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155 信じる気持ち


「ダメだわ」


と、シャネルが言ったそばから、死体が動き出した。


「なんだあれ!」


 シャネルの魔法に体を貫かれてバラバラになった兵士たちは、しかしそれぞれの肉片が固有の意思を持つように集まっているのだ。


 そして出来上がったのはぐちゃぐちゃに四肢を寄せ集めた巨人だった。


「うげえっ……」


 あまりのおぞましさに俺は吐き気をもよおす。


 腕が、足が、顔が、胴体が、まるで子供がてきとうに作った積み木のように体のいたるところから生えている。


「化物がっ!」


 ティンバイのモーゼルが火を噴く。


『魔弾の張』というあだ名の通り、ティンバイの銃弾には魔力が込められている。


 だが、その魔弾を巨人には届かなかった。


 巨人の体の周りに、透明な壁のようなものが現れたのだ。


「『エアー・シールド』? 木属性の中でもとくに珍しい風魔法だわ」


「いやいや、解説はいいから! なんであの化物も魔法使ってるんだよ!」


 しかもシャネルみたいに詠唱しなかったぞ。


「さあ? 私だってなんでも知ってるわけじゃないから」まったく悪びれずにシャネルは言ってのける。「でも――もしかしたらあれ、魔法で動くって言うよりも。たぶんそう、魔族よ」


「ま、魔族!?」


 って、あれか。魔法で改造された人だったか?


 たしかシャネルがこの前、そんなふうに説明してくれたはずだ。


 いやいや、どう見てもあれは人じゃないでしょ。


 ティンバイの言う通り化物だ。


 まったくどうなってるんだ。


「どうすりゃあ良いんだ!」


 と、ダーシャンが泣き叫ぶように言う。


「見苦しいぞ、お前だってパオトウなのだろう!」


 それにたいしてハンチャンが叱咤する。


「とはいえ、手詰まりか」


 ティンバイはある程度冷静だ。にらむようにして巨人を観察している。


 だが観察してどうにかなるものでもない。相手は死なない巨人、その上魔法まで使えるときた。


 こうなれば必殺の『グローリィ・スラッシュ』で消し飛ばしてやろうかとも思うが、それで本当に倒せるという確証もない。


攬把ランパ、ここは一度ひくというのも――」


「ならねえ! ここでこの化物をどうにかしなけりゃあ、村がどうなるか分かったもんじゃねえ。おい、兄弟。俺たちが時間をかせぐ。お前のあのすげえやつ、やれ!」


「――それでいけるかは分からないぞ」


「だとしてもやるんだよっ!」


 たしかにその通りだ。


 シャネルも言っていた。できないと思えば、できることだって無理になるって。つまり心の持ちようだ。


 俺は居合のように剣を構える。


 が――。


「盛り上がってるところ水を差す用で悪いけど、それよりもっとスマートな方法があるわ」


 シャネルが言う。


「スマートな方法?」


 巨人はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


 動きは遅いようだ、しかしそれを止めることはできそうもない。


「簡単なことよ。あれが魔法によって動くものならどこかに操っている魔法使いがいるはずよ。それを倒せば――」


「あいつも動かなくなる!」


「そういうこと、いつもどおり察しが良くて最高よシンク」


 褒められた、嬉しい。


 しかし敵がこの近くにいるとしても――いったいどこだ?


「たぶん複数人で動かしてると思うけど、そういう規模だわ」


 シャネルが言う。


「兄弟、いけるか?」


「え、俺?」


 いや、俺か。そうだよな。たぶんこの中で一番器用なのは俺だ。視覚と嗅覚、そして第六感まであるのだ。


「それまで俺たちがこの化物の足止めをする。なんでもいい、とにかくこいつを操ってるやつを殺せ」


「了解――攬把」


 俺は冗談めかしてそう言う。


 大事だよ、こういうとき心に余裕を持つのは。


 戦場では慌てたやつから死ぬってね。


 俺は精神を集中させる。


 山間の狭い狭い道。


 俺は勘を頼りに四方八方へと意識を飛ばすようにして聴覚と嗅覚を集中させる。


 ――見つけた。


 ある一点の場所からまるでエコーのように不思議な音が聞こえた。それは誰かの息遣いだろうか。一度気づいてしまえば、なんだか臭いまでしてくるのだから面白いものだ。


「行ける」


 と、俺は宣言する。


「よし。行ってこい、兄弟!」


 俺はティンバイの声に背中を押されて走りだす。


 だが敵のいる場所へは巨人をすり抜けなければならない。


 巨人の手――いくつもの手が重なって極太になった手だ――が、横薙ぎに振るわれる。


 だが、その手を止めるように肩に青龍刀が深々と刺さる。


「ナイスだ、ダーシャン!」


 やっぱり動けるデブは頼りになる。


「いけ、シンク!」


 だが手はもう一本ある。そちらかかげられる。いわゆるタメの動作だ。


 その手に向かって、ハンチャンが銃を連射する。


 しかし振り上げられた手を守るように透明な風のシールドが。ハンチャンが連射するモーゼルの弾をシールドがとめているのだ。


 そこにさらにティンバイの魔弾も加わった。


 まるでガラスが割れたような音がした。


 次の瞬間には、巨人の片腕を炎が包み込んでいた。


「ありがとう、みんな!」


 俺は巨人の脇をすり抜ける。


 みんなの助けがあればこれくらい楽勝だぜ。


 俺は振り返らない。足止めだって大丈夫なはずだから。


 俺は仲間を信じていた。


 大丈夫だ、俺の仲間は強い。こんなところで死ぬ奴は一人もいない。


 俺は信じて走る。



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