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160 馬賊の金策


「にしてもさみぃな。奉天の方だとここまで寒くなることも少なかったんだがな」


 ティンバイは饅頭を頬張りながら笑う。


「お前のいた場所はどうだったんだよ。北大荒ペータホアンだったか?」


「あそこはすげえぞ。夏は熱くて冬は寒いってなもんだ。温度差は50度にもなるんだぞ。雪もわんさか降る。あんな場所で最初に作物を育てようとしたやつは、まあ間違いなくバカだな。大馬鹿だよ」


 それに比べれば奉天の寒さなどマシだと言いたいわけだろう。


 たしかにこれくらいの寒さなら厚着でもすればどうにでもなるからな。


 俺たち4人はティンバイの持ってきた饅頭を食べる。そこらで買ってきたのだろう、まだ暖かかった。


 というか量がすごいぞ。数えたけど20個あった。一人5つの計算だ。俺やティンバイはまだしも、シャネルとスーアちゃんはそんなに食べられないだろう。


「美味しいですね」と、スーアちゃん。


「おう、食え食え。なんか売ってるおっさんが俺様の大ファンらしくてな。5つ買うって言ったらこんなによこしやがった」


 約得というやつだろうか?


 それくらティンバイは奉天で人気ということだ。


「で、あなたどうしてここにいるの?」


「相変わらず厳しいこというぜ。ただ遊びに来たんだよ、わりいか? 本当は兄弟のところに来たんだがな、いなかったからフォン先生シェンシォンの様子でも見に行こうかと思ってな」


「それで、ちょうど俺がいたと」


「そういうこった。俺様は運が良いな」


「ただ遊びに来たって、あなたもけっこう暇なのね」


「まあな。いや、実をいうと八門先生に追い出されたってのもあるがな。なんか掃除をおっぱじめるらしくてよ、手伝わないなら出てけときたもんだ。まったく、あの屋敷を誰の屋敷だと思ってんだろうな、あの女は」


 前々から思うのだが、ティンバイとフウさんはけっこう相性が良い。


 なんだかんだで仲良くやっているようだ。


 それにしても掃除か。あんなに広い屋敷なら掃除も大変そうだな。


「まったくよ。『私はアイラルンとは違いますからね、整理整頓されていないことなんて許せないです』なんて言いながらよ、朝からドタンバタンやってるんだぜ」


 ププ、アイラルンとは違うから、だって。


 これあれだな。それくらいアイラルンが嫌わものの代名詞ってことだな。


 きっとあれだよ、食べてすぐに寝たらアイラルンになるとか言われてるんだぜ。


 まったく、あの女神はダメだなあ。


 俺たちはなんとか饅頭を全てたいらげる。お腹がいっぱいだ。


「さて、とりあえず腹は膨れたところで、本題だ」


「え、本題とかあったの?」


 ただ単純に遊びに来ただけかと思ってたけど。


「そりゃああるさ。というかいま考えた。あのな、ちょっくら問題があるんだ」


「問題ねえ……」


 問題ってどんなもんだい?


 うん、寒いね。言葉に出さなくてよかった。


「ま、簡単な問題だ。金がねえ」


「はいっ!?」


 なんだよ、金がないって。


 いやいや、なに言ってるのこの人?


「お金がないなら仕事でもすればいいじゃない」


 シャネルさん、正論です。


「そういう意味じゃねえよ」


「もしかして、軍費がないって話ですか……」


「さすがフォン先生シェンシャオだ。よく分かったな」


「この前、数えてみましたから。あきらかに軍隊としての収入と出費が釣り合っていませんでした。たぶん、いきなり人数が増えたからだと思います」


「そのとおり。これまでは楽に養えていた手下どもだが、この前の独立宣言でわらわらと増えやがった。外様の手下どもにまで金を配るつもりはねえが、こっちにもメンツがある。それにな、今度の戦には武器がいる」


「近代化、ですか。グリースから武器を買い付けるつもりで?」


「武器の買い付けはジャポネからだ、誰がグリースなんかから買い付けるもんかよ」


「あら、シンクの故郷ね」


「あはは」


 という設定。


 いや、行ったことないからね。


 というかジャポネも科学が進んでいる国なのか。知らなかった。


「あそこはグリースの属国みたいなもんだが、しかしまあグリースから直接買うよりはマシだ。どちらにせよ業腹だがな」


「だとしたら……やっぱりお金がないですね」


「そこでだ、お前たちなにかいい案はないか? とくにフォン先生」


「案……ですか。金策なんて考えたこともなくて」


「お金ねえ……いっそのことお金すっちゃえば?」


 偽札ってやつ。


「私、思ってたのだけど。この国のお金って紙じゃない? それこそ偽造とかしほうだいだと思うのだけど」


「まあたしかにそうだが、そこまで大仰な印刷施設を持ってるやつが少ねえからな。結果的に紙幣の偽造はあんまり聞かねえよ」


「じゃあ俺たちにも無理か?」


「無理ってことじゃねえが、バカバカしい話だぜ。俺たちは馬賊であって犯罪者じゃねえ。偽札を作るなんてチンケな真似はしたくねえな」


「たしかにそうだな」


 しかし、スーアちゃんはそう思っていないようだった。


 深刻そうな顔をしている。


 そして、おもむろに顔をあげる。


「それ……良いですね」


「え? いまの話、聞いてた? できたとしても嫌だって」


「そうだぜ、フォン先生。それは俺たちの挟持きょうじが許さねえ」


「ええ、ですから――偽札を作るのではなくて私たちで新しい紙幣を発行するんです」


「なんだとか?」


 ティンバイが首をかしげる。


「それ、考え方によっては偽札よりも悪質じゃない?」


 シャネルが薄ら笑うように口元を歪める。


「どういうこと?」


 そもそも新しい紙幣を俺たちで勝手に作ってどうなるんだ?


