が赤くなるのを感じる。


 なにを言っているんだ、この子は。


「ちょっと、シノアリス」


 とうとうシャネルが会話に参加してきた。


「はい」


「シンクはウブなのよ、あんまりからかわないであげて」


「んだんだ、おらはウブなんだ」


 つうかシャネルさんにもね、うん、バレてるよね。童貞だって。


「それで、お兄さん。なにが言いたいんですか」


「いや、だからさお前たちってコンクラーベを阻止というか、潰そうとしてるんだろ?」


「そうですね」


「その教皇候補の人たちを殺して」


「もう、こんな場所でお兄さんったら、そんな話ししてエッチなんですから」


「えー」


 エッチっておいおい。


 この子なに言ってんだ、驚いちゃうぜ。


 つうかぜんぜん話しが進まねえんだけど、いったん話の腰を折るの辞めてくれないかな。


「ちょっとシノアリス、いったんちゃかすの辞めなさいな。シンクはウブなんだから」


 ……シャネルさん、それ気に入ったんですか?


 俺はごほん、と威厳を感じさせるように咳払いをする。


「あのさ、それって教皇本人を殺す予定とかってあるのか?」


「本人を、ですか?」


「そうだ」


 俺が恐れているのはそれだ。もしも俺よりも先にシノアリスちゃんの仲間たちが火西を殺してしまったら俺の復讐は果たせなくなる。


 俺はあくまで火西をこの手で殺したいのだ。


 ただ死ぬだけを待つのならば寿命でもなんでもいい。でもそれだはダメなのだ。この刀をやつの胸に突きつける、俺はそれがしたい。


「もちろん現教皇を殺す予定もありますよ」


「ふうん」


「あ、もしかして興味がありますか? シンクさんなら私たちの仲間にいつでもウエルカムですよ」


 俺は獰猛に笑う。


「そのまさかだ」


「えっ」


 今度はシノアリスちゃんが驚く番だった。


「シンクはあいつに復讐したいのよね」


「そうだ、俺の復讐相手だ」


「……な、なんだか困っちゃいますね。こっちからぐいぐいアプローチするのは良いんですけど。逆に来られたら……はい」


 シノアリスちゃん、案外せめられるのが苦手なのか?


「ウブなねんねだから」と、シャネル。


 やっぱりその文言が気に入ったようだ。


「分かりました、お兄さんとお姉さんをご招待しますよ。いまからでも良いですか?」


「俺は構わない」なにがあるか分からないが、武器もちゃんと持っている。「シャネルは?」


「シンクがそれで良いなら私もいいわよ」


「そうですか、では行きましょうか」


 石畳をシノアリスちゃんの先導で歩く。


 はてさて、いったいどこに連れて行かれるのか。俺は懐のモーゼルを確認する。弾はちゃんと入っている、なにがあっても大丈夫。


 なんでもいいけどさ。


 俺がシンクでしょ?


 で、シャネル。


 あとシノアリス。


 全部「シ」から名前が始まってるね。俺たち相性が良いね!


