122 死にたがりの男
その日、奉天の周囲にいた張作良天白の配下である馬賊の大半が集められた。
「行くぞ、お前ら」
ティンバイの乗る黒毛の雄々しい馬が俺たちの先頭をかける。
俺はそれに後ろからついていく。
そして、俺の隣には陰気臭い表情をした男がいる。
「……」
「なあ、あんた」
俺が話しかけても男はなにも言わない。
ちらっと俺に視線をくれると、すぐにまた前に向き直る。
まったく、俺だってコミュ障だけど話しかけられたら返事くらいはするぞ。いきなりだとどもるけどね。
大平原を馬が走る。
そのどれもを、これから死地に乗り込む男たちが険しい表情でまたがっている。
黄砂が吹いた。
俺はシャネルにもらった黒い頭巾で顔を守る。もともとシャネルの服の一部だったのか、甘い残り香がした。
俺たちはいま、決戦の舞台へと歩を進めていた。
敵はティンバイと同じ東満省の大馬賊、『白狼の王』と呼ばれる男だ。その手下の数は1000人とも2000人とも言われている。
対してこちらは『魔弾の張』。
馬賊は一端になれば誰からともなくあだ名で呼ばれるようになるのだという。いうなればあだ名がついて一人前だ。
俺にはまだあだ名がない。
しかし隣の男にはある。
いわく、
『死にたがりの毛』。
その死にたがりは、むしろもう死んでいるのではないかと思えるほどうつろな瞳で馬に乗っている。
俺はこれから、この男と一番槍として敵地に乗り込む。
この男と、といったが厳密にはそれは競争だ。
俺とやつ、どちらが早いかを競うのだ。もちろん戦いでどちらかが死ねば生き残ったほうの勝ちとなるが、そんな勝利にはなんの意味もない。
生き残り、かつこの男に勝たねばならぬのだ。
……にしてもなあ。
俺は頭巾で隠れた表情で思う。
なんで競争なんてすることになったのか。
俺はその経緯を思い出す。
――そう、最初はティンバイの言葉から始まったのだ。
「今度のケンカはシンク、またてめえが先駆けをやれ」
「そのつもりだったけど」
もともとそういう話だったし。
「だが1つばかし問題がある」
「なんだ?」
俺はそのとき、ティンバイの屋敷にいた。何度か来たことのあるティンバイの部屋だ。
馬賊としては珍しく、俺たちは酒ではなくお茶を飲んでいた。
思えばティンバイが酒を飲んでいるところは見たことがない。
「いちおう俺たちの馬賊にはもともと先駆け役のやつがいる。毛ハンチャンってやつだ。こいつがなかなか扱いにくいやつでな、とにかく独断専行をする。まあその結果として先駆けをやらせてるわけだが、俺にはどうもやつが捨て鉢にしか見えなねえ」
「捨て鉢ねえ」
やけくそ、みたいな意味だった気がする。
「それでついたあだ名が『死にたがりの毛』だ」
「死にたがり、そりゃあ凄まじいな」
「ああ。実際あいつのやり方じゃあそのうち死んじまうだろうな。そうなれば士気はガタ落ちだ。曲がりなりにもこれまで先駆けとしてやってきたハンチャンだ」
「死んだとなればみんなショックを受ける、か」
「そういうことだ。恐れを知らぬ馬賊には弾もよけてくれる、なんていう言い伝えがあるがあいつの場合は恐れうんぬんの話じゃねえんだよ」
「それで俺にどうしろと?」
「ハンチャンと馬を並べろ。それでお前が先に駆け抜けろ。そしたらあいつも考えを変えるだろうさ」
「かえるかぁ?」
そんな単純な話だろうか。
「あいつに教えてやりな、本当の馬賊ってもんを」
「俺が本当の馬賊かよ」
「ああそうだ、てめえは俺様と2人で戦った。あれができる時点で真の馬賊さ」
まったく、買いかぶってくれる。
だが悪い気分じゃない。
――と、いうことがあって。
現在だ。
俺はもう一度となりにいるハンチャンに話しかける。
「なあ、ハンチャン」
やっぱり無視された。
と、思ったら、
「人のあざなを勝手に呼ぶな」
しゃべったー。
でもなんだ、あんまり友好的ではなさそう。
ハンチャンは30歳くらいだろうか、青春と呼ばれるような期間はとうにすぎて、しかし歳をとったわけでもない。若さと渋さの間で揺れ動く微妙な年齢くらいだろう。
