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151 副攬把、そして久々の仕事


 正月がきた。


 出稼ぎ労働者の街である奉天は、正月だというのに不思議な静けさに包まれていた。それは昨晩から降った雪のせいかもしれない。雪は全ての音を防ぐのだ。


 俺はシャネルとモチを食べた。奉天でも正月にはモチを食べるのだ。


 それで寺にお参りに行った。よく分からないが、ディアタナを祀っている寺らしい。なんだか神様がいる寺というのも不思議だけど。


 寺の周りはさすがに市なんかがたっていて、それなりに賑わっていた。たぶん奉天に残っている人たちみんなが集まっていたのだろう。


 俺たちが行ったのは夜だったが、昼にはティンバイも来ていたそうだ。寺の近くにいる人たちは実益をもたらさないディアタナよりも、ティンバイが拝めたことを喜んでいるようだった。


 よく知らない神様に手を合わせて、このまま寝正月を決め込むのもなんなので、ダーシャンのいる酒場へと向かうことにした。


「まったく、年があけたからなんだって言うの?」


 シャネルは現実的と言うよりも、どちからといえば斜に構えた物言いをする。


「おめでたいだろ?」


 ま、言われてみればどうして年があけるのがおめでたいのか不思議だけど。


 もしかしてあれかな、昔は数え年で年齢を数えていたから、年明けが誕生日みたいなものだったんだ。だから誕生日=めでたいという図式で、正月もめでたい。


 うん、適当なこと言ってるな、俺。


 あ、というか年があけたのか。ということは俺、そろそろ誕生日だな。早生まれなんだ。


「そういえばシンク、最近あんまり仕事してないじゃない」


「そうだな」


 何度もいうが、馬賊の仕事はこの時期暇だ。


 というか正月なんてとくに暇。みんながお休み、悪いことだってお休み。だから馬賊の仕事なんてなーんにもないんだ。


「それでね、問題が一つあるのよ」


「へえ、問題ね」


 酒場につく。


 何度も来ているから道は完璧に覚えた。奉天の広い街も、いまでは庭のように歩くことができた。


 問題って、と俺はシャネルを見る。


「単純に、そろそろお金がないのよ」


「え、お金ないの?」


 と言いつつも俺は酒場の扉を開ける。


 やることがないから酒を飲むくらいしかできない。


「ええ、ほとんどね。もう手持ちのテールはほとんどないわ」


 テールというのはルオのお金で、この国のいいところはお金の単位が一つしかないところだ。だいたい1テールが1円なので分かりやすいのもグッド。


「そりゃあ困ったな。ダーシャン、来たよ」


「おう、シンクか」


「あれ、ハンチャンもいるの?」


 珍しい。


 昔は『死にたがりのマオ』と呼ばれたハンチャンも、いまでは『不死身の毛』というあだ名がしっくりきている。


 ハンチャンはどうやらダーシャンと酒を飲んでいたらしい。俺たちが入ってきたのを見ておもむろに片手をあげる。


 いつもそうだが、なかなか辛気臭い男だ。口数が少ないと言い換えれば男らしい長所のようにも聞こえるが。


「とにかくシンク、あんまり飲みすぎないでね」


「分かってるって」


 もう注文も聞かずに店主が酒を出してくる。


 ここのところ毎日酒場に入り浸りだからな。もう常連も良いところだ。そもそもこの酒場はハンチャンの部下たちの詰め所のような場所だから、最初から入り浸りだったか。


 シャネルはいつものように部屋の隅にある席に一人で座る。そしていまや日課となりつつある翻訳作業を進める。


 俺たちはそんなシャネルをお構いなしに酒を飲む。あんまり騒ぎすぎるとうるさいと叱られるのだが。ま、しょうがないね。


「にしてもハンチャンがいるなんて珍しいな。暇なの?」


「まあな」


 乾杯、とコップをぶつける。


「そりゃあな、『不死身の毛』は戦闘がなきゃただの穀潰しだからな」


 ダーシャンががははと豪快に笑う。どうやらかなり酔っているようだ。


「それが俺の仕事だ」


 特攻隊長、というわけだ。


 一番死にやすい仕事だが、ハンチャンはそれを長いこと努めている。


「仕事がないのは俺たちも一緒だろ? 最後に馬に乗ったのなんていつだよ」


 もう覚えていないほどだ。


 こんなので本当に独立戦争なんてできるのだろうか。


 長城を越える、というのが俺たちの攬把ランパであるティンバイの目標だ。それはつまるところ、ルオとの戦争を意味する。


 名目上は独立戦争だ。


 それは春になったらという認識だった。


 雪に閉ざされた奉天で俺たちはその日を待っている。


「そういやぁよ、ハンチャンは特攻隊長。俺はパオトウ、そしたらシンクってどんな役職なんだ?」


「え?」


 いや、改めて問われれば知らない。


 役職?