 たぶんこれ言ってもつまらないって言われるだろうか黙ってよう。


 シノアリスちゃんはどんどん人通りの少ない道へと入っていく。ときどき後ろを確認する。


「つけられてはないぞ」


 いちおう俺も警戒する。


「そのようですね」


「いつもこんなにオドオドしてるの?」


「べつにオドオドはしてないですよ」


「ま、なんでもいいけど」


 俺たちがついたのは奥まった袋小路のような場所にある酒場だった。いかにもアングラ系の酒場で、


「これ営業許可とかとってるの?」


 そもそもこの異世界にそんなものがあるのか知らないが。


「この中です」


 シノアリスちゃんが中に入る。酒場にしてはジメッとした雰囲気だ。酷いもので陽気な酔っぱらいというものが独り身いない酒場だ。


 ときおりだが飲酒とは緩慢な自殺であると言われることがある。この酒場にいる人間たちはまさしくそれだ。死ぬために酒を飲んでいるように思える。


 ただ断崖に向かって一歩一步進んでいく。そしていつか真っ逆さまに落ちる日を楽しみにしている。


「うふふ、取り敢えず奥の席へ」


「さっき夜ご飯食べたばっかりよ」


「それにこんな自殺酒場でアルコールなんて飲みたくねえな」


 ああ、そうかと俺は気づく。


 ここは因業な人間――不幸な人間が集まっているんだ。だからみんなして辛気臭い顔をしている。


 そして俺はその人たちに嫌悪感を抱いている。しかしそれは同族嫌悪である。


 俺だって、同じような顔をして復讐をしているのだ。


「なんにせよどうぞ」


 俺たちは奥のテーブルでワインを注文する。


 すぐに出てくるワイン。なんだか腐ったような味がする。店が悪ければ出てくるアルコールも悪いというわけだ。


 ちびちびと飲んでいると、シノアリスちゃんがグラスを落とした。


 パリン、という音がしてガラスが割れた。


「あらら」と、シャネル。「わざとでしょ?」


 え、わざとなのか? ただ手を滑らせただけかと思ったが。


「――お客さん」


 ごつい店員がやってくる。


「なんだよ」


 俺は警戒して刀に手をかける。


「ちょっと奥へ」


 おいおい、たかがグラス一つ割っただけでえらい対応だな。暴れるか? とシャネルに視線を送る。しかしシャネルはどうどうと俺をいさめた。


「はいはい、いま行きますよ。お兄さんもお姉さんもさあほら」


 シノアリスちゃんも素直に従うようだ。


 俺はそれで察した。ああ、もしかしてこれ合言葉みたいなやつか? ほら、よくあるじゃない。秘密の場所へ入るための手順。


 そうと分かれば俺も奥へとついていく。


 奥には階段があった。


「どうぞ」と、店員だった男がシノアリスちゃんに言う。「教主様」


「教主様?」


 って誰のこと? シノアリスちゃんのことだよな。


 どういう意味だろうか。


「くるしゅうないわ」


 いかにも偉そうにシノアリスちゃんが頷く。


 階段へ俺たちが足を踏み入れた瞬間に、壁にかかっていたロウソクの火がともる。


「わっ、びっくりした」


 いきなりなんだもんな、もう……。


 いや、それよりも。


「ふんふんふーん」


 鼻歌交じりに前を行くシノアリスちゃん。


「なあシャネル、さっきシノアリスちゃん教主って言われたよな」


「言われてたわね」


「どういう意味だ?」


「あら、知らないの? 教主って宗教の代表者よ」


「いや、それは知ってるけどさ」


 そういう意味じゃなくてだね。どうしてシノアリスちゃんがそんな呼ばれかたをされているのかという意味だ。


 というか考える必要なんてないか。言葉のまま、そのままの意味。


「シノアリスちゃん、けっこう偉かったんだな」


「あら? 言ってませんでした?」


「ま、アイラルンの宗教で偉くてもな……異教徒でしょ、しょせん?」


「お兄さん。異教とはいえそれを信じている人もいるんですから。そういう言い方はどうかと思いますよ」


「そうよ、シンク。感心しないわ」


「す、すまん」


 たしかにそうか。


 ごめーん、アイラルン。俺は心の中で女神様に謝っておく。


 ――良いのですよ、朋輩。


 あ、返事があった。暇なのね、あの女。


 ――失礼な!


 あの、心の中よむのやめてもらえますか? そういうの思考盗聴って言うんですよ。


 こんなんじゃおいそれとエッチなことも考えられないぜ。いや、逆にアイラルンの裸でも妄想してやるか? そしたら恥ずかしがって思考を読むのもやめてもらえるかも。


 むむむ……。


 妄想中。


 シンク妄想中。


 ――はぁ、これだから童貞は。朋輩、わたくしの体はもっと美しいですわよ。


 ダメでした。


 想像力ないのね、俺。もうどうでもいいや。


 アイラルンとの話しを打ち切り、俺は階段を降りることに専念する。あんまりぼうっと降りてると落ちそうだしな。


 落ちれば……死ぬのかな。ずいぶんと長い階段だった。


 そして下までついて、また驚く。


「なんだ……これ?」


 地下には迷路のような長い道。そしてその壁にはびっしりと詰め込まれた人骨。


 不気味な光景だ。


「ここはカタコンベ。異教徒たちの墓です」


 俺は壁に埋め込まれた頭蓋骨と目を合わす。ぞっとした。



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