186 クリムゾンレッド
ドモンくんの家についた。
するとドモンくんは工房の前で座り込んでいた。疲れているのかと思ったら、その表情はどちらかといえば清々しいものだった。
「おう、榎本。おはよう」
ドモンくんは片手をあげて挨拶してくれる。
「お、おはよう」
せっかくもらった刀を壊してしまった俺は曖昧に笑って挨拶する。
……ドモンくん怒ると怖いからな。
なんでも噂じゃあ不良3人相手を1人でボコったとか。
あ、いや、今の俺だったらそれくらいできると思うけどさ。
「ドモンっ!」
アイナさんはドモンくんに会って安心したのだろうか、いきなり駆け寄ってドモンくんに抱きついた。
まるで子供のようにわんわんと泣いている。
「お、おい! どうしたアイナ!」
「あの、あの人が――」
アイナさんは俺を指差す。
「おい榎本、てめえアイナを泣かせたのか!」
いきなりドモンくんの表情が怒髪天を衝くかのように険しくなる。
「あわわ! い、いや、俺はなにも!」
「本当か、アイナ!」
アイナさんはこくこくと頷く。
ドモンくんの顔が柔和なものになる。
「大丈夫よ、シンクは女の人に手を出せるほどの度胸はないわ」
シャネルが地味に酷いことを言う。
いや、そうだけどね。
そうなんだけどね……。
え、シャネルもそれ気づいていたの!?
くそ……童貞だからなそういう大胆なことはできません!
「でもその男、すっごい強かったアル。私のこと助けてくれたアル!」
「助けた……? なにかあったのか、榎本」
「村を馬賊が襲ったんだ」
「なんだと! アイナ、大丈夫だったのか!」
「怪我はないよな?」
これで怪我でもさせていたら大騒動だが……でもきちんと守ったつもりだ。
「ないアルヨ。でも……私の拳法ぜんぜんダメだったアル」
仕方ないさ、とドモンくんは笑った。
「良いじゃないか、まだ修行が足りなかったってことだろ」
「そうアルカ?」
「ああ、そうさ」
おや、ドモンくんはアイナさんに武道家ごっこを辞めさせたかったんじゃないのか?
それとも気が変わったのだろうか。
なんかいい感じの雰囲気。
もし切り出すならここだろう。
「あの……それでドモンくん。せっかくもらった刀なんだけど」
「おう、どうだった。使いやすかったか?」
「使い心地は良かったんだけど、あの……ごめん!」俺は頭を下げる。「銃弾を斬ったらかけたんだ!」
「銃弾を斬った? それって飛んでくるか?」
「まあ、いちおう……」
お前そんなことできんのか、とドモンくんは呆れたように笑った。
「すげえな、冒険者ってやつは。俺たちとはレベルがちげえ」
「この人、あの小黒竜ヨ!」
アイナさんが嬉しそうに報告する。
「榎本が? 講談とかで聞いたぞ、張天白の右腕っていう?」
「まあ」
「そうか、お前がか」
「あの、それでこの刀なんだけど」
「ああ、それか良いよべつに」
俺はほっとする怒られるかと思ったのだ。
しかも、ドモンくんは驚くべき言葉を続けた。
「代わりの刀をやる。いまさっきできたばっかりのもんだ」
「え、それって――」
ドモンくんは工房の中へと入っていく。
「良かったわね、刀をもらえるの?」
シャネルが俺に言う。
「らしいな」
すぐにドモンくんは出てきた。その手には一振りの日本刀が持たれていた。
しかしその刀身が特徴的だ。
ほのかに赤く、鈍く光り輝いている。
「隕鉄から作ったらよくわからんがこうなった。格好いいだろ?」
「赤いね、通常の3倍ってところ?」
「1・3倍って説もあるがな」
シャネルもアイナさんもポカンとしている。俺たちの会話の意味が分からないのだろう。
いや、むしろドモンくんが理解したのも驚きだけど。
「これ、本当にもらっていいの?」
「もちろんだ、アイナを助けてくれたお礼だ。それに、どうせ誰にも使えないと思ってた刀だ、小黒竜に使ってもらえるなら俺としても本望だよ」
「……でも、また壊すかもしれないし」
「そしたら新しいのうってやるよ。それに、俺の作った刀だ。そう簡単に壊れるかよ」
おいおい、また言ってること違うぞ。
刀は繊細なんじゃなかったのか?
でもまあ、それだけ自信があるってことなんだろう。
『朋輩――朋輩、あれを撃ってみてはいかがですか?』
いきなりアイラルンの声が脳内に直接響いてくる。
最近ではけっこう珍しいことだ。
これはようするに俺に対するヒントのようなものだと思っているのだが。あれってつまり『グローリィ・スラッシュ』のことか?
