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207 ロマリアの休日


 それからカフェに行った。なかなか人気のカフェのようで、昼前なのに人はたくさんいた。


 俺たちはテラス席ではなく、店内の席に座る。なんだか外で日光を浴びたいって気分でもなかったからな。


「それにしてもさっきの魔法、すごかったね」


 俺はとりあえずアンさんを褒める。


「あれくらい聖職者なら当然ですよ」


「そうなの?」


 水魔法ってあんまり信用してないんだけど。というのも、俺が知っている水魔法の使い手はシャネルくらいだからだ。あいつの治癒、ぜんぜん治んないんだもん。


 でもそこへいくとアンさんはさすが。斬れた腕だって治してみせた。


「あの腕は正直ダメかと思いましたけど、切り口が奇麗だったのでなんとかなりました。さすがですね、シンクさん」


「人の腕を斬って、褒められるのもなあ……」


 そもそもやっているときはなにも考えていなかったのだ。


 アンさんがいなければあの男は出血多量で死んでいたいかもしれない。


「でもシンクさんは、私のために戦ってくれたんですよね?」


 アンさんは上目遣いで俺を見る。


 むう、ドキドキする。


「違うって。自分のため。腹がたったからだって言っただろ」


「ふう、そういうことにしておきます。けれど、ありがとうございます」


 ペコリ、と頭を下げるアンさん。水色の髪が机にたれる。きれいだな……。


 ウエイターさんが注文を取りに来た。俺は昼間からワインを、アンさんはコーヒーを頼んだ。


 コーヒー、俺はあんまり得意じゃない。


 あと、ここらへんで最近名物になっているというジュラートを2つ。


「ジュラートとアイスってなにが違うんだ……」


 ついでにホットケーキとパンケーキ。


「さあ、知りませんけど。でもジュラートをパンに挟んで食べる地域もあるんですよ」


「ほえー」


 パンってすごいよな、なんでも挟める。焼きそば、ホットドッグ、バナナ。


 注文したものはすぐに出てきた。


 紫色のジュラートだ……なんか色がどくどくしくないか?


 食べてみると、ブドウっぽい味がした。あ、美味しいぞ。でも味てきにこれ、ワインとかぶったな……。


「どうですか?」


「うん、美味しいよ」


「でしょう! へスタリアに来たらジュラートを食べなくちゃダメなんですよ!」


「ほうほう、今度シャネルにも教えておこう」


「むうっ……」


 なぜかアンさんがちょっとだけ不機嫌そうな顔をした。


「どうしたの?」


「あの、シンクさんとシャネルさんってどんな関係なんですか? 実際のところ」


「別にたいした関係じゃないよ」


 ただの共犯者だ。


「でもずっと一緒に旅をしてるんですよね」


「そうなるね」


「それなのに夫婦でもないんですか?」


「まあね」


「ふうん、不思議ですね」


「別に不思議でもなんでもないだろ」


 一緒に旅している=付き合ってるってそれ童貞の考えでは?


 あ、そういう意味ではアンさんは処女か。だってシスターさんだもんな処女しかなれないよな!?


 知らないけど。


 さて、ジュラートを食べ終わり、ワインも飲み終えて。お金を払う段階で問題が。


 ――やべえ、もしかしてお金ないんじゃないか?


 なんて思っていると、巾着袋が出てきた。


 これは、そうか! この前シャネルがくれたお金だ。服に入ったままだったのか。


「ここ俺が払うよ」


 と、格好つけて言ってみる。


「本当ですか?」


「嘘ついてどうするのさ」


 ウエイターさんを呼ぶ。


「なんでしょうか?」


「お会計を」


 ちなみにここらへんではレジではなく、テーブルでそのまま会計をするのが一般的だ。金額を告げられて、俺はしょうじきコインの価値がよくわからないので一番大きなコインを取り出す。金色でピカピカしてるし、まあ価値があるだろう。


「あの、お客様。こちら……」


「あ、たりませんか? もう1枚ありますけど」


「あの、いえ足りないわけではないですが。……もうしわけありません、その金額が多すぎて」


「え?」


 ああ、そういうことか!


