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140 魔族の話、そして長屋に住むスーアちゃん


「魔族ね」


 と、シャネルは間髪入れずに言う。


「魔族?」


 魔族って、なんだ?


「魔人だとかそういう言い方もするけれど、人間の身に魔法をかけてその状態を変化させたもの。教会が禁止している邪法のたぐいだけど、たとえばグリースなんかは昔からそっせんして魔族を生み出しているわ」


「魔法をその身にかけた人?」


「ええ、その魔族の王たる人間を魔王というのよ」


「え、魔王!?」


 それってそういう意味だったの?


 てっきり悪魔的ななにかかと思っていた。


 魔王といったらあれだ、俺が最初に復讐をはたした相手、月元が倒したというやつ。でもものの話では次の魔王が現れたとか、そんなことを聞いた。


 そうか、あくまで身体を魔法でいじくった人間の長だから魔王なのか。それならば次の魔王という意味もやっと理解できた。


「私がお兄ちゃんに聞いた話だと、あまりに身体への魔法の付与が強すぎると、その体が奇形へとなることがあるそうよ。そうなれば精神すらも歪んでモンスターになるだとか」


「そうなのか」


「なにかあったの? 魔族とでも会った?」


「あ、いや。それがさ……これ話していいのかな? ティンバイのことなんだけど」


「別に私は誰にも言いふらさないわよ」


「だな。あのな、ティンバイの好きだった人が龍になっていたんだよ」


「龍に?」


「ああ。いやな、俺も確信とかは持てないんだけど、とうのティンバイ本人があの龍はリンシャンさんだって言うんだ」


「変ね……魔族がモンスター化するときは、そんな龍だとかじゃなくてもっと醜い人間もどきみたいなものになるはずだけど。だとしたら……うーん、ちょっと分からないわ。私も全部の魔法を知ってるわけじゃないから」


「じゃああれはリンシャンさんじゃない可能性もあるのか?」


「それは知らないけど。ああ、でも人の魂だとかを他のものに移し替える魔法があったと思うわ。いってしまえば人間の魔人化の応用なのだけど」


「なんにせよ、あの龍はやっぱりリンシャンさんなのか……」


 できればシャネルにはそんな魔法は存在しないと言ってほしかった。


 そうすればティンバイを慰めることができるはずだったからだ。でも現実はそんなに俺に都合がよくできていない。


「それにしてもシンク、どうやら旅は楽しかったみたいね」


「楽しかったか? いやー、大変だったぞ」


「そもそもどうして旅に出たの?」


「ああ、それな。スーアちゃんって娘を俺たちの馬賊に誘いに行ったんだよ」


「スーアちゃん?」


 あ、やばい。地雷踏んだ?


「は、はい」


「女の子?」


「いや、まあ。いちおうね。でもこんなに小さいんだぜ」


 だから恋愛対象にはならない、と言ったつもりだった。


「シンク、もしかして小さい子が好きだったの? ロリコンの人だったのね、そういえばミラノちゃんにもデレデレしてたし!」


「いや、違うって。そういうわけじゃないから!」


「やっぱり私のこれ……大きすぎるかしら」


 おや、シャネルさん。意外にも落ち込みだした。


 というか胸が大きくて悩むとか、世の貧乳さんたちが怒り狂うぞ。


「お、大きのも良いと思うぞ」


「『も』?」


「大きいのが良いと思うぞ!」


「そう、良かった。これが嫌だって言うなら切り落とすところだったわ」


 シャネルならやりかねない。そう思わせる女なのだ。


 やっぱりやべえよな、こいつ。でもそういうのも慣れてきたし、むしろこれくらいおかしい女の子じゃないと満足できない俺がいる。


 ……うーん、俺ももしかしてシャネルに毒されてる?


