101 感謝と幸福
そしてその日の夜。
村長の家ではささやかではあるが俺たちにたいする感謝の宴会が行われていた。
俺たち、と言ってもシャネルは自分にあてがわれた部屋にこもっている。まったく何が気に入らないのか、見た目の通り気難しい女の子なのだ。
「本当にありがとうございます、貴方様のおかげで村が助かりました」
村長が涙ながらに言う。
この言葉もう100万回は聞いたね。ゲームのNPCがずっと同じセリフを言ってるみたい。
「ささ、どうぞ飲んでください」
そう言われて村の人に差し出されたのはお酒だ。
なんだか濁っていてあまり美味しそうではない。
しかし差し出されて断るのも失礼かと思い勇気を出して飲んでみる。
うーん、雑な味だ。あんまり美味しくないし、ドロっとしてるし。なんだか口当たりが重たい。でもたしかにアルコールではある。
「どうですか、美味しいですか?」
俺の隣にはなぜかフウさんがいた。
いつもそこはシャネルの特等席だと思っていたのだが、シャネルがいないいつの間にか俺とフウさんは並んで座っていた。
「美味しいです」
まさか不味いとは言えないだろ。
「そうですか。では私も少し」
そう言ってフウさんは湯呑に入ったにごり酒を飲もうとする。唇が湯呑の縁にふれた瞬間、俺に流し目を送ってくる。なんだか飲み方が色っぽい。というか誘ってるのか? え、なにに?
「いやはや、良い飲みっぷりで」
村長が嬉しそうに手をたたく。
なんだか元気そうだ。最初に見たときは体調が悪そうだったのに、もしかしたらあの馬賊たちのことで悩んでいて、その心労がたたっていたのかもしれない。
酒をたらふくのむ。
周りの人も酒が入って楽しそうだ。ちょっとしたお祭りみたいな感じかもしれない。村長の家の外にも人がたくさんいるようで賑やかな声が聞こえてくる。
まあこの村じゃあ外でご飯を食べるのは割と普通らしいからな。狭い家に入れない人はそっちで騒いでいるのだろう。
「どうぞ」
と、フウさんが俺に湯呑を差し出す。
「ありがとう」
「ふふ」
フウさんの目が細まる。
なんだかそれは獲物を狙う狼のようで……え、もしかしてと俺は変に期待してしまう。
もしかしてこの人は俺のことを気に入っているのかもしれない、と。
ダメだとは思っているのだが、フウさんの魅力的な視線にあらがえない。
あー、なんかアイラルンに言われた気もするんだけど、忘れちゃった。
「美味しいですか?」と、また聞かれる。
「はい」と、素直に答えた。
ときどき村の人が来ては感謝の言葉とともに少しの食べ物を置いていく。
なんだか神様にでもなったみたいな扱いだ。
明日はこの村から出る予定だけど、こんなのならもう少し居てもいいかなって思ったりして。
「いやはや、それにしても助かりました。あの馬賊どもにはずっと困らされていたのです」
村長が俺の湯呑ににごり酒をつぐ。
「そうなんですか」
飲む。うん、不味い。もう一杯!
「はい。やつらはどこの集団にも所属していないあぶれものの馬賊だったのです。ですから大攬把の目がない分、好き勝手をして――」
「ターランパ?」
「馬賊の頭領のことですよ」と、フウさん。
「馬賊の頭領ねえ。ティンバイのやつもそんな感じか?」
酔っているせいで口が滑る。べつにここにいる人たちが張作良のことを知っているとも限らないのに。
しかしその名前を言った瞬間、まわりにいた人が静まり返った。
「ティンバイとはまさか、張天白のことでしょうか?」
村長が恐る恐る、というふうに聞いてくる。
「あ、知ってる?」
そういえばこの村出身の行商人の男も知っていたくらいだし。かなり有名人なのだろうか。あの行商人の男はさっきリンゴを2つ置いていった。美味しかった。
「張天白をご存知なの?」
と、フウさん。
「ご存知もなにも。むしろ村の人が知ってるほうが俺には驚きだなあ」
「知っていますとも! 張作良天白といえば馬賊の中の馬賊! この東満省に数人しかいない大攬把ですとも! 子供でも知っております。そうですか、旅の人は張天白のお知り合いでしたか。通りで義を重んじ我らに救いの手を差し伸べてくれるわけです!」
別にティンバイの知り合いが全員そういうやつとは思えないが……。
うーん、もしかしてあいつ、俺が思っていたよりも有名人なのだろうか。こんなテレビもない時代にテレビスターと知り合いくらいの食いつき方だぞ、これ。
なんか知らんがティンバイと知り合いってだけでさらに褒められた。
悪い気分じゃない。持つべきものは友だね、いや友達かは知らんけど。
そのまま宴会は夜中まで続いた。
さすがにそろそろ、となり宴会もおひらきになったのは真夜中。たぶん十二時は過ぎているだろう。
「宴もたけなわですね」と、フウさん。
「たけなわってなんだ?」
と、酔っぱらい俺。
いや、まじたけなわってなに? 語感はけんもほろろと似てるけど。でもどっちもよく意味の分からない言葉だ。
「そろそろ寝ましょうか」
「ねえ、たけなわってなに?」
「それ、いま気になりますか?」
「ならねえ!」
自分でも酔っ払っている。
フウさんは俺と同じくらい飲んだはずだけど大丈夫そうだ。
ゆらゆらと千鳥足で自分の部屋へ向かう。フウさんが肩を貸してくれた。なんだか炊きたてのお餅みたいな不思議な匂いがする人だ。お香かなにかだろうか?
