115 馬賊の仕事
馬賊の仕事はおもに2つ。街中では見回りなどをして犯罪の抑止。外では他の馬賊などとの抗争。基本的に馬賊には支配地域があり、そこでおこった問題を解決するのだ。
警察、というよりはヤクザやギャングのような無頼のやからの仕事に似ている。というかそのもの。
もちろんそのぶんみかじめ料はとっていて、馬賊の主な収入源はこれだ。あとは張はやらないそうだが、魔片を売りさばくような馬賊もいるとか。あとは人質をとってお金と交換したり。まあ、悪いやつはだいたい友達、ってやつだ。違うか。
でも俺はそういった仕事はいっさいしてこなかった。
馬賊に入って数日、毎日たいしたことをせず、これでいったいいつ手柄をたてれば良いのかと疑問に思っていたほどだ。
だがそんなある日。
「おいシンク」
朝、いつもどおり酒場に入った俺に、ダーシャンがいきなり言ってきた。
「なんだよ」
「お前、馬は持ってるのか?」
「馬? いや、ないよ」
よく考えたら馬賊の一員になったのに馬ももってないっておかしな話だな。
「そうか、持ってねえのか」
ダーシャンはニヤリと笑った。それはそれは悪い笑い方だった。俺はその笑い方をよく知っていた。これはカツアゲするやつの笑い方だ。
「やっぱり持ってなくちゃダメか」
「ダメってわけじゃあねえよ。持ってねえ馬賊だってたくさんいるからな。でもまあ持っておいたほうが良いのはたしかだなあ」
むむ、これはぼったくられるやつか?
たしか昔、イジメで石ころを高値で買わされたことがあった。買わされた、というか無理やりね。これは正当な取引だからカツアゲじゃないんだ、とそういうことだ。
あのときは石ころ1つで1万円だったからな。馬なんて買わされたらいくらになることやら。
俺は警戒しつつも、
「そのうち買っておくよ」と言う。
でも馬の世話なんてできるかなあ……。
「いや、そのうちじゃダメなんだよ、これがな。今日のところは俺が生きのいいのを一頭貸してやる」
「今日?」
「おうよ、そうだぜ。おい、野郎ども! 出陣だぜ、さっさと準備しな!」
ダーシャンの言葉で、酒場の中で寝ていた馬賊どもは飛び起きた。
こいつらは毎晩バカみたいに飲んで、ここで寝たりしている。ひどいもんだ。
でも号令がかけられてからの動きは素早い。数分後には全員が馬賊の正装ともいえる皮の服。コートとはちょっと違うけれど、それに似ている。そしてその体にはたすき掛けにモーゼル拳銃の弾がぐるりと巻かれている。
「すげえな」
こうしてしゃんとした馬賊を間近でゆっくり見るのは初めてかもしれない。いつも戦闘中で、そこまでの余裕はなかった。
「おいシンク、モーゼルは持ってんのか?」
「あ、いや。それもない」
「じゃあ貸してやる。その変わり、報酬の4割は俺のもんだ」
「ぼってない?」
「あったりめえだろ!」
他の人の顔を見るに、どうやら4割というのは正当な分配らしい。分かった、と俺はそれに頷く。
別にモーゼルを使うつもりはなかったが、あって困るものではないだろう。戦場では剣よりもリーチの長い拳銃の方が有利なはずだ。
「よっしゃ、お前らいくぞ!」
酒場の近くには厩があって、そこには何頭もの馬がずらりと並んでいた。ダーシャンはその中から一頭の馬を俺にあてがう。
「ずいぶんとやせっぽっちの馬だなあ」
「てめえと同じさ」
「で、そっちがダーシャンの?」
「おうよ。みろよ、この筋骨隆々のたくましい馬を! なんせモンカル産とソイエト産の混血児だからな、千里を走っても息一つきらさねえぜ」
「ふーん」
いるよねー、自分の持ち物のスペックを自慢したがる人。
「東満省ひろしと言えど、俺の馬よりも良い馬をもっているのは大攬把、張天白くらいのもんさ!」
「なんでもいいけどよー、ダーシャンが馬に乗っても大丈夫なのかよ」
この男、デブのくせにおまけに背中に巨大な青竜刀まで担いでいるのだ。
「うるせえ!」
ダーシャンが馬に乗ると、馬は重たそうに沈み込んだ。それでもさすがは自慢するだけはある、馬はきちんと歩きだした。
俺も自分の馬に乗る。
乗ると馬はまるで俺に語りかけようとでもするように首をこちらに向けた。
なんだか優しさと悲しさを同時に詰め込んだような複雑な目だった。
「いけるか?」
俺は馬に問いかける。
すると馬はフゥーシュー、と小さく、しかし力強く鼻息をもらす。どうやらやる気はあるようだ。
厩から続々と馬が出ていく。先頭はダーシャンだ。俺は新入りで一番下っ端。したがって最後となる。
奉天の街は広いが道は狭い。いつも人や一輪車でごった返している。こんなにぞろぞろと馬が出ていって大丈夫だろうか?