 そんなふうに朝から楽しく会話をしていると、家の扉がノックされた。


 あんまり乱暴に叩いたら長屋ごと壊れてしまいそうなボロさだ。それを考えてかノックの音はどこか遠慮がち。


「誰か来たぞ」


「こんな朝から誰かしら?」


「さあ、しらね」


 もしかしたら馬賊の誰かかもしれないし、違うかもしれない。


「出てみるわ」


 と、シャネルが扉の方に行く。


 さてさて、誰だろうか。


「あ、あの。お、おはようございましゅ!」


 おや?


 このおどおどとしたカミカミの声は。


「だあれ、貴女?」


「え? あ、あれ? ここ、シンクさんの家じゃ? あ、あの、間違えました!」


「間違えてないわよ、ここはシンクと私の家」


「え? え? え?」


 扉の前にいたのはスーアちゃんだ。


 なんで俺の家に来たのかは知らないが、どうやら俺とシャネルが一緒に暮らしているのは誰にも聞いていないのだろう。


「やあ、スーアちゃん。おはよう」


 俺は奥から姿を出す。さっさと俺がでないと話がこじれそうだったからな。


「あ、シンクさん。おはようございます!」


 ペコリ、とスーアちゃんは頭を下げる。


「この娘がさっき話してたスーアちゃん?」


「そう。えーっと、フォン雛愛スーアちゃん」


 名前は忘れた、名字とあざなだけ覚えていた。


「よ、よろしくお願いします。あ、あの。貴女はシャネルさんですか?」


「あら、どうして私の名前を?」


「シ、シンクさんに教えてもらいました。きれいな人だって聞いてたから……す、すぐに分かりました」


「あら、お上手ね。貴女もとっても素敵よ」


 あ、これまずい。


 俺は嫌な予感がした。


「あ、ありがとうございます」


「とりあえずどうぞ、中へ」


「は、はい」


「ねえ、スーアちゃん。スーアちゃんって呼ぶわね。貴女、可愛らしいお洋服って好き?」


「え?」


「いろいろ着せてあげるわ」


 あーあ、こうなったか。


 シャネルのやつ、ミラノちゃんのときもそうだったが小さな女の子を着せ替え人形にして遊ぶの大好きなんだよな。


 まあいきなり嫉妬して暴力的になられるよりはマシなんだけど。


「シャネル、程々にしておけよ」


「分かってるわよ。ねえ、この服を着てみてくれない?」


「え、あの……」


「気に入ったらあげるから」


 ここでの気に入るというのはスーアちゃんが気にいるのではなく、シャネルが気に入ったら、の意味だ。


「えっと……あのー?」


 スーアちゃんはなにがなんだかわからないよう。


「ほらシンク、レディが着替えるんだから。外に出てて」


「はいはい。スーアちゃん、シャネルも悪いやつじゃないから。ちょっと付き合ってやってくれよ」


 けっきょくその日の昼まで、シャネルはスーアちゃんの服を選び続けた。最終的に青いゴスロリドレスが一番似合おうと思ったようで、


「これ、仕立て直しておくわ」


「はい!」


 意外にもスーアちゃんも気に入っているようだ。


 まあ女の子だしな、可愛らしいお洋服は好きなのかもしれない。


「あら、もうお昼? 3人でなにか食べに行きましょうか」


「そうしよう、あんな饅頭じゃたらないから、もう腹ペコ」青虫だ。(意味不明)「あれ、そういえばスーアちゃん、どうして俺の家にきたの?」


 まだ来客の理由を聞いていなかった。


「あ、はい。あの、私もこの長屋に住むことになったんです。ですから、ご挨拶に」


「そうか」


「よろしくね」


「は、はい」


 人見知りなスーアちゃんだが、シャネルにはすぐに慣れたようだ。


 恐るべしシャネル。意外とこいつ、こういうの得意なのかもな。他人との距離感を縮めるの。俺とは大違いだ。


 ま、そんなこんなでスーアちゃんも近くに住むことになったのでした。



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