でもあれは剣に魔力をためる段階で剣が粉々になるからな……。
『お試しですよ、朋輩。きっと大丈夫ですよ』
そうまで言うならば。
よし、と俺は刀を受け取る。鞘までサービスしてくれる。
「ちゃんと研いでおいたからな」
「ありがとう、ちょっと試しても良い?」
「おう、藁束あったかな」
「いや、素振りで良いんだ」
俺は居合の構えをとる。
そして、刀に魔力をためる。
好。いいぞ、これ。俺の入れる魔力をスポンジのように吸い込んでいる。これならきっと素晴らしい抜刀ができるはずだ。
「なかなか堂に入ってるじゃないか」
「これが小黒竜の構えアルカ」
「ちょっとお二人さん、危ないから距離をとったほうが良いわよ」
シャネルの忠告を聞いて2人が俺から距離をとる。
行くぞ!
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』」
抜き放たれた刀は神速すらを越えて光り輝く一太刀となった。
なにもない空間を切り裂く――。
いや、空間のすべてを切り裂いた言うべきか。
刀が通り去った場所はその瞬間に真空となる。そして空気が戻っていく瞬間にカマイタチのような突風が発生した。
周囲のものが引きずり込まれる。
俺も体勢を崩す。
なんとか踏ん張って耐えた。
あたりはしんと静まり返っている。
「すごいものね」
最初に声をだしたのはシャネルだ。
「なんだ、いまの……」
「アイヤー!」
もう声すらでないという感じだろうか。
ま、俺もちょっと驚いてるけどね。なんだいまの? 自分でもなにを斬ったのかよく分からない。
しいて言うならやはり『空間』だろうか。
空気ではない、空間をそのまま切り裂いたのだ。
これが真の『グローリィ・スラッシュ』か。
「ドモンくん、この刀、最高だ!」
俺は刀をしまい、ドモンくんに最大限の賛辞の言葉を贈る。
「そうか」
「愛刀にするよ、この流星刀」
「銘は決まってるんだ。『流星刀クリムゾンレッド』。どうだ?」
シャネルが顔をしかめた。どうやら彼女のセンスとは違ったらしい。
けれど俺にはどストライクだ。
「最高だよ! いい名前だ」
でもクリムゾンレッドって何色だ?
「お前のためにつけた名前だ」
「えっ?」
どういう意味だろうか。
「なあ、真紅」
シンク、とドモンくんは俺の名前を呼んだ。
なんだか照れくさい、ずっと榎本と名字で呼ばれていたから。
でもそれで俺は察した。
そうか、クリムゾンレッドってのは赤色のこと――真紅だ。
まさに俺のためにつくってくれた刀だ。
「ありがとう」
と、俺は言った。
ドモンくんは俺の肩をぽんっっと叩いた。
「良いってことよ」
俺はふと、気になったことを聞いてみることにした。
「あのさ、ドモンくん。変なこと聞いても良い?」
そう俺が口を開いた瞬間、シャネルがアイナさんをつれて少し離れた位置へと移動した。
シャネルの目は「どうぞ、あなたたちでお話してください」と言っているようだった。
「なんだ?」
「あのさ、ドモンくんはこの異世界に来たこと、後悔してない?」
後悔、というのが正しい日本語かは分からない。
でも俺はそんな聞き方しかできなかった。
「そんなことか」
「そんなことって……」
「後悔しても始まらねえだろ。それにな、榎本はどうか知らねえが俺は生まれかたあっちの世界にいた時間よりもこっちの世界にいた時間のほうが長いんだ」
「うん」
「もう慣れたさ」
良かった。
これでもし、この世界来たことが嫌だったなら俺はドモンくんに何も声をかけてやれなかった。俺は、この世界で復讐をするという目的がある。けれどドモンくんにはなにもなかったのだ。
そんな彼だから、もしかしたらあちらの世界に未練があるのでは、と思ったのだ。
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「この異世界は」
俺はちょっとシャネルの方を見る。
大変なことは多いかもしれない。でも、上々だと思った。少なくともあちらに居たときよりは。
「悪くないよ」
と答える。
「そうか。俺もだよ。この世界にはアイナもいるしな」
「ねえ、やっぱり2人って付き合ってるの?」
俺は聞く。
ドモンくんは笑った。
そして、「まだだよ」と答えた。
まだ、か。良い言い方に思えた。
「お前は?」
「俺もまだ」
「お互い頑張ろうな」
「本当にね」
俺はもらった刀をかかげて、じゃあねと手を振った。
ドモンくんも手を挙げる。
俺とシャネルはあるき出し、下山する。
ドモンくんとアイナさんはそんな俺たちを2人で並んで見送ってくれた。歳こそ離れているものの、良い関係の2人に思えた。
今度あった時、馴れ初めでも聞いてみようと思った。
そう、今度だ。
またいつか会いたいな。俺はそう思ったのだった。
これで短編【刀鍛冶】おしまいです
ここで読んでくださったかた、ありがとうございました。
次回更新6月上旬予定です




