206 コロッセオでの戦い
「おい、アマ。お前この前の――」
アンさんは俺の後ろにかくれる。
3人組の冒険者は俺に向かってすごんでくる。
「なんだテメエ?」
「え?」
いやいや、なんだって。
俺だよ、俺。
この前もいたじゃないか。
「邪魔だ、関係ないやつはすっこんでな!」
「関係ないって……」
俺は察する。
もしかしてこいつら、俺のこと忘れてるのかよ! アンさんのことは覚えてるのに、それを助けた俺のことは忘れたってどういうことだ!
いや、そりゃあそうか。アンさんは水色の髪で珍しいからな。それに比べて俺はあんまり目立つわけじゃないし……。
って、納得できるか! 腹立つぞ! 俺だってたまには怒るんだからな!
「おら、さっさとどけ!」
「……どかねえな」
俺は刀に手をかける。
「ああっ?」
すごんでくる冒険者。だからどうした?
「そもそもお前ら、なんでアンさんを追い回してたんだ? たしかにアンさんは可愛いけどよ、追い回しちゃストーカーってもんだぜ」
「か、可愛い……はうっ」
アンさんが顔を真っ赤にしているが、どうした? そうか、この受け付け空調とかないから暑いんだな。
「そいつはなあ、俺たちをコケにしたんだ!」
「はあ?」
コケにした? アンさんくらい優しい人――たぶん優しよな?――が、他人にそんなことをするはずないだろ。
「そんな女はここにいちゃいけねえ!」
イラッとした。
なんだよ、ここにいちゃいけねえって。
帰れってそういうことかよ。
ああ、はいはい。言われたことありますよ、昔。クラスメイトからさ、帰えれ帰れって大合唱されたことあるよ。イジメってのは全部辛いけど、その中でも自分の存在を否定されるってのはかなり上位に来る辛さだ。
なんだよこいつら、つまりアンさんに同じようなことをやるってわけか?
「おい、ここは冒険者ギルドだろ。別に誰がいても良いはずだ」
「そんなやつはこのロマリアの街にいちゃいけない!」
「そうだ、そんなやつは出ていくべきだ!」
「この街にはいらない!」
3人の冒険者は代わる代わるアンさんを罵倒する。
アンさんが悲しそうな目をしている。
もう我慢できない、俺は刀を抜いた。
「よってたかって、事情は知らねが女の子をいたぶるかッ!」
腹が立つぜ、まったくよ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」と、受け付けのお嬢さんが叫ぶ。「ケンカなら闘技場でやってください!」
あ、別に止められるわけじゃないのね。
「そうだそうだ! 闘技場へいけー!」
他の冒険者たちもヤジを飛ばす。
楽しんでいるのが丸見えだ。
「良いよ」と、俺は呟いた。
やれやれ、と俺は抜き身の刀を持って闘技場へ移動することにする。
どうやったら闘技場の方へ行けるのかよく分からないが、そこは他の人たちが案内してくれる。
アンさんも一緒だ。
「す、すいません……私のせいで」
「別に良いさ。俺が個人的に腹をたててるだけだから」
イジメってのは大嫌いだ。
闘技場へ。
周りにいた冒険者たちは観客席の方から声援を飛ばしている。あんまり数は多くない。だから観客席はガラガラ。昔はここいっぱいに人がつまったのだろうか。何千人、いや下手したら何万人も入るかもな。
でも見る人が少なくて良かった。
俺、こういうの緊張しちゃうからね。
「おいおい、お前よく見たらこの前のやつじゃねえか!」
相手はやっと俺のことを思い出したようだ。
「だからどうした?」
3人の冒険者はニヤニヤと笑いながら剣を抜いた。
「おい、知ってるかよ。この闘技場での戦いは伝統的に罪に問われないだぜ」
「へえ」
「それによ、ここに立ったら相手がどんなことしても文句は言えねえんだ!」
3人組の、おそらくリーダー格である男はペラペラとよく喋る。
「それで?」