「俺の部下か?」


「たぶんそうだろ」


「じゃあヒラか?」


「たぶん」


 というかそれしかないだろう。別にティンバイから俺がどういう役職だなんて言われてないし。


「あ、いや。シンクは違うぞ」


 ハンチャンが酒を一口飲んで、言う。


「そうなの? 俺って役職とかあるの?」


 ちょっと気になる。


 次長くらい? それとも課長くらい? 部長って可能性も――。


「お前は副攬把だ」


「ふく?」と、俺。


「ラン」と、ダーシャン。


「パ」と、ハンチャンは断定した。「攬把が言っていた、お前がうちの馬賊の副攬把だと」


「いやいやいや」


 いきなり何言っちゃってんの?


 俺が、副リーダー? ぜんぜんそんなの聞いたことないよ。


「だが攬把がそう言っていたぞ」


「そんなの冗談だろ! ダーシャン、お前からもなんか言ってやれよ」


 なにかしら文句を言ってくれるかと思ったが、ダーシャンは意外にもなっとくしたような顔をしてうんうんと頷いている。どうでもいいけどこのデブ、首がないくらい太ってるから頷いていると頭が上下してるだけでに見えて怖いぞ。


「まあ、有名さで言えばそうなるか」


「なんだよ有名さって」


 そりゃあ俺には小黒竜シャオヘイロンってあだ名はあるけどさ。


 え、そんな認知度とかで馬賊の副攬把って決めて良いもんなの?


「小黒竜といえばいまや子供たちにも大人気だからな。ごっこ遊びでもガキ大将が攬把の役、次に選ばれるのは小黒竜だ」


「なあなあ、『青龍刀の大山ダーシャン』は?」


「やられ役だな」


「マジかよ!」


「そもそも青龍刀ってのがな。シンクの場合は棒きれ一つ持てば小黒竜になりきれるからな、人気なんだよ」


 なるほど、ごっこ遊びがしやすいということか。


 分かるような分からないような……。


 まあ人気なのは嬉しいかもしれないけど。でも俺、そういう目立つのは嫌いなんだよな。


「まあ良いじゃないか、べつに副攬把と言っても仕事を任されいるわけじゃなしに」


「まあそうだけどさ……」


 というか、これでこの前のことに合点がいった。北陽海軍の元帥だかが来た時、どうして俺が来るのを待っていたのか、だ。


 そりゃあそうだよな、俺が副攬把なら一緒にいなくちゃならないよな。大切な話のときに。


 なんて話をしていると、外が騒がしい。


 微妙に嫌な予感がする。


「なんだ?」と、ハンチャンも気づいたようだ。


 外から子供たちの声がしてくる。


 子供……どういうわけか、正月でも奉天の子供の数は減らないように思える。どうしてだろう。親のいない子供たちが奉天にはたくさんいるからかもしれない。


 つまりここにいる俺たち3人――シャネルも入れれば4人――と同じように、帰る場所のない天涯孤独な子供たちだ。


 その子供たちに、優しに声をかけている男がいるようだ。


「攬把!」と、子供の声。


「俺様はお前たちの攬把じゃねえぞ」


 いつもよりも優しげな声。


 あの男は意外なほどに子供好きだ。


 まるでそう、孤児たちの親のように接している。


 酒場のドアが開いた。


 入ってきた男は俺たちを睥睨へいげいして、ふと笑う。


「なんだ、こんだけか」


「飲みに来たのか?」と、俺は軽口。


「はっ、まさか。俺様はそんあに暇じゃねえ。仕事だ、行くぞ」


 ティンバイだ。


 不思議な男だった。


 子供のように笑い、怒るときもあれば、ふとした拍子に見せるのは親のような貫禄。まさしく英雄とはそういうものなのかもしれない。


「攬把、それを待ってました!」


 最初に立ち上がったのはダーシャンだ。酒場の店主が慌てて持ってきた水を頭からかぶり、酔いを覚ます。


「よし、たまには運動しな」


「数は少ないですが精鋭です」


 と、堂々と言ったのはハンチャン。


ハオ。そのとおりだ」


「しょうがねえ、なんかお金がないらしいしな」


 と、俺。


 ティンバイは俺には何も言わずに、からかうように肩を小突いてきた。


 そして最後に立ち上がるのはシャネル。


「私も行くわ」


 と、どこか問答無用の調子で言う。


 ティンバイは俺に、良いのか? と視線を向けてくる。


 どうせ言い出したら聞かない女だ、シャネルは。俺は無言で頷く。


 さて、久しぶりの仕事だ。それも攬把直々の。せいぜい暴れてやるとしましょうか。


 俺は剣を担ぎ気合を入れるために息を吐くのだった。


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