187 プロローグ
本日より更新再開します
前までのように毎日更新でやっていければな、と思っております
よろしくお願いします。
運ばれてきた料理を見てシャネルは顔をしかめた。
「なあに、これ」
え、と俺は首をかしげる。
「エスカルゴだよ、知らないの?」
「エスカルゴ……食べられるの?」
「もちろん」
特徴的な、円形のくぼみが蜂の巣のようにあいたうつわ。見た目としてはたこ焼き器のくぼみに近いかもしれない。そのくぼみ一つ一つに美味しいカタツムリちゃんが入っている。
フォークでエスカルゴをさし、口に運ぶ。
味はかなり大雑把。
白ワインで流し込む。
「おいしい?」
まるでゲテモノでも見るようにシャネルはエスカルゴを見つめる。いや、事実ゲテモノか。
「美味しいぞ」
「信じられないわ。ワインだって水みたいに薄いし」
といいながらも、本当に水を飲むよりはマシだと思っているのかシャネルも俺と同じ白ワインを飲んでいた。
次に来たのは生ハム。これはシャネルも気に入ったようだ。顔に笑顔が戻る。
しかしエスカルゴはまったく食べようとしない。
「全部食べて良いのか?」
「どうぞ」
「食わず嫌いだな」
「それを食べるならこの前の生魚の方がマシよ」
と言ってもシャネルはその生魚も食べなかったが。ぎゃあぎゃあと騒いだ結果、火属性魔法をぶっ放してあやうくレストランを全焼させるところだった。本人いわく――
『ちょっとアブルだけのつもりだったのよ』
とのことだ。
まったく加減の聞かない魔法ほどやっかいなことはない。
俺たちはいま美しい海の見えるレストランにいた。この国に入って一月ほど。あちこちを2人で観光したが、シャネルはそろそろ飽きてきたようだ。
へスタリア、というのがこの国の名。
ルオの国から馬車に揺られて何週間たち、あと少しでドレンスにつくというところでシャネルが突然行き先を変更したのだ。
ドレンスから見て南側、地中海に飛び出した長靴のようなカタチをした土地。それを聞くだけで俺はこの国が元いた世界――あちらの世界でいうところのイタリアであることを理解した。
「まったく、『ナルポリを見てから死ね』なんて言葉があるくらいだからさぞすごい場所かと思ったけれど、全然たいしたことなかったわね」
白ワインを飲みながらシャネルはがっかり観光地に文句を言う。
「たしかにな」
観光地として有名なのは古城くらい。よく分からない卵城みたいな名前がついていたけれどだからどうした。古い城なんて見ても楽しくないよ。
「ま、グラン将軍の統治したナルポリ王国の地が見られただけ良しとするわ」
俺は白ワインをちびちびやりながら、どうせまたなんとかっていう王様のはなしなんだろうなと思う。なんだったか、ガングー? たしかそんな名前。
「で、次はどこに行くのさ。もうドレンスに帰る?」
「そうね、それも良いけれどまだこの国の首都に行っていないわ」
「そうなのか?」
「ええ、ロマリアよ」
ほう、と俺は頷く。
なんだか休日を過ごすには良さそうな地名。
「どうせここからならドレンスへの帰り道にあるわ」
「良いね」
せっかくだし行くか。
それにしても、こんなに休んでいて俺は大丈夫なのだろうか。
つい何ヶ月前までは切った張った、命が資本の馬賊家業にせいをだしていたのに。ここ最近は馬にも乗っていない。なんだか足のあたりに余分な脂肪がついている気がする。なげかわしいことだ。
俺の復讐相手はあと2人。その2人はいったいどこにいるのか……。
いまのところ手がかりはまったくない。
「しつれい、これ下げてくださる?」
シャネルが店員さんに向かってエスカルゴの入っていた皿を指差す。
「かしこまりました、お口に合いましたでしょうか?」
なんでもいいけどこの国のレストランは客にすぐ味の感想を聞く。
そういう文化といわれればそれまでなのだが、毎回聞かれるとなると食べている間に感想を考えてしまい味に集中できないこともある。
さて、感想を聞かれたときだが俺は人に嫌われたくないのでとにかく耳障りの良い褒め言葉を送る。
「おいしかったです」と、俺。
「最低ね」と、シャネル。
おいおい、こいつに人の心はないのか。
というか一口も食べてないだろ、お前。
「そうですか、エスカルゴはダメですか。ドレンスの名産ということで最近ではここらへんでも食べられているんですが。やっぱり味付けが濃すぎますかね」
シャネルの髪がふわりと揺れた。
「ドレンスの、名産?」
「はい。ドレンスの郷土料理らしいですよ」
へー、そうなのか。
というかこの様子ならシャネルも知らなかったのか。
いや、俺も知らなかった。だってエスカルゴって某全国チェーンレストラン、サ○ゼリヤにもあるじゃないか。だからてっきりイタリアンだと思ってたぜ。
「ドレンスの?」
「はい、ドレンスの」
「もう一皿もらえるかしら? なかなか気に入った味だったかもしれないわ」
……なんだこいつ?
