205 アンさんとデート
2人で街にくりだす。
なんだかデートみたいだなんて思ってしまう童貞の俺。でもアンさんも同じようなことを思っているのか、ちらちらと時折こちらを見ながら歩いている。ま、たぶん錯覚だろうけど。
「あの、シンクさん」
「は、はい」
うう、こんな美人さんと一緒に歩くというのはなかなか緊張するものだ。
それにこういうふうに顔を見られると、火が出そうなくらいに恥ずかしい。
「とりあえず私、行きたいところがあるんです」
「うん、俺はこのロマリアのことぜんぜん知らないから。そこらへんは全部任せるよ」
「はい。えへへ、いつもはこういうふうに1人で出歩くなんてないんですよ」
「そうなの? じゃあ俺と一緒じゃないほうが良かったんじゃないか?」
「そんなことないです!」
アンさんは片目をキラキラとさせて俺を見つめてくる。
「う、うん」
「あの、私が行きたいところ! まず1つ目なんですが冒険者ギルドなんです!」
「ああ、あそこ」
ローマといえばまず真っ先に思いつくのはコロッセオかもしれないけど、この異世界のロマリアではコロッセオは冒険者ギルドになっている。
俺も一度だけ行ったことがあるが……。
「あんなところに行きたいのか?」
「はい。あの、この前に行った時は1人でしたから。その、ちょっとだけ怖くて」
そういやアンさんが先日の船上パーティーでの護衛の依頼をギルドに出しただったか。
「でもなにが怖いの?」
「あの、その。冒険者の人たちって少しだけ乱暴そうじゃないですか? あ、もちろんシンクさんは違いますよ。貴方は優しい人です」
「優しいねえ……」
異世界にきてから時々言われるけど、俺ってそんなに優しい人間だろうか? ま、褒められて悪い気はしないけど。
「シンクさんと一緒ならギルドに行くのも安心です。じつはですね、少しだけその目的で孤児院に残ってたんですよ、私」
「なんだ、俺をだしに使うつもりだったのかよ」
「そんなつもりではないんです。ただ、その……シンクさんと一緒にコロッセオに行けたら良いなって」
ううっ、なんだこれ? 可愛いぞ。
別に俺とデートしたかったなんて、そういう意味じゃないだろうけどさ。勘違いしちゃうよ、この言い方じゃ。
石畳の道を歩く。
今日はなかなかいい天気だ。たぶんアンさんの日頃の行いが良いからなんだろうな。
さて、なにかしら会話をしなければな。
でも俺ちゃん、女の子と話すことなんてないからな。
シャネルと一緒にいるときはのべつ幕なしであっちが喋ってくれるし(シャネルはけっこうおしゃべりだ)、なんなら会話がなくても間が持つ。
でもアンさんとは別。
うーん、会話の内容がないよう。くだんねえな、俺。
「それにしてもエトワール様にも困ったものです」
ラッキーなことにあちらから会話の種をまいてきた。
そうそう、会話がないときは共通の友人をだすのが良いんだよな。
「あの人、毎日演説やってんの?」
「そうなんですよ、ほぼ毎日」
「護衛くらいつければいいのに」
「本当ですよね。いったいどういうつもりなんでしょう……」
「エトワールさんは教皇になるための選挙。コンクラーベだったか? あれに出るんだろ」
「はい、そうです」
「どうなの、勝てそうなの?」
「さあ? 正直どのかたに票が集まるかは私達一般の信者には分かりません。エトワール様もそのことについてはあまり語ってはくれませんし」
そうだよな。
そもそも演説だって信者からの人気取りのようなもので、しかしその人気は直接票数には関係ないはずだ。だからこそ、みんな自分の身にテロの危険が迫れば街頭演説をやめたのだろう。
「なれると良いな、エトワールさん」
「ええ。私もそう思います」
にしてもいまの教皇様ってのはどんな人なんだろうな。あんまり興味ないけれど、一つの宗教で一番えらい人だ。さぞ徳の高い人間なんだろうな。
俺と違って死んだ後は絶対に天国にいくような。
