208 オッドアイ
それにしても、どうしてアンさんはあの冒険者たちにあんなふうに絡まれていたんだろうか?
石畳の道を歩きながら考える。
「どうしました?」
あんまりにも俺が深刻な顔をしていたのでアンさんは気になったのだろう。
「いや、あのね……うん」
聞いて良いのかも分からないけど、やっぱり気になった。
「あのさ、どうしてアンさんあんなふうに絡まれてたんだ。最初の日もそうだけどさ」
「……すいません、あんまり言いたくないことなんです」
目をふせて悲しそうにするアンさん。
うん、やっぱり聞かないほうが良かったか。
「ごめん」
「謝らなくても良いんです。でも、知らない方が良いと思います。シンクさんも知れば私のことを嫌いになると思いますし」
「嫌いになんてならないと思うけど」
そもそも俺は可愛い女の子のことを嫌いになんてならないと思うけど。たぶんだけど。
でもあんまり無理やり聞かせようとするのも、やっぱりおかしな話で。
「言いたくないんなら――」
そのとき、道を馬車が通った。
「――おっと、危ないよ」
アンさんの立ち位置が悪かった。馬車に轢かれそうになったので、とっさに抱き寄せるようにしてアンさんを引き寄せた。
アンさん、軽いな。それに体もふわふわしていて気持ちいい。
「す、すいません」
「いいって。ごめんね、萎れが車道側を歩くよ」
おや?
アンさん、いつもは目にかかっている前髪がいまのでずれてるな。両目を見るのは初めてだな。鬼太郎みたいな髪型じゃないアンさんも素敵で――。
な、なんだと……。
いつも見えていた髪色と同じ、水色の目。
そしてもう1つ俺を見つめる、金色の目。
2つの色の違う目が、俺を見つめていた。
「あっ!」
アンさんは叫ぶような声をあげて顔をそむけた。
「アンさん――」
「見ないでっ!」
「いや、ごめん。もう1回見せてくれ」
俺は思わずアンさんの肩を抱き寄せ、こちらを向けさせる。
アンさんの目に涙が溜まっているのがわかるような至近距離。
すごいキレイな目だ。いわゆるところのオッドアイ。
初めて見た。……さすが異世界。さすいせ。
「やめてください、みないでください、こんな気持ち悪い目……」
「いや、きれいだ」
「えっ?」
「すごいよ、オッドアイだなんて! すっごい素敵だ! 初めて見た、もっとよく見せてくれ!」
やべえよ、オッドアイって本当にいるんだな。
すげえ、マジですげえ。
もう語彙力が壊滅した。
すげえすげえすげえ。エルフとおんなじで憧れてたけど見たことのないものの1つだったからな!
「あの……あの……恥ずかしいですから」
「ごめん、でももう少し!」
すげえ、本当に両目で色が違う。
涼しげな水色の目とゴージャスな金色の目。なんて美しいんだ。
「これ、生まれつき?」
まさかカラコンとかじゃないだろうな。
「う、生まれつきです……あの、そのせいで親に捨てられて……」
「なんでだよ、こんなに素敵なオッドアイなのに!」
「だってこんな目、悪魔みたいじゃないですか」
「知らんよ、ぜんぜんそんなこと思わないって!」
「も、もう簡便してください!」
アンさんは俺から逃げるように離れて、道端にうずくまってしまった。
「ご、ごめん」
やばい、調子に乗りすぎた。
アンさんはちょんちょんと髪を直して振り向く。
「もう目のことは言わないでください」
「うん」
「この目のせいでひどい目にあってきたんです……」
「うん」
たぶんあの冒険者たちもアンさんの目を見てなんくせをつけていたんだろうな。おおかた、最初はナンパのつもりで話しかける。でも目を見てあーだこーだと文句を言い始めた、と。
それでわざわざ追いかけ回すってのはどうかと思うけどさ。
たぶんこれを隠すためにいつもローブをかぶっていたんだろうな。それか髪で目を隠すか。