 お釣りがないんだ。コンビニとかで一万円出したら嫌がられるような感じだな。


「え、じゃあこっちも?」


「あの、はい。すいません」


 ……おいおい。


 俺は巾着袋の中をテーブルに開けた。


 ピカピカのコインばっかりだ。


「シンクさん、お金もちだったんですね」


「これ、一番価値低いのどれ?」


「これですけど。でもこれだって一ヶ月は遊んで暮らせるような金額ですよ」


「これで支払いできますか?」


「これでしたらなんとか、はい」


 良かった。


 俺は広げたコインを巾着に戻す。


 しばらくしてウエイターさんが帰ってきた。大量のお釣りをもって。


「どうぞ」


 ……うん、ぜんぜん良くなかったわ。


 どうすんだ、この小銭。


 まったくよ、マジでついてないぜ。


「ど、どうします? いっそのこと教会に募金でもしますか? あはは」


「そうだな」


 というわけで――はいどうぞ、とアンさんに渡す。


「え?」


「募金だよ、募金。アンさん集めてただろこの前。この小銭で孤児院の子供たちになんか買ってやると良いよ」


「え、だってそのう……冗談ですよね?」


「本気だよ。こんなにお金もっててもしかたないし」


「でも、その、あの。私もこんなにもらっても持てません」


「言われてみればそうか。さて、どうするか……」


 なんて思っていると、ウエイターさんが気を利かせて袋を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」と、アンさんがペコリと頭をさげる。


「どうも」と、俺。


 そこにコインを詰め込んで。うーん、重い。


 というかシャネルのやつ、どうしてこんな大金を俺にもたせたんだよ、まったく。


 あれ、というかあいつのいつも買う服って……どんなコイン使ってた? あいつもしかしてめちゃくちゃ服に金かけてんじゃ……。やめよう、考えないことにしよう。


「とりあえずこれ、俺が持つから。あとで募金するよ」


「本気なんですか?」


「もちろん」


 もしかしたら情けを受けるみたいで嫌がられるかと思ったが、そこはチップ文化。アンさんはありがとうございます、と微笑んだ。


 俺は重たい袋を一息に持ち上げる。


「さ、次にいこうか」


「はい」


 アンさんはさっきからずっと笑顔だ。


 女の子なんてね、甘い物さえ与えておけば笑顔なんだよ(偏見)。


 アンさんが次に行きたと言ったのは小さな教会だった。


 小さくてもしっかりキレイにたもたれていて。しかも浮かれた人がたくさんいる、どうやらここも観光地らしい。


「なんでもいいけどシスターさんが休日に観光地の協会に来るって……」


「やっぱり変ですかね?」


「ま、良いんじゃない」


 中に入る。すると壁に大きな彫刻の顔があった。


 あ、これ知ってる!


「真実の口です」


「そうそう!」


 昔の映画で見たことがあるぞ。たしか男優の人と女優の人がここにいたんだよな。


「シンクさん、この口はなんとですね。嘘つきが手を入れると噛まれちゃうんですよ」


「え、怖いねそれ!」


 俺はノリノリで手を差し出す。


「や、やるんですか? 大丈夫ですか?」


「どうだろうか」


 大丈夫、と分かっていながらも怖がる素振りを見せる。


 そうそう、映画でもこんなふうに演技してたんだよ。


 それで、食べられたふりをして手を隠して女優さんを驚かす。驚いた女優さんは叫び、男優さんは安心させるように手を見せる。すると女優さんは混乱して、でも安心して、男優に抱きつく。


 よし、この作戦でいこう。


「勇気があるんですね」


「アンさんはやらない?」


「いえ、私は……嘘はついたことないんですけど。でもやっぱり怖くて」


 あはは、世間知らずな美人さんは可愛いな。


 俺は真実の口に手を突っ込む。


 あはは。


 あっ!?


「ぎゃっ、痛い! 痛いぞ、これ!」


 なんだ、おいこれ噛まれてるんじゃないのか?


 痛い痛い、これマジで噛まれてるやつじゃん!


「だ、だから言ったじゃないですか! ああ、どうしようどうしよう!」


「くっ、この! たかが石ころ1つっ!」


 俺は全力で腕を引き抜く。


 石の彫刻は口から血を流して、しかしよく見れば笑っているようにも見えた。


「はあ……はあ……えらい目にあった」


「だ、大丈夫ですか?」


「たぶん」


 ほうっておけば治ると思うけど。でも痛いことには変わりない。


「みせてください」


 アンさんは俺の手に治癒魔法をかけてくれる。本当にすごいな、すぐに治った。


「ありがとう」


「やっぱりダメでしたね、噛まれちゃいましたね」


「まさか本当に噛むとは……」


「だからそう言ったじゃないですか。そういうマジックアイテムなんですよ」


 このクソ異世界!


 いてて……。


「気を取り直して、次行きましょうよ、次」


「そうだな……」


 中の教会をぱっと見て回る。たいして面白くなかったです。はい、終了。


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