もっとも、天国や地獄なんてものが本当にあるのかは知らないが。
異世界があるのだ、あってもおかしくないか。
「エトワール様、シンクさんのことを褒めてらっしゃいましたよ」
「俺を?」
「はい、今朝ですけど。孤児院に子供たちを迎えに来たとき。しきりにシンクさんを良い男だって言っておられました」
「うーん」
その褒め方、なんかおかしくない? なんというか、ちょっとホモっぽいぞ。
「2度もエトワール様のお命を助けたんですから、シンクさんはやっぱりすごい人ですよね」
「別に1回目は冒険者としてだし、2回目は偶然通りかかっただけだよ」
「ご謙遜ですか?」
「そんなつもりもないけれど」
そんな会話を続けて、なんとか間をもたせてコロッセオまできた。
いやはや、いつ見てもでかい建物ですな。
「ここがロマリアでも指折りの観光地であるコロッセオです。昔はここで剣闘士の人なんかが残酷なショーをしていたんですよ」
「うん、知ってる」
「あ、そうなんですか」
「でもいまではやってないんだよね」
「そうですね。もうずいぶんと昔の話ですよ、そんなことをしていたのは」
それで、いまでは冒険者ギルドけん、観光地と。
俺たちはアーチ状の入り口から中に入る。ここに来たのは2度目だ。この前の依頼を受けたときと、その報酬を受け取ったとき。
アンさんはキョロキョロと中を見ている。
「そんなに珍しい?」
「この前来た時は緊張してほとんど中を見ていなかったので」
「とりあえず依頼の受け付けはあっち。闘技場を見たいなら階段を登れば観客席に行けるよ」
「あ、見てみたいです!」
「うんうん」
俺もこの前、初めて来たときは興奮したな。
え、いま? べつに微妙。
知ってますか、有名観光地って楽しいのは意外と1回目だけなんです。2度目に行っても最初ほど感動しないものなんです。
階段を登りかつては観客席だった場所へ。
今日は誰も闘技場で戦っていないようだ。
「へえ、ここが……」
「そういえばアンさんってロマリア出身なの?」
「はい、そうですよ」
ふむ、エトワールさんがドレンス出身らしいからアンさんも外国の人かと思っけど、そうではないようだ。
地元の観光名所でも意外と行かないものなのか?
「シンクさんはどこの出身なんですか?」
「え、俺? 俺はジャポネってところ。極東にある島国さ」
「ああ、黄金の国ですね!」
「うん」知らないよ。
「ロマリアにはいつまで滞在されるんですか?」
「あんまり決めてないけど、とりあえずコンクラーベが終わるまでの予定」
「そうなんですか」
円形の観客席をぐるぐると周る。でも2周もしたところで飽きてしまう。
なのでとりあえずギルドの受け付けを覗いてみることに。
さてさて、なにか依頼でもあるかなと壁に貼ってある依頼書を見る――ふりをする。
「どうですか、なにか面白そうな依頼でもありますか?」
「あ、いや。あはは。実は俺、文字読めないんだ」
ちょっと恥ずかしい。
「そうなんですか? なら読んであげましょうか?」
ずいっ、とアンさんは俺に近づいて壁の張り紙を音読する。
なんだか歌うような口調に、思わずうっとりしてしまう。
それに甘い匂いもただよってきて……くそ、良いなあぁ! いかん、静まれ俺の童貞!
あんまり意識するとキョドってまともに会話もできなくなるぞ!
平常心、平常心。こういうときはアイラルンのバカな顔でも思い出せば良いんだ。
いや、あいつも美人系だったわ。やべえ、手詰まりだ!
「この依頼なんてどうですか? シャネルさんと一緒に受ければ良いんでは?」
「あ、ああ」
変にぶっきらぼうになる。
「あっ、こっちの依頼も」
「良いね――」
くそ、ダメだ。このままじゃあ――。
「おい、あいつら見ろよ!」
おや、背後から声がしたぞ。
なんだか怒気をはらんだような声。
俺は振り返る。
そこにいたのは、あらあら。
男が3人。そう、アンさんと最初に会ったときにアンさんに絡んでいた男たちだった。