愛国心もここまで行くとちょっとおかしいね。
「かしこまりました」
店員さんが行くと、シャネルはやけになるように白ワインを飲んだ。
「おほほ」
笑ってごまかしている。
「いや、人間誰にだってミスはあるさ」
あれ、なんで俺なぐさめてるんだ?
「そうね」
「俺も小さい頃ラーメンは日本の食べ物だと思ってたし」
「ラーメン?」
なにそれ、と首を傾げられる。
あ、そういえばルオの国で本場のラーメンを食べ忘れてた、ちくしょう!
「ま、こっちのはなしだよ」
というわけでエスカルゴがまた来た。ついでにピザも。
「これこれ」
やっぱりね、本場の味ってのは食べておかなくちゃ。
ルオではラーメンを逃したからな。へスタリアではきちんとピザを食べないと。
「パンの上に……チーズ?」
「そうそう」
「それ、別個で食べちゃダメなの?」
「これが美味いんだよ」
まったくシャネルは分かってないなあ。
きちんと切り分けられたピザを口に運ぶ。
うーん、本場のピザはあまりチーズが伸びないのか、覚えておこう。いや、それともこの店のだけか? そういうのなんて言うんだったか、木を見て森を見ず? なんか違う気がするな。
「あら、このパン美味しいわね」
「ピザって言うんだ」
いや、ピッツァか?
なんかこう、お洒落な発音があるだろきっと。
なんて思って食べていると周りからクスクスと笑い声が。
「あ、なんだ?」
こういう嘲笑みたいなのには敏感だぞ、俺。
シャネルも気分をがいしたのかゆっくりと杖を抜く。
と、さすがにそれは止めなければ。
「おいシャネル、落ち着け」
「別に落ち着いてるわ」
本当だろうか。いまにも詠唱をはじめそうだが。
俺はなぜ自分たちが笑われているのか理解しようと耳を済ませる。すると、近くにいるカップルの会話が聞こえてきた。
「ねえ、見てよあそこの夫婦。2人でピッツァをわけて食べてるわよ」
「きっと外国の人なんだよ。旦那さんのほうは黒髪だし」
「面白いわねね」
おいおい、シャネルと夫婦だと思われてるよ。
マジかよ……せめてカップルくらいにしてくれよ。
しかもまずいことにこの会話、シャネルにも少し聞こえたようで……。
「うふふ、夫婦ですって」
さっきまで怒っていたのに、いまでは満面の笑みだ。
「ふざけるなよ、お前と夫婦だなんて」
「あ、そうだわ。ここらへん有名な教会がたくさんあるし、いっそのこと結婚式でもあげちゃいましょうか」
やべえこと言い出したぞ。
ここはあれだ、聞こえないふり。無視を決め込む。
ああ……海奇麗だな。オーシャンビューのレストランってお洒落だな。潮風が気持ちいいな。
「いっそのことヴァティカンに行きましょうよ! 教皇様にあげてもらいましょう!」
ああ、シャネルがどんどん頭がおかしくなっていく……。うん、もともとか?
まったく、こんな女とずっと一緒にいる俺はけっこう物好きだな。
その逆もまたしかり。
シャネルも物好き。似た者同士ってことだ。
ああ、海きれい。いかんいかん、しれっと現実逃避してたぜ。