すすけた黒髪は男にしては異様に長く、後ろで縛ってある。
岩のように固く浅黒い肌には無数の傷が。
これでもかとついた筋肉は典型的な馬賊を思わせる。他と違うのはあまり陽気ではないことだろう。
俺はべつに陰気なやつは嫌いではない。
そもそもが俺も陰キャだったし、ペラペラと喋りかけられるよりはある程度は距離をおかれたほうが楽だ。
しかしハンチャンはあんまりだ。他人と距離をとりすぎている。聞いた話ではみんなから浮いているらしい。
そういうのってよく言えば男らしくて寡黙だとけ、悪く言えばコミュ障だ。
本人は孤高とでも思っているのだろうか、でも他人と話すことって別に悪いことじゃないんだ、意外と楽しかったりする。だからハンチャンも試してみれば良いのに、と俺は思った。
「なあ、友達になろうぜ」
と、俺は言ってみる。
バカか、という顔をされた。
俺もそう思うよ。
奉天の街からどれほど離れただろうか、戦闘は野戦にておこなわれる。
これは馬賊の戦いとしてはいたって普通のことだという。相手が悪逆非道であるならばその根城に押し入ることもある。しかしこういった大きな戦いとなれば、街での戦闘は絶対にさけるのだ。
理由は2つ。
1つは街で戦えばそこに住む人たちにも危害が加わるから。
そしてもう1つは勝利したほうが相手のなわばりをそっくりそのまま奪えるからだ。そのため街などは極力手を出さず、無傷にしておく。
馬賊には自警団の側面がある。だから普通の人々というのは馬賊にとっては守るべき対象なのだ。それを傷つけるようなことをすれば、そいつらはただの匪賊だ。義賊ではない。
荒野のはてに、大勢の敵が見えた。
「止まれ!」
と、ティンバイは声を張り上げる。
馬賊たちは全員、一斉にとまる。息の合った動きだ。
「お前たち、とうとう決戦だ」
いったいどれほどの馬賊がいるのだろうか――100や200ではきかない。
ティンバイの手下は総数3000人というが、その全てがここにいるのだろうか?
平野を埋め尽くすような人、人、人。そして馬、馬、馬。誰もが騎乗しているためもあって簡単に人数が予想できない。
「やつらは俺たちへの恭順を示さなかった、それどころかこのあたりに魔片をばらまいて荒稼ぎまでしている。俺たちは義士である、義によって弱き者を助ける。それが俺たち馬賊のやり方だ。だがやつらはどうだ、民草から多額の税金を搾り取り、自分たちの私腹を肥やしているだけだ。そんなやつらを俺は馬賊とは認めない」
もともと、この戦いはティンバイが『白狼の王』を自らの配下に加えようとして起こった戦いだ。
ティンバイは長城を超えるための戦力を欲しがっていた。
そこで、東満省でもティンバイに継いで実力のある王攬把に同盟という名の服従を求めたのだ。
だがそれではい分かりましたと頷く相手でもなかった。
そのため、この戦いはおこった。
もちろん双方にメリットのある戦いだ、これで勝った方は相手の馬賊を取り入れて、押しも押されもせぬ東満省の大攬把となる。
そういう意味でも決戦なのだ。
これが、この長城からこちら側の覇権を決める戦いなのだ。
「正義は我々にある!」
ものは言いよう、とまでは言わないが。ティンバイは口が上手いと思う。
ようするに自分の勢力を拡大したいというのが本音でも、こうして相手に否があるように言われれば、いやがおうにもやる気がでるというもの。
誰だって悪役よりも正義の味方のほうが好きだろ?
「先駆けはハンチャン、エノモトの2人だ。全員、あとに続くぞ!」
ハンチャンがモーゼルを抜き前にでる。
俺も剣と拳銃の両手持ちで前にでる。
ハンチャンがちらりとこちらを見た。しかしその目にはまったく生気というものが感じられなかった。まるでもう死んでいるようだ。
「行くぞ、全軍進め!」
ティンバイの号令で俺たちは馬を駆け出させた――。
キャラクターが増えてきたので、近々キャラクター紹介みたいなのを作りたいと思っています




