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135 とにかく目立ちたがり屋のティンバイ


 シャネルのプレゼントに、俺はきれいな髪飾りを買った。ここらへんの名産らしい、透き通ったべっ甲の髪飾りだ。べっ甲って高いってイメージだったけど、まあまあの値段ですんだ。まあまあの値段っていうのはあれだ、シャネルの買ってくる服くらいの値段だ。


 つまり高いんじゃないか?


 相場を知らんからなんとも言えない。


「喜んでくれますかね?」


「どうだろうな、シャネルの場合は俺からのプレゼントならなんでも喜んでくれそうだけど」


「シャネルさんって言うんですか? 不思議な名前ですね」


「俺と同じ外国人さ、シャネルの場合はドレンスだけどね。知ってるか、ドレンス」


「はい、いちおう。ここよりとっても西の方の国。英雄ガングーの出身地ですよね」


「あ、ガングー」


 出た出た、よく知らないけど名前だけはおなじみの人。


洋人ヤンレンの人、ですか。怖くないですか?」


「怖くないよ」


 いや、怖いか。でもたぶんスーアちゃんの質問と意味が違うだろう。


 そうか、この国の人は洋人を怖いと思っているのか。だからこそあそこまで攻撃的なのだろう。ふーん、そうか。ずっと昔に戦争で負けたとかそういう話だけど。


「優しい人なんですか?」


「まあ」


 俺には、という注釈がつくが。


「きれいな人ですか?」


「まあ」


 好みは人それぞれだけど、容姿に関しては俺のドストライクだ。


 長い銀髪。光にあたるとキラキラする。


 涼しげな瞳。見つめられるとゾクゾクする。


 これでもかと豊かな胸。直視するとドキドキする。


「ちょっとだけ、会ってみたいです」


「はは、そうか?」


 会わないほうが良いと思うけど、いやマジで。だってシャネルってば頭がおかしいし。


 昼が過ぎて街にも活気が満ちてきた。


 俺は人が多い場所はあんまり好きじゃないけど、スーアちゃんはどうなのだろうか。なんだか怖がるように俺の服のすそを掴んでいる。


「あ、す、すいません」


「いや良いよ。はぐれたら困るからな」


 スマホもないから連絡もとれないし。


 なんだか可愛いなあ。


 抱きしめたら気持ちよさそうだ……。あれ、俺いったいなに考えてんだ?


 やべえな、ロリコンがぶり返してきてるぞ。


 よく考えたら俺って割とロリコン気味だったんだよな……でも巨乳も好きだったけど。というか女の子ならなんでも良いの?


