154 戦闘、シャネルの魔法
いわゆるところの三が日。
こんな日に仕事だなんてやっこさんも大変だ。
とはいえそれは俺たちも一緒。
視線の向こう、こちらへやってくる敵を見て俺はお互い大変だなあ、なんて思うのだ。これが社会人同士なら互いに「お疲れ様です」と挨拶でも交わしそうなもの。
でも俺たちは馬賊なのだ。
俺の予想どおり、今回の戦いでは馬は使われない。なにせ狭い場所だ、馬を使うのは追撃のときだけだとティンバイは言った。
そのティンバイは、俺たちの先頭で仁王立ちをしている。
ただただ無言。
戦いの前のこの緊張感、マゾっけのある俺にとってはちょっとクセになる。
敵が近づいてくる。
ずいぶんと顔色の悪い集団だ、ちょうど20人。たいした数ではない。そのどれもがいかにも兵士というなりをしている。
だがしかし――どうにも解せない。
兵士というには体つきが貧相。もしかしたら兵隊たちも貧乏で、たいしてメシを食えていないのかもしれない。
なんて思っていると、ティンバイが舌打ちをした。
「っち、半端なやつらをよこしやがって」
「どういうこと」
相手との距離は推定100メートル。こちらのことなどお構いなしにのように真っ直ぐ向かってきている。
「ありゃあ北陽海軍の兵隊じゃね。言っちまったら木大后の私兵。ただの宮殿に住む護衛兵どもだ」
「ふむ」
これで理解できた。つまりあれは戦闘をなりわいとする職業軍人ではなく、どちらかといえばミヤビな近衛兵か。
いや、もしかしたら近衛兵=精鋭という可能性もある。油断しないように俺は緊張の糸を張る。
「なんだか嫌な感じね」
シャネルがつぶやいた。
近衛兵たちがすぐ近くまできた。不気味な集団だった、普通ならば俺たちを見てどこかの段階で立ち止まるだろう。それなのに、まるで関係ないというように村の入り口付近まで来たのだ。
ティンバイもティンバイだ、問答無用で戦闘を開始すれば良いのに、わざわざ敵を待った。
「約束どおり大鏡を受け渡してもらう」
近衛兵がそう言う。
なんだか喉に土でも詰まっているのかというくらい聞き取りにくい声だ。
「そんな約束をした覚えはねえな」
「約束通り大鏡を受け渡してもらう」
近衛兵はオルゴールのようにもう一度同じセリフを繰り替えした。
「――話にならねえ」
ティンバイが一瞬にしてモーゼルを抜き去る。
次の瞬間には、近衛兵の眉間に大穴が開いていた。
戦闘開始だ。
「ダーシャン、前に出るぞ!」
俺は青龍刀を持つダーシャンと共に前衛を張る。サポートはハンチャンと、ついでにシャネル。いや、シャネルの場合は正直なところ魔法で範囲攻撃ができるから最初にぶっ放してもらえば全て終わっていたのだけど。
でもほら、俺たち馬賊だからね。やっぱりある接近戦しないと戦った気になれないっていうか。
……うん、俺もずいぶんとこの男臭い世界に慣れてきたな。毒された、ともいえるか。
「うらあっ!」
手近にいる近衛兵を斬ると、手に不思議な感触があった。
――なんだ?
