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170 人のと魔の戦い


 空から顔をだす龍は、かつて見たときと同じように俺たちをにらむでもなくただそこに茫洋と漂っている。


 ここが戦場であるというのに、まったくこちらを気にしていないようだ。歯牙にもかけない。


 こちらの銃弾は龍に届いているのか、どうなのか。


「兄弟、お前の技だけが頼りだ。俺たちは全員でそのための隙きをつくる。良いな」


「あんまり期待するなよ――と言いたいところだが、そんなことは言ってられんよな。任せておけ」


「よし。行くぞ、ダーシャン!」


「はい、攬把!」


 二人はちっぽけなモーゼルでどうするつもりか。


 しかしそれでも果敢に立ち向かっている。


 ――隙をつくる。


 その言葉を信じて、俺は剣を構えた。


 狙うならば、顔面か。生物の急所、あの龍に脳のようなものがあるかは分からないが、しかし硬い鱗に覆われる体よりも、龍の頭を『グローリィ・スラッシュ』で潰したほうが良いだろう。


 ライフルの弾がバラバラと空にばらまかせる。


 それを煩わしく感じたのか、龍を急速に大地に降り立ち、人々を蹂躙していく。ぶちぶちと音がしたような錯覚。ただ龍が大地でのたうっただけで何百人もの人が潰れた。


 黄色い中原の地が、真っ赤に染まっていく。


 俺はいますぐにでも駆け出したい衝動にかられる。


 しかしいまはまだ狙いが定められていない。闇雲に必殺技をうって、あたったとしても有効打になりませんでしたではお話にならない。


 だがしかし、こちらの攻撃は龍に通用しているのだろうか。


 わからない、わからないからこそ仲間たちを信じるしかない。それがもどかしい。


「たのむぜ……ティンバイ」


 突然、龍の体が弾き飛ばされるように揺れた。といってもそれは長い胴体の一部がたわんだようなものだが。しかしその胴体の部分に虹色の銃弾が撃ち込まれている。


 ティンバイの魔弾だ。


 魔力のこもった弾を撃ち込まれた部分は鱗が禿げ上がり、むき出しの肉体が見えている。そこに馬賊たちはこぞって銃弾や弓矢を食らわせる。


 龍から血が流れた。


 そうか、龍の血も赤いのか。


 龍はもう一度空に飛び上がる。


 その瞬間、俺はまずいような気分がした


 いまか――? もし『グローリィ・スラッシュ』を撃つならばここか?


 なにかが起こる前にこちらからアクションを起こすのは正解な気がする。しかし角度が悪い、龍はその頭を俺の方へと向けていない。


 俺は馬に乗り、回り込むようにして馬を走らせる。その間も剣は腰だめにかまえている。必然、両手離しで馬を操ることになるが振り落とされうようなヘマはしない。


 上空に飛び上がった龍は、首を曲げたなにやらタメのような動作をつくる。


 ――まずい。


 俺は確実にそう思った。


 龍の口から炎が放たれる。


 その炎は大地を焼き、そこに立つ人は逃げる間もない。


 不思議な炎だった――そのまま燃え盛るように思われた炎はなぜかそのまま消えていく。まるで命だけを焼き払ったかのように。


 ティンバイは大丈夫なのか。それすらも分からない。


 だが、それでも俺は馬を走らせる。


 たのむぞ、もう一度あれがくるまえになんとか『グローリィ・スラッシュ』をあてなければ。


 ――ティンバイ。


 と、おどろおどろしい声がした。


 その声が龍のものだと気づいたとき、俺は悲しさのようなものを感じて馬の足を止めそうになった。


 龍が、泣いているのだ。


 ティンバイのことを思っているのだろうか。


 ティンバイのことを探しているのだろうか。


 ティンバイのことをいまだ好きなのだろうか。


 リンシャンさんは、龍の姿となっても……。


「リンシャンっ!」


 その声に呼応するように、中原にティンバイのどら声が響いた。


 どうしてこの戦場で人一人の声がそこまで響くのか分からない。まるでティンバイの声は魔力でも帯びているかのように響く。


 生きていたのだ、ティンバイは。


 戦場の中心に仁王立ちして、モーゼルをかかげている。


「リンシャン、こっちにこい! 殺してやる、この俺様がお前を楽にしてやるっ!」


 なんと悲しみに満ちた言葉だろうか。


 愛する人を殺してやると言わなければいけないティンバイは、いまこの瞬間、この世でもっとも不幸な男かもしれない。


 しかし龍はまたタメの動作をとる。


 体はリンシャンさんの意思とはまったく無関係に動いているのだろう。


 炎が吹き出される。


 それは間違いなくティンバイを狙っている。


 まずい――俺はもう待っていられない、と横から剣を振り抜く。


「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」


 俺の放ったビーム状の魔力の塊は炎を横合いから防ぐようにかき消す。


 なんとかなったが、しかし虎の子の一撃を使ってしまった。


 龍がこちらを見た。


「おい、駄馬、逃げるぞ!」


 言われなくても、というように馬はすでに走り出している。


 龍がタメの動作をする。


 おいおい、いったいぜんたい何発撃てるんだよこれ。


 魔力がつきたりしないのか? それとも本当に無尽蔵にあの炎を打てるのか?


