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152 昔日の大鏡


 並んだ馬はゆっくりと凍りついた山道を歩いていく。


 馬というのは意外と雪の上だろうが氷の上だろうが歩くことができる、とても走破性の高い乗り物だ。


 もっとも、なれていなければ難しい部分はあるが。


 5人の中で馬の扱いになれていないのはシャネルだけだった。


 だがいつも俺が乗っている馬、こいつはかなり女好きの馬で、上に乗っているのが女ならば絶対に振り落とすことなどしない。バカ馬といえばそういなのだが、こういうときは重宝する。


 シャネルはうまいこと馬を使っている。


「けっこう簡単じゃない」


 馬を操るのにも運動神経がいるのだが、シャネルはけっこうそこらへん敏感らしい。


「それにしても攬把ランパ。こんな正月に仕事とは、敵はいったどこの馬賊ですか?」


 先頭を行くティンバイに対してハンチャンがたずねる。


「敵は馬賊じゃねえ、ルオの軍隊だ」


「軍隊ですか――」


 へえ、と俺も驚く。


 いままで軍隊とやりあったことなんてなかった。いつも馬賊同士の抗争ばかりだったのだ。それがとうとう軍隊と戦うことになるのだ。


 ……え、5人で大丈夫か?


 しかしハンチャンはそれだけで質問を終えた。たぶんこの男は相手が何人だろうと真っ先に突撃していくのだろう。


 まったく、馬賊なんてのは無茶な男ばかりが集まっているのだ。だから必然的にたてる作戦も無茶ばかり。5人で500人に突っ込めなんて言い出しかねないぞ。


 俺たちの操る馬は山道を歩いていく。


 奉天から半日くらい歩きづめだ。馬もさすがに疲れてきている。


 さすがにこれ以上乗ればつぶれるだろうというところで、村が見えてきた。


 山間の小さな村だ。


「ふう、やっとついたぜ」


 と、ティンバイ。


 俺たちはティンバイについて来ただけなので目的地を知らなかった。


 仕事、と言われてその内容を根掘り葉掘り聞くのは馬賊のやり方ではない。攬把の言葉に対して、俺たちの返事は「はい」だけなのだ。


 村の前には出迎えだろうか、老人が待っていた。


「ああ、張天白チャンティンバイ様、よく来てくださいました」


 老人は涙を浮かべながら深々とティンバイに頭を下げる。


「おう。雪がそんなに積もってなかったからな、早く着いたぜ」


 ティンバイは馬を降り老人に声をかける。


「そうでしたか。本当に、正月だというのにすぐさま来ていただきありがとうございます」


「ふん、礼は終わってからで良い。それにな、爺さん。これは俺たち馬賊の仕事だ、当然のことよ」


 馬賊というのはもともと自警団だ、そういう意味ではこういった拠点防衛こそが本懐だ。


 俺たちは村に入る。


 田舎、ではあるが寂れているわけではなさそうだ。村の中央には大きな神社のような建物があった。


「なんだ、あれ?」


 気になってしかたがない。


 あきらかに人の住む家ではなさそうだから、きっと宗教的な建物なのだろうけど。


 ふらふらと俺は近づいていく。そんな俺にダーシャンもついてくる。


「なんだろうな、これ」と、ダーシャン。


「中見ても良いっか?」


 と、俺は老人に聞いてみる。


「もちろんですとも」


 老人はニコニコと笑いながら頷く。俺たちが来たことに安心している、という表情だ。まだ戦ってもないんだけど、こうして歓迎されれば嬉しくなる。


 ダーシャンが神社の扉をあけた。


 中には大きな鏡が一つ、見るものに威圧感をあたえるように安置されていた。


「『昔日せきじつの大鏡』って呼ばれるもんだ。知らねえか」


 後ろからティンバイが言ってくる。


「知らん」と、俺は即答。


 けれどダーシャンは知っていたようだ。


「あれがですかい、攬把!」と、驚いている。


「マジックアイテムかしら? そこはかとなく魔力を感じるけれど」


「え、ルオの国にもマジックアイテムとかあったんだ」


 この国は魔法に関してはとにかく遅れているというか、むしろ魔法が使われていないというイメージだ。かわりに科学技術が発展しているようだが。


「それはですね、覗けば心に思う人の様子が見られるものです」


 村長が説明する。


「おい、ダーシャン。見てみろよ」


「え、俺? 誰が出るかなあ」


 ダーシャンが鏡を覗き込む。


 なんだかケバい女が出た。


「誰これ?」


「あー、いや。はっはっは」


 これ、商売女だな。たぶん絶対(矛盾)そうだ。


「遊んでねえでよ、お前らさっさと戦闘準備でもしたらどうだ?」


 呆れたようにティンバイが言う。


「とか言いつつお前も覗きたいんじゃねえのかよ?」


「バカ言うな、俺様が女に懸想けそうするなんてりえねえ」


 けそうってなんぞ?


