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108 闘技場とシャネルのはだか


 その日は朝から師匠がいなかった。


 老人の朝は早いというからな、下で徘徊しているのだろうと思っていた。でも昼まえになっても師匠は帰ってこなかった。


「死んだんじゃない?」と、シャネル。


「不謹慎だぞ」


「じゃあ寿命でぽっくりと。猫と同じで死ぬって分かったから旅に出たのかもよ」


「そうは思えないけどなあ……」


 なにせ元気な老人だ。ああいうのを老いてなおさかんというのだろうけれど。


 なにせ昨日の晩ごはんだって俺の分の肉料理をうばって食べてたくらいだからな。ちなみに、料理は近くの店で買ってきたものだ。いわゆるテイクアウトサービスというやつ。どうやらこの国じゃけっこう普通らしい。


 ……もしかしてデリバリーサービスとかやったら流行らないかな? 一輪車で運んでさ。


 ま、俺はそういう商売みたいなことはやらないけどさ。たぶん商才とかないし。


「ねえシンク、今日くらいはそれおやすみして遊びましょうよ」


 俺たちはいつものごとく道場にいた。


 そして俺はいつものごとく木刀やら槍やらを振り回していた。


「いや、それがさ。あんまり毎日やってたせいでやらないと逆に落ち着かなくて」


「あらそう」


 シャネルは道場の隅っこでペタリと座り込んでいる。


 体、柔らかいな……あれは俺ではできない座り方だ。


 ふと、入り口のほうからもの音がした。見れば師匠が帰ってきていた。


「うむ、2人とも元気そうじゃな。お前さんは感心なやつじゃな、わしがおらずとも1人で修行にはげんでおったのか?」


「まあ」


 初日は修行を見てくれないと言っていた師匠だが、なんだかんだで色々教えてくれる。


 毎日手合わせさせてくれるのは素直にありがたい。まだ1度も勝てたことはないんだけど。


「どこに行ってらしたんですか?」


「うむ、闘技場じゃ」


「闘技場?」


 俺は動かしていた体を止めた。


「ほう、目の色が変わったの」


「師匠、闘技場ってそれなんだ?」


 そういうの好きよ、俺。


 なにせ人間にはアメとムチ。じゃなかった、パンとサーカスが必要だからな。


 闘技場ってあれでしょ、ようするに戦ってる人を見る施設。うんうん、こう見えて(どう見えて?)俺はあっちの世界にいたとき格闘技とか見るのが好きだったんだ。大晦日はたいていお笑い番組じゃなくて格闘技の特番見てたからな。


「奉天にはあるんじゃよ、闘技場が。もちろんご禁制じゃが、まあそこは公然の秘密というやつじゃな。どうじゃ、良いじゃろ?」


「うんうん、行きたい!」


「ほう、お前さん思ったよりもやる気じゃな。よろしい、では夕方に行くぞ」


「やったね!」


 気分は子供の頃に親に映画館に連れて行ってもらったときと一緒だ。


 なにせここにきてから修行修行でほとんど娯楽らしいものに飢えていたからな。


 師匠もそこらへん、分かってくれていたのだろうか。


「元気ねえ、シンク」


 なんだかシャネルが呆れたように言ってくる。


「まあね」


「私はそういう残酷なのとかは嫌いなんだけど、でも2人が行くのにお留守番ってのも嫌だわ」


 よっこいしょ、とシャネルが立ち上がる。


 彼女のことだ、どうせいまからどの服を着ていくのか考えるのだろう。できればそのままチャイナドレスでお願いします。


 シャネルは無言で道場を出ていく。


「うむ、ではそろそろお前さんも休んでおけ」


「休んでいおけって?」


 ……なんだか悪い予感がする。


「闘技場、行くんじゃろ?」


「いや、そりゃあ見に行くけど」


 師匠がふおっふおっふぉ、といつもの特徴的な笑いかたをした。


「なにを言っておるのじゃ、お前さんは見るほうじゃない。出るほうじゃよ」


「ふぁっ!?」


「せいぜい休んでおくんじゃぞ。いましがた様子を見てきたが、なかなかどうして。どれも猛者揃いという様子じゃったわい」


「おいおい!」


 このクソジジイめ、どうやら朝からいなかったのは闘技場に行っていたからのようだ。


「もう登録も済ませておいたからのう。わしの顔を潰すなよ」


「……師匠、そりゃあないぜ、いきなり」


 怪我とかしたらどうするんだ。


「ふおっふおっふぉ」


 見るのは良いんだよ。


 でもいざ自分が出るとなると……面倒くさい。


 たぶん負けないと思うけどさ、でもなあ。やっぱり知らない人と戦うのってなんか怖いし。この前の水を買ったときみたいに怒ってればまだ良いけど。いざよーいドンで戦いが始まるってそんなのやったことないしな。


