113 馬賊入隊、そして奇妙な再会
「なあ、おかしかないか?」
「うん、大丈夫よ。すてきすてき」
シャネルは俺の服装を上から下まできちんとチェックして、指で丸をつくった。
「じゃあさ、行ってくるけど」
「はいはい、頑張ってね。あ・な・た」
ぞっとした。
いや、別にシャネルが嫌いだからとかではない。シャネルの言葉が冗談に聞こえなかったからだ。
現状を確認しようじゃないか。
俺たちはティンバイが頭目をつとめる馬賊団に入った。いや、厳密にいえば俺は、だ。シャネルはあくまでオマケ。そしてそのための活動場所として家をあたえられた。家といっても長屋だ。つまりは貧乏アパートというべきか。
壁なんて薄皮一枚って薄さで、隣の家――というか部屋?――の人が咳をしただけで丸聞こえなのだ。
けれどタダで入居しているし文句は言えない。
そして今日、俺は初めてその馬賊のやつらと顔合わせをすることになっている。ティンバイと再会してはや1週間ほど、とうとう年貢の納め時だ。俺は仕事にでなくてはないのだ。
感覚的にはあれね、バイトの初日みたいな感じ。
いや、アルバイトとかしたことないけど。
「うー、緊張するなあ」
「大丈夫よ、シンクなら打ち解けられるわ」
「そうだろうか」
そんな気はまったくしないが。
簡単に誘いに乗ったことをいまさら後悔した。だって俺コミュ障だし、初めて会う人とうまく話なんてできっこないんだ。
そもそもティンバイもティンバイだ。あいつが誘ったんだから、朝に迎えの一つでもよこすべきじゃないのか? それを勝手に来てくれってそれじゃあ釣った魚に餌をやらないようなもんだ。
しかしティンバイいわく、
『いきなり来た新入りが今日から俺様の右腕です、じゃあうまくねえだろ?』
とのことだ。
たしかにそういうのは分かる。
いくら俺に実力があっても、そこは人間だ。心というものがある。まずは周りの人に認められることから始めなくては。
「でもそれが一番苦手なんだよなあ……」
「なにが?」
「いや、だから人に溶け込むの。なんかいい方法ない?」
「知らないわよ」
だろうね。
そもそもシャネルって俺に会うまではどうしていたんだろうか、仕事とかしていたようには思えないけれど。あの森の中の村で平和に暮らしていたのだろうか。うーん、村の人とうまくやっていけていたのか? ミステリーである。
「とにかく俺いくからさ」
「はいはい」
「あのさ、いってらっしゃいのキスとかないの?」
とりあえず言ってみる。
言ってから自分で恥ずかしくなる。
「ほしいの?」
シャネルは目を細めた。
「冗談」
ぶっきらぼうに言う。
「あらそう、もし欲しいならしてあげたのに」
「欲しいです!」
やった、キスしてもらえるぞ。
と、思ったら隣の部屋からドン! と、音がした。いわゆる壁ドンだ。うるさかったのね。
シャネルが肩をすくめる。
「帰ってきてからね」
「……はい」
そうか、帰ってきたらキスしてもらえるのか。よし、それを目当てに頑張るぞ!
いってきます、と家を出る。
シャネルは外まで見送ってくれて手を振ってくれた。
なんだか見送りって気恥ずかしいけど嬉しい。
俺はゴミゴミした奉天の街を歩く。
「キスかぁ……」
思わず口にだしてしまう。
キスってよく考えたらしたことあったか? あったな。いや、でもちょっと怪しいぞ。キスねえ。やっぱりあれかな、普通のキスかな? そういうのプレッシャー・キスっていうよね。
でも俺としては大人のキスをしたいところ。ディープ・キスってやつね。
うーん、まあそれはそのときの流れでしょ。
もしかしたらそのまま押し倒して、とうとう童貞卒業なんてことになるかも!? やべ、想像しただけで興奮してきた。
「ぐへへ」
なーんて思っていると、目指していた酒場についた。
この酒場に俺の上司になる男がいるらしい。
ティンバイは俺が思っているよりもすごい馬賊だった。手下の数は3000、とこれはもしかしたら誇張が入っているかもしれないが、でも奉天を根城にここら一体をすべているのは確かのようだ。
そんな大所帯の馬賊ともなれば、団員を一箇所に集めることはそうできず、それぞれが10数人のグループで街のあちこちにいるらしい。もちろん奉天の外にも手下はいるだろうが。
で、俺はとりあえずこの酒場にいる男の元で働く。そして手柄をたてれば自然な感じでティンバイが取り立ててくれるそうな。
「すいませーん」
とりあえず中に入る。
酒場だからね、こんな朝からはまだやっていない。と、思ったら中にはもう酒をかっくらっている男たちがいた。