「というか女限定でもないんだろ?」


「そうですよ」


 と、村長。


 ティンバイ、語るに落ちたな。誰か想い人がいると自分で言ったようなものだ。


 ……たぶん、その故郷の村で別れたリンシャンさんだろうな。


 この男はけっこう純真なところがあるから。


「シンクは見ないの?」


「えー、俺はいいよ」


 これで鏡を覗いてシャネルじゃない女の人とかがでたらやべえし。一瞬にして修羅場だよ。やっぱりそこのリスク管理は大事だね。


「この鏡……死んだ人でも映すことができるのか?」


 ハンチャンはこういうの興味ないのかと思ったら、意外にも気になるようだ。


「ええ、大丈夫ですよ。というよりもそちらの用途の使われ方が多いです。みなさん、亡くなった人の思い出をこの鏡に映しておられますよ」


「……そうか」


「ハンチャン、見てみる?」


「……いや、俺はやめておくよ」


 そんなこんなで鏡の覗いたのはけっきょくダーシャンだけだった。


 実際はちょっと後ろ髪を引かれたのだけど。


 俺たちは神社のような建物を出る。


「さて、とりあえず全員。あの鏡については分かったな」ティンバイが俺たち全員に言う。「今回、俺たちがやるのはこの大鏡を守ることだ。そうだな、村長」


「はい、お願いします」


 村長は頭を下げる。


「守るって誰から?」


「ルオの軍隊。いいや、言い方を変えよう。木大后ムータイホウからと言ったほうが良いな。村長、こいつらに事情を説明してやってくれ」


「はい。先日のことです、ルオの首都から宦官かんがんがやってきました」


「宦官?」


 ってなんだっけか。


 なーんか昔どっかで聞いたことがあるような気がするんだけど。


 いや、待って思い出した。あれだ、たしか中国の皇帝につかえててた召使いのことで、男なのにあれをちょん切ってる人たちのことだ。


 あれね、あれ。


 ちょっと人にはいえない、あれ。男の一番大事な部分ともいう。レゾンデートルってやつ。やれやれ、僕は(以下略)。


「その宦官がいうには、この鏡を木大后様がたいそう欲しがっているそうで。ゆずってほしいということなのです」


「ゆずってほしい……ねえ」


 木ノ下はどうしてこんな鏡がほしいのだろうか。


 誰か生き別れた人でもいるのだろうか。


「はっ、おおかたてめえでぶっ殺した皇帝のことでも見たいんだろうぜ」


「皇帝?」


 うーん、そこらへんの事情はまったく分からない。


 そもそもどうして木ノ下はこのルオの国のトップに立っているのだろう。大后っていうのは偉い人の妻だよね? つまりは玉の輿に乗ったというわけだな!


 でもその皇帝を殺した。


 うーん、事情は知らないがなかなかにデンジャラスな人生を送っているじゃないか。


 どうせあれだろ、俺をイジメてたときみたいに後ろからうまいこと男どもを操って、自分の手は汚さずに済ませたんだろ。


 あーいうのを魔性の女というのだ。


 まったく、悪い知恵だけ働くエロくて可愛いギャルとか、最低だぜ。いや、本当に。


「村としてはもちろんそんなことは断りたいのですが……しかし木大后様にそう言われては」


 断るに断れないということか。


 まったく最低な話だ。


「そこで俺たちが呼ばれた。これで事情は分かったな」


「それは良いけどさ、敵はどれくらいの人数で来るんだ?」


「それが気になるところなのか?」


「いやいや大切でしょ、敵の人数。敵を知り己を知れば百戦殆うからずって言うでしょ?」


「知らん。が、いい言葉だ」


 そうか、よく考えりゃあこの世界に孫子とかいねえのか。あれ、孔子だったか?


「数はそう多くねえと予想するがな、あっちもまさか反撃を考えてはいねえだろ」


「じゃあまあ、5人で大丈夫か」


「あら、シンク。それって私も数に入ってるの?」


「せっかくいるんだから働いていけば良いじゃない」


「まったく、こんなか弱い乙女に戦わせるだなんて。シンクは馬賊失格よ」


 突っ込まないぞ、死ぬ気で突っ込まないぞ。


 というかこの山間の村では俺たちみたいな馬賊は全力を出せない。馬賊の持ち味は馬に乗っての機動力なのだ。


 こんな狭い場所では満足に戦うことができない。おそらく馬から降りての戦闘になるだろう。


 それならばシャネルの魔法での支援もいきるだろう。


「お願いします、どうかあの鏡を守ってください。あれは人々の思い出のためにあるのです」


 まったくよ、木ノ下のやつ。


 そんなにこの鏡が覗きたければ自分で来ればいいのに。べつに有料ってわけじゃないんだからさ。


「任せておけ」


 とティンバイは笑う。


 村長は安心したように涙ぐむのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] スピアー達のことを思い出しますね…。
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