116 馬賊の戦闘
川沿いをしばらく登っていると、両岸に丸太が打ち込まれている場所があった。
「ここだな」
と、ダーシャンは馬を降りる。
ドスン、と重たそうな音がした。
「ここがその木材泥棒たちの稼ぎ場か?」
「そうだ、ここに縄をはって木をせき止めるんだろう。……やつらの根城がこのあたりにあるはずなんだが」
といっても見渡すかぎりの荒野だ。
こんな場所に住んでいる人間なんているのだろうか?
どうやら相手のアジトまでは分かっていないようで、集まった馬賊たちはキョロキョロとあたりを見回している。
「とりあえずこのあたりを探索するか」
ダーシャンが言う。
でも、俺にいい考えがあった。
「任せてくれよ」
「ああっ?」
俺も馬車を降りる。そしてついている丸太に近づき、そのニオイを嗅ぐ。
スキル『女神の寵愛~嗅覚~』を発動させた。
「うん。うんうん、よし覚えたぞ」
なんというか妙なニオイがした。冷蔵庫の中に3年くらい放置して腐った豚肉みたいなニオイだ。
そのニオイの方向を警察犬よろしく嗅ぎ分ける。
「なんだ?」
「あっち、だな」
俺はニオイの方向を指差す。
「なんでてめえ、なんで分かる? まさか占い師か?」
「そんなわけないだろ。スキルだよ、スキル」
「……スキル?」
え、知らないの?
やばいでしょ、この国の人たち。スキルも知らないのか。そういえば魔法を使える人もほとんどいないみたいだし、もしかしたらルオの国は魔法なんかじゃなくて科学技術を発達させてきたのかもしれない。
「なんでもいいからさ、とにかくついてこいよ」
俺はまた馬に乗る。ダーシャンは半信半疑という様子だが俺の言う通りについてきた。どうせ当てはないから信じてみようというところだろう。
しばらく進むと、村があった。
貧乏そうな村だ。
「でかしたな、お手柄だ」
別にこのデブに褒められても嬉しくない。
「あそこの村なのか?」
見たところ普通の村っぽいけど。でもまあ馬賊だってどこかに寝るところが必要なのだろう。だから村に住んでいても不思議ではない。
「ありゃああきらかに最近作られた村だな。つまり中にいるのは匪賊の一団だけだ」
なんでもいいけど馬賊と匪賊って違うのだろうか。
ま、いまは聞かないけどね。
「悪い奴らの村ってことだ。
「そういうことだ。よし、お前ら行くぞ! やつらは皆殺しだ! 一番槍は功労者のシンク、お前だ」
ダーシャンが俺を指差す。
「え、俺?」
一番槍ってあれだよな、つまりは最初に相手の陣地に突入する人。
さてはダーシャンのやつ、またイジワルで俺に嫌な仕事を与えたな。と思ったらどうやら違うよう。
他の馬賊たちも、
「頑張れよ」
と、応援したり。
「死ぬなよ」
と、心配したり。
「あーあ、俺もやりたかったなあ」
と、ちょっと羨ましそうにしている。
どうやら馬賊にとって一番に突撃することは限りない名誉なことのようだ。なんて命知らずのやつら。でもそれは素晴らしく男らしい。
俺は先頭に立たされる。
「お前のタイミングでいいぞ」
と、ダーシャンが後ろから言ってくる。
あ、タイミングなんて言葉知ってるのね、なんて思う余裕はほとんどない。それでもそんなふうに思ってしまうあたり、俺はあんがいこの状況を楽しんでいる。
後ろを見ればたくましい男たちが。
ここは男の世界なのだ。
そして俺もいま、その中にいる。
「行くぞ!」
俺は叫んだ。
そして馬を走らせる。
馬術だってとうぜん武芸の一つだ。『武芸百般EX』のスキルは俺にほとんど乗ったことのない馬を達人のごとく扱わせる。
「うぉおおお!」
右手に剣を。
左手にモーゼルを。
俺の後ろには50人以上の馬賊たちがついてくる。しかしその誰よりも俺は早い。
村に近づくにつれて、何事かと村のやつらが出てくる。そいつらは全員、勝手に木材を奪っていく悪いやつだなのだ。
容赦はしない。
俺は馬で駆け抜け、そのまま手近にいる男の首を一太刀で落とした。
村の中はパニックだ。しかし中にはやはり反撃にでようと馬を出してくるやつらもいる。
俺は剣とモーゼルで応戦する。
すぐに後ろから50人以上の馬賊たちが押し寄せてくるというのに、相手も逃げない。戦うつもりなのだ。
だからこそなおさら容赦はない。
こういうを多勢に無勢というのだろう。まるで画用紙にぶちまけた絵の具が広がるように、村にいた悪い奴らは体から血を出してどんどん倒れていく。
決着はすぐについた。
俺たちの圧勝だった。
「やったな、シンク」
と、ダーシャンが言ってくる。
「おうよ」
「……お前、なかなか強いな」
「いまさらかよ」
「よし、お前は俺のことをあざなでダーシャンと呼ばせてやる」
「いまさらかよ」
いままでもそう呼んでただろ。
ダーシャンは豪快に笑った。
さて、相手を全員殺してしまうと、次に盗まれた木材を調べる作業が始まった。村の一角にはご丁寧に丸太や建材が大量に積まれていた。
「これを持ち主に返すの?」
「いや、これは全部俺たちのもんだ。攬把に献上する。こいつのもともとの持ち主は匪賊が消えただけで万々歳だろうさ」
「ふーん」
どうやら馬賊というのはそういうものらしい。
いわゆる義賊とは違ってもらえるものはきっちりもらっていく、と。まあその方が後腐れないか。あんまり甘い顔ばかりしても舐められるのかもしれないし。
「それにしてもシンク、お前、剣で戦うのか?」
「うん、悪いか?」
「悪いとは言わねえけどよ、まさかそれが飾りじゃないとは思わなくてよ」
ダーシャンの持つ青龍刀は飾りのようだ。一回も使っていなかった。
「もしかしてそれ、キャラづけなのか?」
「う、うるせえ」
どうやら図星のようだ。
まあそうだよね、青龍刀を持った馬賊って言われたら目立つもんだ。キャラ付けとしてはこれ以上のものはない。
「ま、なんにせよ帰るとするか。こいつを運ぶのは今日は無理だ」
「そうだな」
大型トラックでもあれば楽だろうけど、そんなものないだろうし。
俺たちは来たときと同じようにぞろぞろと並んで川沿いを行く。奉天の街に帰るのは夜になるだろう。
俺は静かになった村を振り返る。
あそこには生きている人がさっきまで居たのだ……。それがなんだか鏡の中を見るようで、俺には現実感がない。
もしかしたら俺はいつか今日の日の人殺しを後悔するかもしれない。
なんとなくだけど、そんなことを思ってしまったのだった。