でもそれは杞憂だった。
「どうも、どうも! みなさんどうも、わたくし張作良天白が一の子分、馬大山です!」
ダーシャンがそういうと、街の人たちは快く道をあけてくれた。
「いまからこの街の外で悪事を働く匪賊どもを成敗しにいきます! 相手は数も多く猛者揃いです。しかしどうぞみなさん、ご安心ください。わたくしのこの青竜刀にかかれば、赤子の手をひねるようなものですので!」
まるで選挙カーのようにダーシャンは自分の名前を連呼する。とにかく名前を覚えてもらおうというこんたんなのだろう。
まったく、ティンバイといい馬賊ってのはみんな目立ちたがり屋なのか?
そんなこんなで街の外へはスムーズに出ることができた。
よく考えればこうして街の外に出るのは久しぶりだ。
「荒野だなあ……」
街の中はあんなにも都会(都会か?)なのに、一歩城壁の外に出ると見渡す限りの荒野だ。
ちょぼちょぼと畑みたいなのもあるけど、しかし土地はどうみても痩せている。
おまけに――
乾いた音がして風が吹く。するとあたり一面を黄砂が舞った。
「これだよ、これ。ゲホッ、ゲホッ」
みれば他のみんなは頭に布のような頭巾を巻いている。黄砂よけだろう。
「なんだお前、布の一つもないのか」
ダーシャンが言ってくる。
「うん」
外に出るまで忘れていたのだ。
「そいつは今度出るときは用意しておくことだな。もっとも、この戦いで死んじまうんならその必要はないがな!」
はっはっは、とダーシャンは1人で笑う。
まったく嫌味なやつだ。
「それで、俺たちはいったいどこに向かってるんだ?」
「ああ、そういえば言ってなかったな」
馬を進める。どうやら街の外に出れば見ている人もいないからか、馬賊たちはそれぞれ自由に馬を歩ませている。整列していたのは最初だけだ。
俺はダーシャンの馬と並ぶ。他の人たちは俺たちについてきているからなんだかツートップみたいになっている。
「川の上流にな、木材を伐採している場所があるんだ」
「うん?」
しばらく馬を進めていると、大きめの川が見えてきた。奉天の街はすぐ近くに川があるのだ。
そのくせ周りは荒野で、この川があったからこそなんとか繁栄してこられたのだろうということは容易に想像できた。
「上流で伐採された木材はな川を流して下流のここまで届けられる」
「へえ」
そりゃあそうか、車とかがないからな。木材を運ぶなら川を流すのが効率も良い。おおかたアミだかネットのようなものを使って流れてきた木材をキャッチするのだろう。
「だけどそれがだな、ここ最近は量が少なくなってきたんだと」
「切りつくしたか? 森林伐採は地球温暖化の原因だぞ」
「なに言ってんだ、てめえ。量が少なくなった理由は1つ。誰かが途中でかすめ取ってやがるんだ。それで調べてみるとよそ者の匪賊どもが徒党を組んで木材を奪っていってるじゃねえか」
「そいつはあれだな」
あれだ。
悪い奴らだ。
「まったく張天白の縄張りでふていやつらだ。やつらはだいたい30人くらいの団体で川を荒らしている」
「30だって?」
こっちよりも多いじゃないか。
俺たちは10数人だぞ。
「数は多いが戦えるやつらは少ねえよ、心配すんな」
「別に心配はしてないけどさ」
「それを知って黙ってる攬把じゃねえ。というわけで、俺たちが駆り出されたというわけだ」
「でもさあ、そういうカチコミって多い数でやるもんじゃねえの?」
単騎で敵の集団に乗り込んで相手を倒す、なんて漫画の中だけの話だ。
「そうだぜ」
しかし俺たちは10数人だ。
ぜんぜん多くない。むしろ少ないくらいだ。
俺は大丈夫だ。『5銭の力+』があるから死ぬようなことはない。
でも他の人は……。
そんなふうに心配しながら川を登っていく。
するとどうだろうか。
「――あれ?」
「どうした」
「なんか増えてない?」
いつの間にか俺たちの後ろについてきている馬賊の数が多くなっている。
なにかの間違いかと思って数を数える。
……気のせいではない。
どう数えても20人以上はいる。
「いつの間に」
「はっはっは!」
ダーシャンは豪快に笑った。
そのあとも馬賊の数は少しづつ増えていき、最終的には50人を超えた。
いろいろなところから集まってきた馬賊たちが、川沿いをあがっていく俺たちに合流しているのだ。
「こいつは驚いた」
奉天を出たときは少なかった俺たちが、まさかこんな大所帯になるとは。
「だろう? 俺たちの攬把には手下が3000人もいるんだ。一声かけりゃあこんなもんだぜ」
ついてくる馬賊たちのみな精悍なこと。どいつもこいつも獣みたいな目をして、いまにも暴れだしそうなくらいに殺気立っている。
これが全てティンバイの手下なのだ。
(思ったよりもすごいやつなんだな、本当に)
俺はもう一度だけティンバイを見直したのだった。