俺は刀を無造作にぶら下げている。
「お前ら、やっちまうぞ! 3人がかりでも文句は言わねえよな!」
俺はなにも言わない。
文句? あるわけないじゃないか。
「おいおい、こいつブルって黙っちまったぜ」
俺はアンさんに下がっていろ、と手でしめした。
怖がったいるのだろう、アンさんは不安そうに俺を見つめる。それに対して俺は――
「大丈夫」
優しく微笑んだ。
3人のうち、一人がナイフを投げつけてきた。俺は懐からモーゼルを抜き放ち、それを撃ち落とす。
「えっ?」と、ナイフを投げた男が驚く。「いま、なにを?」
男が向かってくる。
切り上げて迎撃、距離を相手が距離をとったところにモーゼルの弾を打ち込む。胸を貫いた弾、男は口から血を流して倒れた。
「な、なんだそれ!」
「ああ? ただの自動小銃だろ」
「銃!? そんな精度の銃があってたまるか!」
そうか、この国じゃこんな精巧な自動小銃はまだないのか。つくづく、ルオの国というのは科学に関しては発展していたのだな。
いや、たしかそれはドレンスから入った文化だとか言ってたか? カメラで写真をとったとき、そんな話を聞いた。
ま、いまはどうでもいいさ。
敵はあと2人。
俺はモーゼルをいったんしまい、両手で刀を構える。
電光石火の動きで相手の懐に入り込み――
「なっ、早い!」
そんなことを言っているうちに当身をくらわせ、ついでとばかりに腕を切り落とす。
残りは1人――。
そいつは果敢にも俺に向かってくる。
振り下ろされる剣。それにあわせて俺は刀を振る。
一刀両断、相手の剣ごと体を切り裂いた。
あがる悲鳴に顔をしかめてしまう。
――なんだよ、でかいこと言ってたわりに弱いな。
刀についた血を振り払い、納刀。
観客席では歓声があがっていた。俺はその歓声にちょっとだけ手を振って答えた。
「シンクさん!」
アンさんが駆け寄ってくる。
「うん」
「大丈夫ですか!? け、怪我は!」
「まったくない」
楽勝だった。
アンさんは少しだけ怯えたような顔をして、しかし冒険者たちに近づく。なにかあってはまずいということで俺も同行する。
なにをするかと思えばアンさん、杖を取り出して治療を始めた。
「優しい水の恵みよ、この者たちを癒やしたまえ――」
お優しいことで。
冒険者たちの傷はみるみる治っていく。
「すごいね」
「ちょ、ちょっと喋りかけないでください。いま集中してるんで」
あら、ごめんなさいと口をつぐむ。
他の治療を終えて、斬れた腕の治療にとりかかる。いままでのものよりかなり大掛かりな魔法だ。アンさんの顔も必然、深刻なものになる。
腕を斬られた男は泣きながら痛い、痛いと叫ぶ。
だが、その鳴き声がとまった。腕はつながった。少ししてアンさんは疲れたようなため息を付いた。
「終わった?」
「終わりました」
治してもらった冒険者たちは気まずそうな顔をしている。
「お前ら、礼はないのかよ?」
俺が言うと、しぶしぶ「ありがとう」の言葉を送った。
アンさんは恥ずかしそうにうつむいた。
「出ようか、闘技場」
「はい」
まったく、朝からケチがついちまったぜ。
闘技場をでると冒険者たちに出迎えられた。「お前つええな!」とかなんとか。べつに褒められても嬉しくないんだからねっ! うそ、ちょっと嬉しいけど。
でも俺今日はデートなんだからさ。こんなことしてる場合じゃないのよね。
コロッセオも出る。
「なんか甘いものでも食べようか」と、俺はアンさんに提案した。
「はい」
アンさんの顔には笑顔がない。そりゃあそうか、いきなり絡まれて流血沙汰をみせられて、それでニコニコしてるのなんてシャネルみたいな精神異常者だけさ。
それにしてもアンさん、どうしてあんなふうに絡まれてたんだろ? 不思議だった。
まあ、なんにせよ。俺はこれからアンさんの機嫌を直さなければな。せっかくのデートなのだから。




