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141 奉天に冬が来る


 奉天の街に冬が来た。


 寒さも厳しくなってきて、雪こそ振らないものの空気が乾燥していつでも引き締まっている。吐く息も白くて、異世界だろうと冬なんて同じようなものなんだなと俺は不思議に思う。


 もうすぐクリスマスだろうか、楽しみだ。それが終われば正月、大晦日は紅白歌合戦を見て、いやいや、それよりも年末恒例の格闘技を……なーんて、そんなものは異世界にないのである。


「寒いわねえ」


 シャネルはそう言いながら丸い火鉢にあたっている。


 火鉢ってのはあれだ、陶器製の入れ物に灰を敷き詰めて、その上で木炭を焼く昔ながらの暖房器具。


 ちなみにこれ、この異世界にはなかった。俺が勝手にそこらへんの陶器やらなにやらを持ってきて作ったのだ。いや、作ったってほどのもんじゃないけど。ただ灰を集めてその上で木炭炊いてるだけだから。


 でも良いよ、部屋が狭いからこれだけで温かい。一酸化炭素中毒にさえ注意しておけばこんなに良いものはない。


 これぞ現代知識。これ、商品化できないかな? ま、そんな面倒そうなことしないけど。


「そういえばシンク、お仕事は?」


「今日は休み」


「最近休みばっかりね」


「失礼な、まるで人がサボってるみたいに。冬場の馬賊は暇なんだよ!」


 というよりも馬賊が活動するのは夏の終わりからと秋の終わりまでが大半らしい。冬は仕事がそこそこあって、春はまるまる休みだとか。


「まあ良いけれど。私はこうしてシンクと一緒にいられるし」


「シャネルこそ、先生してこなくていいのかよ?」


「朝ちょっと行ったでしょ?」


 そうだったのか。知らない、たぶん寝てた。かなり長いこと寝てたから、今日。さっき起きたばっかりだ。休みの日って良いね、最高だ!


 平和だ。


 これこそ休日だ。


 シャネルは今日も美人。


「うんうん」


「なに、いきなり笑いだして。変なの」


「ま、良いじゃないか」


 ふと、外から馬のいななきが聞こえた。誰か来たのだろうか。そう思っていると、家の扉がノックされる。


「シンク、いるか?」


 声で分かる。マオ半荘ハンチャンだ。人呼んで『死にたがりの毛』。しかし最近ではその名を返上して、『不死身の毛』と呼ばれている。


 絶対そっちのほうが格好いいよね。


「いるぞー」


「おう、シンク。姉御もこんにちは」


「こんにちは」


 シャネルはここらへんの人からなぜか姉御と呼ばれている。


 たぶん俺の連れだからだろう。馬賊というのはどこかヤクザ的な上下関係がある。義兄弟だとか、盃だとか、目上の人の女は姉御だとか。まあ、そんなところだ。


 べつに俺がハンチャンの目上だとは思わないけど、ハンチャンはなぜかシャネルのことを姉御と言う。たぶん言いやすいのだろう。


「シンク、攬把ランパがお呼びだ」


「ティンバイが?」


「ああ。早く来てほしいそうだが」


「えー、いやだなあ。というか扉しめてくれよ、寒いから」


「どうせすぐ出るよ。お前もさっさと来いよ。攬把は気が短いんだから」


「はいはい」


 シャネルはどうする、と俺は彼女を見る。


「じゃ、せっかくだし私も行くわ」


 ハンチャンはさっさと出ていった。馬で帰っていく。うーん、俺たちは歩きか。


「面倒だなあ、乗せていってくれればいいのに」


「あら、馬って3人も乗れるの?」


「まさか」


 しょうがないのでテコテコと歩いてティンバイの屋敷へと向かう。


 歩くのは好きでも嫌いでもないが、シャネルと一緒ならばある程度は楽しい。シャネルもこの奉天で暮らしてけっこう時間が経ってきたからか、最近では洋人ヤンレンだと蔑まれることが少ない。