「ああ、なんだてめえ?」
いきなり睨まれる。
おっかねー。
「あ、あのー。ここに馬さんって人がいるって聞いたんっすけど」
俺は上司になるという人の名前を出す。
「お前、包頭になにかようか?」
「え、パオトウ?」
なにそれ。
やめてよね、いきなり分かんない言葉をおだしするの。
俺は本当に分からず首をかしげる。でも、どうやらそれが気に入らなかったようで、近くにいた男が1人立ち上がりこっちによってくる。
「なめたガキだ!」
パンチがとんでくる。
だが俺はそれを軽々とよけた。
「なんだよ、いきなり」
にしてもよけちゃったなぁ……。理想としてはよけるのではなく、相手が攻撃を外すというか、よける前にもう当たらない、みたいなのなんだけど。
「てめえ!」
男たちがぞくぞくと立ち上がる。
俺は背中に背負った剣を抜こうか迷い、やっぱりやめた。
「いや、俺は別にケンカしに来たわけじゃないんだよ。馬賊に入れてもらえるっていうからここに来ただけで――」
「ああ、なんだお前。入団希望者か?」
「そ、そうだよ」
「それを早く言えよ!」
男たちはいきなり笑い始めた。え、なんで? というかもしかして酔ってるのか。
「なんだ、お前も食いっぱぐれて馬賊になった口か? どおりでやせっぽっちなはずだぜ」
「ほら、こっちきてこれでも食えよ。酒も飲むか?」
「これが最後の飯になるかもしれねえんだからな」
わっはっは、と男たちは笑っている。
いやいや、ついていけねえよ。このノリ。なんだここ、陽キャばっかりか。
「にしてもおめえ、そんな細身なのに剣だけはでけえんだな」
「ちゃんと振れんのかよ?」
「できるさ」
ムキになって言い返す。
まったく馬賊ってそろいもそろって体がでかいからって偉そうにしやがって。そりゃあ俺は身長は異世界基準で高い方だけど筋肉はぜんぜんさ。でもこういうの細マッチョって言うからね。
いや、マッチョではないか俺。
ただの細だわ。
「あ、パオトウ!」
奥からとりわけでかい男が出てくる。……というかデブい。
「なんだ、新入りか?」
というかデブい。(2回目)
「そうなんですよ、俺ら話聞いてなかったんっすけど」
「いや、まさかこんな早い時間にちゃんと来るとは思ってなくてな。感心感心。って、あれ?」
というかデブい。(3回目)
というか俺、こいつのこと知ってるわ。
「やあ、どうも」
とりあえず挨拶。大事だよね、挨拶。
「てめえ、この前の!」
「いや本当にこの前はどうも」
そう、俺の眼の前にいるのは一度ならず二度までも俺と戦ったデブ。一度目は水を勝手にとっていって、二度目は闘技場で。もちろんどっちも俺が勝った。
ああ、そういえば馬なんたらって名前だった気がするわ。
「てめえがこの馬賊に入るってのかよ」
「まあそうなるね、うん」
「こりゃあイジメがいがあるぜ」
デブは舌なめずりをする。いやいや、キモいからね。
「パオトウは新入りと顔見知りなんですかい?」
デブはいまいましそうにする。
「ま、まあな」
「お前パオトウの知り合いだったんか、なら最初からそう言いな」
「あ、うん」
どうやらパオトウというのはこの一軍のリーダーらしい。お頭、とかそういう意味だろうか。
俺とデブの間に気まずい沈黙が流れる。
どちらもどう言葉をかければいいのか分かっていない、そんな感じだ。
「あー、なんだ。てめえ、とりあえず自己紹介しろ」
「うん」そうだよな、それが基本だよな。「あの、榎本シンクです。よろしくお願いします」
「シンクってどんな字かくんだ?」
「バカお前、どうせ文字聞いても分からねえだろ」
「ちょっとくらいは分かるさ。シンクなら星に哭くとかか?」
「星が泣くか、妙な名前だな」
「あ、いや。真に紅でシンク」
俺は中空に文字を書いてみせる。でもわからないということで紙をもってきた。ここに書け、と筆を渡される。
そんなに気になるか、人の名前?
「しん、く。こうだよ」
慣れない筆で書かれた下手くそな字を見て、馬賊たちがまた笑った。でもそれは文字のきらいさで笑われたわけではなかった。
「これじゃあ『ジェンホン』だぜ」
「どう見てもシンクとは読めないよな」
「もしかしておめえ、外国人か?」
デブが聞いてくる。
「うん。ジャポネからきた」
嘘だけど。
「なんだよ、外国人かよ。そんなやつを誇り高い張天白の馬賊に入れるわけには行かねえな。おいお前ら、あれの準備をしろ!」
「パ、パオトウ。あれですか?」
「そうだ」
おや、いったい何が始まるというのだろうか。
なんだか嫌な予感がするぞ……。