 ロリ巨乳のミラノちゃんとか最高だったな。あれでマジモンのエルフだったら文句なしだったんだけど。


「あ、あの……シンクさん」


「う、うん? なんだい」


「あれ……」


 スーアちゃんが指差す方向は……なんだあれ、公園か? といっても遊具なんかがあるタイプのではなく、あっちの世界にもあった自然公園というかそういう感じの場所。


 柵に囲まれて、竹とか普通の木とかが生えている。その公園だけ石畳で、なんだか他とは異質だ。


 どうやらその中に市はたててはいけない決まりらしく、露店はない。


 しかし、なにやら集まっている人たちがいた。


「なんだろうか」


「講談師さんです」


「ああ」


 店をたててはいけないけど、話すだけの講談師は大丈夫なのか。つまりあの公園で講談師の人たちは稼げるわけだな。


 いつも同じ場所にいけば講談師がいるってのは良いと思う。映画館みたいなもんだ。人も入りやすいだろう。


「ちょっと聞いていく?」


 目的のプレゼントも買ったし、あとは帰るだけだった。


 でもここで別れてしまうのももったいない気がして、なにかしらのきっかけを探していたのだ。


「はい」


 良かった、どうやらスーアちゃんもまだ俺といてくれるつもりらしい。というかそのつもりで講談師がいる場所を指さしたのか。


 さてさて、今日はなんの話をしているのだろうか。なんか楽しい笑い話だと良いけど……。


「うわぁ……」


 しかし俺は、講談師に集まっている人たちの中に知った顔を見つけて思わずげんなりしてしまう。


「なあ、おっさん。今日の話はなんだい?」


 その男は誰よりも講談師の男に近づき、なにやら言っている。


「そうさねえ、今日はワン将軍の話だよ」


「ああ? 張天白チャンティンバイの話はしないのかい? あっちの方が人気だぜ」


「そうさねえ、確かに人気なんだが、でも昨日もしたからなあ」


「頼むぜ、おやっさん。ほら、この顔に免じて」


 ……なにしてんだ、ティンバイ。


 というかあいつ、丸いサングラスかけてるぞ。たぶん変装のつもりなんだろうな、顔を知ってる俺からしたら一瞬で分かるけど。


「あ、あの……あれって?」


 もちろんスーアちゃんも気づいている。


「ティンバイだな」


「なにしてるんでしょうか……」


「バカなことやってんだろ」


 というかお前は講談師に話をせがむな、子供か。しかもその内容が自分の話って。目立ちたがりとかじゃなくてそれもうナルシストだぞ。


「王将軍の話なんて聞きたくねえよ。どうせ何年か前のグリースとの戦いの話だろ? もう何百回も聞いたぜ、聞き飽きたぜ。たかだか一回勝っただけの話、なんべんするんだよ。それより張天白の話をしてくれよ」


「そうじゃなあ……」


「そもそも洋人ヤンレンだなんだといつまで言ってるんだよ、バカバカしい。俺たちの父親や爺さんが負けた戦いだろ? それより今を戦ってる漢の話が聞きてえよ!」


「う、うーむ……」


 ティンバイのやつ……押しは強いからな。


 たぶんこのまま自分の話させるんだろうな。でも聞いて面白いか、自分の活躍なんて? 分からん、俺は少なくとも俺の話とか講談でされたら恥ずかしいだけだが。


「なあ、みんなもそう思うだろ!」


 おいおい、ティンバイのやつ。とうとう他のギャラリーをあおりだしたぞ。


「そうだそうだ!」


「張天白の話をしてくれ!」


「そっちの方が面白いぞ!」


 みんな乗るし……。


 あれよあれよと言う間に張天白のコールが始まる始末だ。


 やれやれ、見てられないぜ。ティンバイのやつ、あんまり周りに迷惑かけるなよ。


「おい、ティンバイ!」


 俺は思わず叫ぶ。


「うん? あ、なんだ兄弟か。それにそっちは……ほう、フォン先生シェンシャオか。奇遇だな」


 ティンバイは黒い丸メガネを外す。すると獣のような眼光がのぞかせていた。別に怒っているわけではない、もともとこういう顔だ。


 でもスーアちゃんは怖がるように俺の後ろに隠れた。


「張天白!」


 誰かが気づいたようだ、いままで自分たちをあおっていた男こそ張天白その人であるということに。


「その目、ちぎれた右耳、アイヤー! 本物ヨ!」


「はっはっは、そういうことだ! なあおっさん、もう一度言うぜ。この顔にめんじて、な? 今日の講談はこの俺様の話にしてくれ」


「分かりました! えー、ではではお立ち会いの皆々様!」


 やべ、逆効果だった。


 むしろティンバイが正体を現したことで場の盛り上がりは最高潮だ。あんまりにも盛り上がっているものだから、周りからどんどん人が集まってくるしまつ。


 ティンバイのやつは嬉しそうだ。


「ここにおられるのは皆様もご存知、東満省の英雄、かの大馬賊の大攬把ターランパ、性はチャン、名は作良ヅォリャン、あざなは天白ティンバイ。人呼んで『魔弾の張』だ!」


 わっと歓声があがる。


 ティンバイは景気づけにとモーゼルを取り出し、上空に向かってご自慢の魔弾を打ち上げた。


 魔弾は真昼の空に、まるで花火のように広がった。


「おやおや、そちらにおられるのは? 黒髪黒目に大剣を担いだその姿! もしや、最近売出し中の小黒竜シャオヘイロンではありませんか!」


 また歓声がわく。


 俺は顔から火が出るほどに恥ずかしい。いったい何人くらいの人が集まっているのだろうか、100人はかるく越えているだろう。


 観客は俺たちの間と不思議な距離をとりながら、押し合いへし合い視線を送ってくる。


「この小黒竜、なにを隠そうあの李小龍リーシャオロンのお弟子さん。そう、あの魔片戦争の英雄、李小龍だ! どおりでお強いわけ! 『魔弾の張』と『小黒竜』さえそろえば向かうところ敵なしだ、東満省のみならず、今に長城の先までも統治することでしょう! なんとこの前の戦いでも――」


 前口上もそこそこに俺たちの活躍が大げさに語られる。


 その話の中で俺は何度も死にかけるし、その窮地を颯爽とティンバイが助ける。まあ主人公はティンバイというていで語られてるからな、俺が引き立て役でも仕方ないけど。


 でも物語の中の俺ちゃんってば格好いいんだぜ。


 なにせティンバイの考えに賛同してわざわざ異国の地から駆けつけてきたんだから。どうも設定だと俺たちは幼い頃に義兄弟のちぎりを交わしたことになっているらしく、古馴染みの親友のために海を超えた俺は真の義賊なのだそう。


 ま、褒められるのは悪い気持ちじゃない。


 でもさ、不思議なんだけど俺の情報とか、誰が流してるんだろうか?