「こんど調べて起きますよ」
と、フウさんは言った。
へえ、今度があるんだと俺は酔った頭で思う。
そしてフウさんの部屋。つまりは俺とシャネルの部屋の隣へ。
「じゃあ、おやすみ」
と、俺は言う。
なんだかドキドキするぞ。もしここでなにか言われたら――具体的には「今日はこっちで寝て」なんて言われたら俺は断れないぞ!
ちょっと期待。
なーんて思っていると隣の部屋へとつながる扉が開いた。そしてそこからまるで亡霊のような白い手が伸びてくる。
首根っこをつかまれて、
「うぐっ」
首がしまるのもお構いなしに引き込まれる。
フウさんは困ったように微笑んで俺に手をふっていた。
「デレデレしない」
シャネルが俺を睨んでいる。
「は、はい」
怖い。
「言っておくけど私、あの人嫌いよ」
「アイラルンとおんなじようなこと言ってるぜ」
なんだ、フウさんはやばい女から嫌われる属性でも持ってるのか?
俺は嫌いじゃないけど……。
「早く寝ましょう」
「むしろまだ起きてたんだな」
「だってシンクが寝てないから」
なんて言ったらいいのか分からず、とりあえず「ありがとう」と言ってみた。
するとシャネルは照れた。
そりゃあもう、一目でわかるほどに照れた。
……ちょろい。
そのまま布団に潜り込むとすぐに眠れた。
………………。
で、朝。
酔っ払って寝たらときどき一瞬で朝になることがある。そういうとき、すっごい損した気分になる
のは俺だけだろうか。
「シンク、シンク」
「うーん」
「起きて、行くわよ」
「……うーん」
頭が回っていない。
シャネルにいろいろ準備してもらって外へ。フウさんはすやすやと寝ていた。
清々しい天気だ。今日は黄砂もあまり飛んでいないようで空気もおいしい。
村長の家の前には行商人の男がいた。ここに乗ってきた馬車もあるし、いかにもやる気のなさそうな馬もいる。
「アイヤー。おはようネ」
「はよーっす」
てきとうに挨拶。
ふと見れば村長が家から出てきた。老人の朝は早い。
「少ないのですがこれをどうぞ」
と、どうやらお金を渡してくる。
しかし俺はそれを断った。
「いえ、いいですよ」
まさかお金をもらうためにあの馬賊たちを倒したわけではない。
格好つけた言い方をしてしまえば、勝手に体が動いただけなのだ。
「そんな――」
「そのお金は村のために使ってください。それにあの馬賊たちの馬やら持ち物やらも。どうぞ有効に使ってください」
この前ティンバイと戦った時の経験で馬賊たちの馬にはできるだけ傷を負わせなかった。そうすれば馬はなにかに使えるだろう。
行商をしてもいいだろうし、そのまま売ることもできるかもしれない。
「なにからなにまで……本当にありがとうございます」
「いえいえ」
たまにはこういう人助けも良いよね。
「ありがとうございます」と、村長は頭を下げる。
「気にしないで良いですから!」
なんだかこんなことをしていると、自分が善人にでもなったように錯覚する。
はは、俺はこの国に復讐に来たというのにね。
でも気分は悪くなかった。感謝されて、幸福になる。それは普通のことに思える。清々しい気持ちではある。
もしかしたらこんなことばっかり続けてれば復讐心とか消えるのでは? ――なんてね。そんなわけないさ。
俺は隣のシャネルを見る。シャネルはまるで幸福を否定するかのように険しい顔をしているのだった。