 ティンバイもよく分かっていないようだ。


「私たちで作ったお金を、テールと交換するんです」


「えーっと、つまり?」


 ダメだ、ぜんぜん分からない。


 しかしティンバイはなるほど、という顔をした。


「つまりですね、この奉天でお金の価値をそっくりそのまますげ替えるんです。仮に私たちの作るお金を新紙幣――ゲンとでもしましょうか」


「なんでゲン?」


天元てんげん、という言葉からとりました。万物の大本です」


「ほえー」


 なんかロボットアニメのタイトルみたいだ。


「旧紙幣である1000テールに対して、1000ゲンと交換できるとします。市民に大人気の張天白チャンティンバイが新たに作った紙幣となれば、市民たちはテールとゲンをこぞって交換するでしょう」


「すごい! そうなれば俺たちの手元にはテールが入ってくるんだな!」


「はい。それを、諸外国に対して使うのです」


 つまり地域通貨を発行すると、そういうことだ。


 うんうん、良い考えじゃない?


 これならテールをすったことにならないし、偽札ってわけじゃないさ。


「ならねえ」


 しかしティンバイがそれに反対する。


「なんでだよ、ティンバイ」


「兄弟は分からねえのか、紙幣を新たに作るとなれば問題が多すぎる」


「問題?」


 はて、問題とはなんでしょう。


「まず、紙幣をするにも金がかかる。もしも市民たちがそのゲンとやらとの交換、為替をしなかったら? 俺たちは無意味な紙束を抱えることになる」


「たしかに!」


 なんだ、こいつ分かってないのかと思ってたらけっこう頭良いじゃないか。


「それはそうです。しかしそこは、攬把の人望でなんとでもなるのでは」


「……たしかにそうだな。しかし問題はまだあるぞ。その紙幣に価値を与えるのは誰だ?」


「紙幣の価値は信用によりなりたちます。誰もがその紙幣に価値があると思うから、人々は実際に価値のあるもの――今回の場合はお金どうしですが、お金とものを交換します」


「そうだな、俺様もそう思う――」


 なんだか難しい話になってきたなあ……。


 こういうの、公民の授業でちょっと習ったかも。


「――じゃあ、今回のゲンに価値をもたせているのは誰だ?」


「それは――貴方です。攬把」


「そう、俺様。厳密には俺様たちの馬賊だ」


 奉天を支配している我々、ということだ。


 つまり独立国奉天が紙幣の価値を保証している。


「ということは――もしも俺たちがルオとの戦争に負ければ?」


「そうなればゲンの価値なんてないに等しくなる。たしかにするまでは良い、交換でもできる。ゲンはまたたくまにテールを駆逐くちくしてこの奉天に流通しだすだろう。しかしそれは仮初めの価値だ」


「攬把は、今度の戦いで負けると思っているのですか?」


「負けると思って戦うバカはいねえ。だがこれはリスクの問題だ」


「たしかにこの案にはリスクが多くあります。奉天に集まるテール全てをゲンに交換などすれば、確実にテールの価値は下がります」


「そうなればそもそもジャポネに武器を売ってもらえるかという問題も生まれてくる」


「他にも問題はありますが、そもそも紙幣をするのは重罪です。それが偽札であれ新しいものであれ。ルオの中央政府は黙っていないでしょう」


 そうだな、と俺たちは全員頷く。


 しかし、スーアちゃんは珍しく強く前に出た。


「でも、攬把。私たちはここでやるだけのことをやるべき、です」


 ちょっと語尾が弱くなった。


 あまり自分の主張をしない子なのだ。


 こういうふうに自分から言うのは、たしかに成長だろう。


「ほう」と、ティンバイも嬉しそうにニヤける。


「負けないと思うのでしたらやるべきです、貴方は人々の英雄なのですから誰しもがついてくるはずです。私達は貴方を信用しています。その信用をお金に変えるだけではありませんか」


「好き勝手言いやがるぜ。俺様に全部背負わせるってか?」


「はい、そうです」


 スーアちゃんはしっかりと言い切った。


 それがどれだけティンバイに負担を強いることであろうと、自分の意見が正しいとして言い切ったのだ。


 彼女の見せた、初めての意固地だった。


「良いだろう」ティンバイは笑う。「その案で行くぞ」


 スーアちゃんはほっとしたよう息を吐いた。


 よっぽど緊張したのだろう。いまにも倒れそうに見える。


「そうと決まれば、さっそく準備だな。よし、行くぞ!」


 ティンバイは立ち上がると、さっさと長屋を出ていこうとする。


「ついてく?」と、シャネル。


 俺も立ち上がる。


「ま、面白そうだから」


 行ってらっしゃい、とシャネルは手を振る。


「できるだけ早く帰ってくるよ」


 俺はシャネルにそういう。


「おい、兄弟! 早くこい、ぼさっとすんな!」


 外からティンバイが呼ぶ。まったく、慌ただしいやつだった。


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