 ……たぶん勘だけど、これティンバイが自分で流してるぞ。目立ちたがり屋のティンバイのことだ、さもありなん。


「面白いですね、2人とも仲良しで。このお話しって本当なんですか?」


「半分ウソだよ」


「でも素敵です」


 スーアちゃんはパチパチと手を叩いている。まあ、楽しそうなら良いか……。


「それでよ、兄弟。なんで鳳先生と一緒にいるんだ?」


「ま、色々とな。デートしてんだよ」


 適当に言う。


 たまに適当なこと言うよ、俺。悪いくせだ。


 スーアちゃんは恥ずかしそうにうつむいた。


「なだ兄弟、思ってたよりも手が早いんだな。良いことだぜ、ただあの美人さんに刺されないようにしろよ」


「まったくだ」


 シャネルならやりかねない。


「ちょっとこっちにこい」とティンバイに言われる。


 俺たちは講談から少し離れる。みんな講談に夢中で、ティンバイが離れたことに気づいている人は少ない。なにか思ってもわざわざ声をかけるのは失礼だと思っているのだろう、こちらを見ているだけだ。


「なんだ?」


「兄弟、鳳先生をまた誘ったのか?」


「まあ」


「で、どうだった?」


 なんだよ、昨日はあんなに言ってたくせに。やっぱりティンバイもスーアちゃんには未練があったのだな。たしかに俺たちにいま一番必要なのは優秀なブレインだからな。


「微妙だな。俺の見立てだと、あの子は口で言うほどに諦めちゃいない」


「だろうな、俺様もそう思うぜ」


「だけど俺にはちょっとスーアちゃんを説得できないかな」


 優しくするくらいはできたけど。


「スーア? なんだ、もうあざなで呼ぶ関係かよ。なら兄弟、いけるんじゃねえのか? そのままよ、惚れさせりゃあよ。あっちからついてくるぜ」


「気軽に言ってくれるなぁ……」


 こちとら童貞だぞ。


「無理か?」


「じゃあティンバイがやれよ」


「俺様には心に決めた女がいる」


 冗談抜きの顔だ。


 くそ、こういうこと言われるとなにも言えないぞ。


 あれ、つうかもしかして……。


「なあティンバイ。ちょっと話の腰を折るぞ」


「なんだ?」


「お前……童貞か?」


「ああ」


 はあ?


 マジで? こいつ童貞なの? うわ、なんかあれだな。一気に親近感わいたわ。


 でもこいつ、こんなイケメンなのに童貞とか頭おかしいだろ。女なんて入れ食いだろ。うわ、やばすぎ。なんか変な優越感。イケメンで童貞とフツメンで童貞ならイケメン童貞の方がやばい気がするぞ。


 あ、いや。俺もイケメンだけど。自称だけど。でもシャネルは俺のこと格好いいって言ってくれたかな? あと田舎のおばあちゃんも俺のこと格好いいって言ってくれた。


「とはいえ、性行為の経験はあるぞ。さすがにな」


「はあ?」


 なんだそれ。


 童貞じゃないじゃないか。


 詐欺だ、詐欺。


「いいかよ兄弟、童貞ってのは性行為の有無じゃねえ。心の持ちようさ」


「うざっ」


 心の底から声が出た。


「はっはっは、つうわけで俺様たちは同じだな兄弟」


「うるせえ!」


 童貞ちゃうわい!


 童貞だけど……。


「ま、なんにせよ俺様には無理だな。そもそもあんなチビちゃんはお呼びじゃねえ」


「はいはい、俺にも無理だよ」


「なあに、決めるのは鳳先生さ。そうだろ?」


「もっともだ」


 外野がどうこう言うほどのもんじゃないだろう。


 スーアちゃんは興味深そうに講談師の話を聞いて、時折笑っている。可愛い女の子だ、だからこそ、悲しい思いだけはしてほしくなかった。



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