人間を斬った感覚とはあきらかに違う。まるでマネキンでも斬っているようだ。
それは実際に武器を使って相手を斬った人間にしか分からない感覚。
「ダーシャン! なんかこれ、変じゃねえか!」
「うおおっ! うおおっ! うおおっえ!」
ダメだ、ダーシャン聞いてない。
青龍刀を振り回しているせいで周りが見えてない。
敵の数はどんどん減っている。気がついたときにはそこらへんに死体が転がっている。俺はまだ3人くらいしか斬ってない。
たん、たん、たん、と銃声が鳴るたびに敵が倒れていく。実に正確な狙撃。気がつけば俺が斬れる敵は残っていなかった。ティンバイとハンチャンの二人にかかればこんなものだろう。
「終わりか」
あまりにもあっけない。
「はあ……はあ……うえっ」
ダーシャンは疲れ切って肩で息をしている。デブだから体力はないのだ。
けどダーシャンは動けるデブだから、意外と俊敏だったりして不思議。
「なんだ、もう終わりかよ」
ティンバイもつまらなそうにモーゼルをしまう。
だがその瞬間――俺は猛烈に嫌な予感を感じ取った。
「ティンバイ!」
俺が叫ぶよりも早く、シャネルが動いていた。
小型のナイフが鋭い軌道を描き、ティンバイの背後へと飛ぶ。
そこには、先程ティンバイに眉間を撃ち抜かれた兵隊がいた。
ナイフが首元に突き刺さったというのに声もたてない、しかし足はとまった。
それをチャンスだと思い、俺は駆け出し、勢いにまかせて体当たりを食らわせる。相手が倒れたところに、深々と剣を突き刺した。
「なんだ、いったい――」
「攬把! こいつら、起き上がってきます!」
「なにいっ!」
ハンチャンの言ったとおり、死んだと思っていた兵士たちはなにごともなかったかのように起き上がる。
くそっ、どうなってやがる。
俺たちはそれぞれ武器を構えて、互いに背中を守るようにかたまった。
しかしそれがまずかった、20人もの敵だ。囲まれるような形となった。
いきなり死体が動き出したものだから俺たちも冷静さをかいている。
「これ……魔法ね」
そんな中で、唯一いつもどおりだったのがシャネルだ。
「魔法!?」
「ええ」
シャネルは杖を構える。
それで終わり!? 説明は!?
「おい、説明しろ!」
短気なティンバイも同じことを思ったのだろう、シャネルに怒鳴るように言う。
「……ふん、どうして私が貴方にそんなこと説明しなくちゃいけないのよ」
シャネルさん、まったくぶれないなあ。
ティンバイが俺をにらむ。お前からも言ってやれ、というように。
「シャネル、どういうこと?」
「あらシンク、わからないの? フミナちゃんっていたじゃない」
まるでもういないみたいな言い方やめなさい。
フミナちゃんね、覚えてるよ。俺がこの異世界に来てから、シャネルの次に会った女の子だ。なんでも貴族の娘らしく、クソ勇者だった月元の許嫁だったとか。
「あの子の使うスケルトン、あれと同じようなものよ」
「つまり――?」
「これ、もともと死体」
しかし死体というには動きが正確だ。
フミナちゃんの使役するスケルトンはこんな人間らしく動いただろうか? それに、さきほどこいつらは喋っていた。
「殺しても死なねえのはそういうことか。対策はねえのか!」
「別に、粉々にしてやればいいのよ。それか――消し炭にするか」
シャネルが高々と杖をかかげた。
「え、ちょっと――」
俺が止めるよりも早く、シャネルは詠唱を始める。
「晩夏たちこめし陽炎のごとき炎よ、我が目にうつるものを灰燼とかせ――『ファイアー・アロー』!」
巨大な火の玉が上空に放たれた。
「伏せろっ!」
と、俺は叫ぶ。
次の瞬間、雨あられのように炎の矢が俺たちの周りに降り注いだ。
大地が衝撃で揺れる。
いや、それは揺れるなんて生半可なものではない。俺たちの立つ地面が割れるのではないかという衝撃だった。
――熱い!
しかし痛みはない。
しばらくすると音が消えた。
おそるおそる俺は顔をあげる。
どうやら死んでいないようだ。
見れば立っていたのはシャネルと、そしてティンバイだけだった。
「あぶないだろ、シャネル!」
「あら、でもおかげで敵は全滅したでしょう?」
「そりゃあそうだけど……」
「これが魔法か、こうして見るのは初めてだが凄まじいな」
ティンバイはいかにも大物ぶってそう言う。しかし声が少しだけ引きつっている。このやせ我慢野郎、ビビってたけど俺たちの手前しゃがまなかったんだな。
ま、そういう格好つけは好きだが。
「はい、これで終わり。……って言いたいところだけど。ダメだわ」
「え?」
シャネルはその美しい顔で、死体をにらんでいた。