「次、行こうか」
俺は気を取り直すようにしてアンさんに手を差し出す。
アンさんはその手をとってくれた。
「あの、シンクさん。聞くんですけど、本当に変じゃないですか?」
「俺から見ればね。ぜんぜん変じゃないけどさ」
「……ありがとうございます」
わからないなあ。
なにがそんなにみんなを駆り立てるのか。オッドアイってこんなに素晴らしいじゃないか。
「でも目を隠すのって大変じゃない?」
片目を隠してたら距離感がつかめないと思うのだが。
「もう慣れました」
「あっ」
ふと、通りに帽子屋さんを発見する。
「ねえねえ、アンさん。もしそんなに目を隠したいなら帽子でも買ってあげようか?」
「えっ?」
「プレゼントだと思ってさ。どう、受け取ってくれない?」
「そんな、悪いですよ」
「良いって、俺が買いたいんだから」
なにせお金もたくさんあるしね。
帽子店に入り、ほこりを被った帽子の中から良さそうなものを選ぶ。
「これは?」
「いいですけど、あんまり目が隠れません」
「じゃあこっちだ」
選ばれたのはつばひろの黒い帽子。水色のアンさんの髪に合わせてもよく似合う色だった。
「本当に買っていただいても良いんですか?」
「うん。見たいものも見せてもらったしね」
「それってロマリアの街?」
「いや、キミの瞳」
言ってから、なんて歯が浮くセリフだろうと赤面する。
けど、アンさんもちょっと顔を赤くしていた。勘違いするなよ、榎本シンク。お前はモテない男なんだ。アンさんが自分のことを好きなんて……そんなことないよな?
外に出るとアンさんはさっそく帽子をかぶった。
目を隠すように目深だ。
「似合いますか?」
「うん、よく似合ってる」
こういう帽子、なんて言うのかな。よく分からないけど海外の女優さんとかがつけていそうなつばの広い帽子だ。
アンさんは元が良いからな、どんな格好でもちゃんと似合うのだ。せっかくだしお洋服も質素なものじゃなくて、もう少し派手目なものにすればいいのに。
……可愛いな。
俺は変にアンさんを意識してしまい、なにも言えない。アンさんもどうやら言葉が見つからないようだ。
微妙な空気が流れた。
俺たちはどちらも無言で、話のきっかけを失ってしまった。
アンさんはときおり顔をあげては、なにかを言おうとして照れるように微笑んだ。
「あの――」
「あの――」
言葉が重なる。
「す、すいません。シンクさんからどうぞ」
「あ、いや。アンさんから」
「そ、それじゃあ。あの次はどこに行きますか?」
「そうだね」俺としてもこのデート、もう少し続けたい。「まだ行きたい所ある?」
「本当はあと1つ」
「じゃあそこに行こう」
アンさんは帽子のつばをおさえてコクリと頷く。俺は思わず見惚れる。
なんて、なんて可愛らしいんだ。
しかもオッドアイ。
最高じゃないか!
そんなアンさんが行きところだ、ついていこうじゃないか。
なんて思っていると、
――殺気!
これはまずい、なんだこの殺気。
しかもこれは俺に対する殺気ではない。『女神の寵愛~シックスセンス~』が告げる虫の知らせだ。そしてその対象は隣にいるアンさんだった。
俺はアンさんを守るように抱きつく。
爆発。
しかし魔法のエフェクトが輝き衝撃が消えた。ナイスだ、俺のスキル。『5銭の力』はやっぱり便利だなあ。
いや、それよりもこの爆発ッ!
「シャネルっ!」
「あら、ごめんなさいシンク。あたっちゃったわ。でも怪我はないんでしょ?」
立っていたのはシャネル。
隣にはシノアリスちゃんもいて、怪しい笑顔で剣を構えていた。
「お兄さん、浮気ですよ」
俺は怯えた目でシャネルを見る。シャネルは慈悲深い聖母のような瞳で俺を見ていた。
「大丈夫よ、怒ってないから。でもその女は殺すから――」
やべえ、修羅場だ!
どーすんだ、俺!?