 たぶん色々な人がシャネルと俺の関係を知っているからだろう。馬賊の姉御の悪口なんてこの奉天じゃあ口が裂けても言えない。


 ティンバイの屋敷は四合院スーホウユァンと呼ばれるルオの国でも貴人や金持ちが好む伝統的なつくりになっている。その名の通り、東西南北に4つの棟があり、1棟には3部屋と決まっている。周囲には壁があり、中央には中庭がある。


中庭にはティンバイの好みか、これでもかと木々や花々が植えられている。


「榎本シンクだ、ティンバイに呼ばれて来た」


 屋敷の入り口にはいつも見習いの馬賊がいる。


「はい、ただいま開門します!」


 こいつらはいつも元気だ。ちゃんと声を出さないと先輩の馬賊から殴られるからだろう。そういうとこ、馬賊は体育会系だ。というかそれすら通り越して軍隊的?


「可哀想ね、こんな寒いのに外に立ってて」


 シャネルは俺にそう言うが、別に哀れんでいるように見えない。


「まあ、あれがあの子たちの仕事なんでしょ」


 そもそも馬賊にいる見習いたちは、この地方の伝統として親から預けられた者が多い。つまりは獅子の子落としというか、可愛い子にはなんとやらだ。


一人前の男になるために馬賊にいるのだ、殴られるくらいでちょうどいいのかもしれない。


 もちろん、それ意外の子供だっているが。ただ親がいなくて、生きるために馬賊になったような子供。


 かつてのティンバイもそうだったという。


 俺たちがティンバイの部屋に行くと、テーブルの周りを4人の人間が囲んでいた。


 ティンバイ。


 フウさん。


 スーアちゃん。


 あとは糧台リャンタイと呼ばれる炊事係の長だ。


炊事係といえば学校でいうところの給食のおばさんのようなものに思えるが、馬賊に限ってはそうではない。食料を調達してくるのが主な仕事だが、なにせその調達先がすごい。


他の馬賊やらから強奪してくるものだから、いきおい炊事係の連中は百戦錬磨の猛者揃いだ。


「なにせ食料がかかれば人間は死にものぐるいだ、そいつらからぶんどってくるんだから、こっちも本気よ」


 とは、糧台の男のセリフである。


 さて、4人もがん首揃えて何をしているのかと思ったら、なんのことはない。


 ジャラジャラと音がする。


 卓の上には麻雀牌が散乱している。


「おう、小黒竜シャオヘイロン。やっと来たか、ちょっと変わってくれや」


 糧台の男が席を立ち、俺の肩に手を乗せる。


「麻雀?」


「そうだ、ルールは分かるか?」


「いちおう、でも点数計算できないよ」


 役が一通り分かる程度だ。引きこもりのときにスマホのアプリでたまにやっていたのだ。もちろんというか、アニメの影響でやっていたんだけど。


「それで良いよ、変わってくれや。そろそろ夜ご飯の仕込みの時間なんだ」


「良いけどさ」


 でも本場の人たちと麻雀なんてできるかな?


 たしか中国の麻雀ってリーチとかないんだよな。それに役も少し違ったような……。


 なんて思っていると、卓上にはリーチを示す点棒が置かれていた。


「とりあえずよ、メンツが変わったんだ。最初からにしようぜ」


 ティンバイがそう提案する。


「あら攬把ランパったら、負けが混んできたからって」


 フウさんがからかうように言う。


「うるせえ、とにかく仕切り直しだ!」


「あわわ……」


 まったくなんてメンツだと俺は思う。馬賊の長に軍師に占い師まで勢揃いだ。壁際には特攻隊長のハンチャンが背中を預けている。


「ハンチャンはやらないの?」


「俺は賭け事は苦手だ」


「賭け?」


 もしかして、お金かけてんの?


 なんて思っていると、ティンバイはテーブルの上に札束を置いた。


 札束……その紙っぺらには、実際の重さよりももっと、虚栄の質量があるように思えた。



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