「出たくないんだけど」


 と、素直に言ってみる。


「これも修行じゃ」


 クソジジイ、こう言えばなんでも許されると思ってやがるな。


「やだなあ……」


「終わったら美味いもんでも食わせてやるからのう」


「はあ……」


 どうやら行くしかなさそうだ。俺は木刀を壁にかける。


「やる気になったか?」


「しょうがないから準備してくる」


 ここで逃げるのも格好悪いしな。たぶん大丈夫だろ、俺ってば強いし。


 いや、でも相手もこの師匠みたいなのが出てきたらどうしよう。


 まあそれはないだろう。俺は勘よりも強く確信する。この老人はかなり強いからな.


「嫌だ嫌だ」


 つぶやきながら道場の裏にある家の方へ。


 こういうのって俺、無駄に緊張しちゃうんだよな。小心者とはつまり俺のことなのだ。


 俺たちにあてがわれている部屋――やっぱりシャネルと同室だ――に行く。


 なんかシャネルに緊張をほぐすコツとか聞いておこう。


「シャネルー。服は決まった?」


「あ、待って――」


 待てと言われて待てるタイミングではない。


 俺はそのまま扉を開けてしまう。


 ――すると、


 ――シャネルが、


 ――ちょうど着替えていた。


「あばば!」


 思わず変な声が出る。


 シャネルさんとばっちり目が合う。


 しかし俺の目は自動的に下へと降りていく。ロックオンされたのは白い大きな胸。大きな、まるでそう白桃のような胸。豊かな丘陵としての胸。まるでビックバンのような胸。その頂点にはさくらんぼのような点が……。


 あばば。


 慌てて目をそら……せない!


「シンク」


「ハイ」(裏声)


「待ってって言ったわよね、私」


 シャネルは胸を隠してしまった。いや、当然だけど。


 でもなんだか残念。いや、当然だろう。


 下はもうスカートを履いている。フリフリしたまるで繭のようなスカートだ。でも上は、なんでだよ裸。


「待とうと思ったんです」


 言い訳。


「見た?」


 むしろいまも見てます。


 シャネルは恥ずかしそうに胸を手で隠しているのだが、そのせいで胸がむにゅんってゆがんでるんだ。あれがよく俺の体に押し付けられてのか……柔らかいわけだ。


「とりあえず出ていきなさい」


 命令口調だ。


「はい」


 素直に回れ右。


 部屋を出て、扉を閉める。


 心臓がドキドキしている。シャネルの白い肢体したいがまるで残光のように頭の中に残っている。


 いや、それよりも。あれだ、あのさくらんぼ!


 すっごいピンクだった。


 はえー、女の子の胸ってああいうふうになってるのね。……アダルトビデオとかとはやっぱり実際に見たときのイメージが違う。それとも個人差か?


 考えても分からない、もう一回見たい!


 なんかムラムラっときた。エロい気分だ。


「ねえシンク」


 扉のあちらがわから話しかけられる。


「な、なんでしょうか」


 緊張して声が裏返りそうになるが、なんとか大丈夫だった。


「変じゃなかった?」


「な、なにが?」


「あのね、その……私の体」


「変なもんか!」


 と、言ってから自分が失敗したことに気づく。


 ここで変だったかもしれないからもう一回見せてって言って、そのまま押し倒したりできたかもしれないのに! いや、そんなことたぶんできないけどさ。だってこちとら童貞だし!


「そう……じゃあちょっと安心したわ。もう入っていいわよ」


「お、おじゃまします」


 シャネルは真っ白なゴスロリドレスを着ていた。こういうのを専門用語で白ロリとか言ったりするらしい。


 最近は白がお気に入りなのだろうか、でもシャネルは髪も肌も白いから白一色だとすごい目立つんだ。なんだか妖精さんみたいでね。


「最後に聞くけど、変じゃないわよね?」


「う、うん」


 俺たちはどっちも顔を真っ赤にしてお互いに目をそらしあった。


 まったく、おかげで闘技場に行くことに対する緊張が一気にほぐれた。他の場所が変に緊張してたりするんだけどね。それはまあまあ、ご愛嬌ということで。


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