 俺が思うにあの炎はただの火ではない、魔力の塊のようなものだ。


「――くそ、こっちは撃ててあと一回だぞ!」


 それすらも先程の一発より威力は劣るだろう。


「シンクっ!」


 シャネルが俺のもとへ馬にも乗らず駆け寄ってくる。


「おいおい、シャネル! 危ねえぞ!」


「別にあんなのが来てたらどこにいても危ないわよ!」


 たしかにその通りだ。


 シャネルは走る馬にタイミングを合わせるようにして飛び乗る。


 なんでもいいけどすげえ運動神経だよな。


「シンク、あの龍。あれ確実に魔族よ。でもあれ、人間が一人で作られたものじゃないわ。魔力の流れがぐちゃぐちゃ。たぶんあれ、百人単位で人間をミキシングしてるのよ」


「なんだそりゃあ、この前の巨人みたいなもんか?」


「近いわ。でももっと酷いと思う。死体をそのままあわせたわけじゃなくて、ぐちゃぐちゃにして形成して、それで無理くり龍の形をとったのでしょ!」


「魔人というより魔獣かよ」


「上手いこと言うわね。――くるわ」


 炎が放たれる。


 それに対してシャネルが杖を振り上げる。


「陽炎のような美しさで、我らを守りたまえ――『ファイアー・シールド』」


 シャネルの作り出したシールドは龍の放った炎をふせぐ。しかし勢いは抑えられない、俺たちは馬ごと押し出されるように弾き飛ばされる。


 ひょい、と俺たちは吹き飛ばされ、落馬してしまう。


 しかし炎からは逃れられた。


「まったく、なんて質量よ」


 シャネルが立ち上がり、服についた砂を払う。


「おい、駄馬。大丈夫かよ!」


「ひひーん」


 馬は気丈に立ち上がってみせる。きっとシャネルがいるからだ。女の子に格好いいところを見せようと意地を張っているのだ。


 でも嫌いじゃないぜ、そういうの。


「とはいえ逃げることはできないようね」


 迎え撃つつもりだろう、シャネルは杖を正中にしっかりと構える。


「やれるか?」


「とうぜん、私を誰だと思って? シャネル・カブリオレよ」


 自信があることはけっこうだが、さてさて。


 しかし俺だってシャネルを信じるしかない。


 俺も剣を構える。


「一発くらい平気で防いでみせるわ」


「おうよ」


 そこで隙ができた瞬間、俺が『グローリィ・スラッシュ』をぶっ放すという作戦だ。


 ま、こんなものは作戦ともいえない。ただのゴリ押し。


 だとしても――シャネルとならなんとかなるだろうさ。


「ふふ、シンク。素敵な共同作業ね」


「うへっ、いきなり変なこと言うなよ」


「愛してるわ」


 はあ?


 と、俺は首をかしげる。こんな状況でなに言ってるんだよ。


 シャネルの場合どんな状況でも言うか。


「俺もだよ」


 と適当に答えておく。


 もちろん適当だぞ。


 適当な男なのだ、俺は。


「久遠の過去より悠久の未来――」


その詠唱は、いつもは聞かないものだった。


おそらくシャネルの最大魔法。


シャネルが服のどこかに入れたブースター、魔道具が轟音をたてる。


「燃え続けるは陽炎の愛。我が炎、地獄の業火すらも焼き払う――『ヘル・フレイム』」


 杖から吹き出した炎はどす黒い色をして龍のだした炎をむしろこちらから飲み込む。


 これがただ一人の人間がだした炎だというのか。


 魔人が体をぐちゃぐちゃにいじった人間だとしても、シャネルの清らかな体はそんなものをものともせずに跳ね返すことができる。


 一瞬の拮抗。


 とうぜんのようにシャネルの炎が龍の炎を押しかえす。


 ――いまだっ!


 俺は剣を振り抜く。


「『グローリィ・スラッシュ』!」


 俺はその炎の中心を穿うがつようにしてビームを放つ。


 シャネルの炎は俺のビームをまるで避けるようにして広がってみせる。


 そして俺の放った一撃は龍の頭を貫いた。


 時が止まったような感覚。


 龍がゆっくりと地面に落ちていく。


 龍の顔、その右半分が溶けたようになくなっている。


「やったぞ!」


 俺は思わず叫ぶように言ってしまう。


 それがまずかった。


 フラグだった。


 龍は最後の力を振り絞るようにしていまいちど飛翔すると、西の空へと消えていった。そちらは首都のある方向だ。


 追撃などできない。


 結果的に逃げられたような形になったのだ。


 しかしまあ、これ以上は俺たちも戦えなかった。


「まったく、龍だなんて信じられないわ。あれが幻創種じゃなくて魔族だっていうんだから」


 シャネルはいつもよりさらに青白い顔をしている。


 ちょっと元気がないくらいのほうがしとやかで美しいかもしれない。


 ティンバイがこちらによってくる。


「兄弟!」


「おう、ティンバイ。すまん、のがした」


「いや、よくやった。お前ら二人がいなけりゃどうやっても撃退なんてできなかっただろうさ」


「あら、よく分かってるじゃない」


「しかしまあ、これで終わりは終わりだ。いくぞ兄弟、次は王都だ――犠牲は多かったが、ここまで来たら、ハオ。勝つぜ、俺たちは」


 ああ、と俺は頷いた。



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