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100 馬賊の襲撃


 目が覚めるとたぶんこれ朝じゃないな、という感じがした。


 たぶん昼前。


 こういうとき学生だったら起きた瞬間に「遅刻遅刻!」と慌てだすものだけど。なあに、こっちは天下御免てんかごめんのニート。もとい冒険者だ。


 朝寝坊なんてへいちゃらさ。


 とはいえシャネルに起こしてもらわなければ朝もろくに起きられないって人としてどうなんだ? これでもいちおう17歳。じつは冬が誕生日なのでおそらくもうすぐ18歳なのだ。


 やった、エロ本とか買えるぞ!


 と、冗談はさておき。


 シャネルがいない。


 たぶん俺のことを起こさずにどこかへ行ったのだろう。


 どこにいったのかなー?


 まだ起き抜けで回っていない頭。よく考えてみればこの村でシャネルが行く場所なんてないだろ。だってたいした村じゃないから。


 なんて思っていると、やっぱりシャネルはすぐに帰ってきた。


「おはよう、というよりもこんにちは? 遅いお目覚めね」


「うむ、清々しい気分だ」


「そう、それは良かったわ。良かったついでにシンク、外で面白そうなことやってるわよ。たぶんシンクが好きなタイプの」


「俺が好きなタイプ?」


「そう。や・じ・う・ま」


 うん。たしかに好きだけどね。でも野次馬じゃあ人聞きが悪い。そこは好奇心旺盛とか言ってほしいところだ。


 ま、なんにせよとりあえず見てくるか。


「火事? それともケンカ?」


 昔から江戸の華は火事とケンカという。この言葉ひとつとっても江戸っ子というのは野次馬根性がありありなのだとわかる。ま、俺は江戸っ子じゃないけど。


「どちらかといえば後者かしら」


「校舎?」


 なんでもいいけどときどきシャネルって難しいこと言うから言葉の意味がよくわかんねえんだよな。


 とりあえず分からない場合はてきとうにスルー。


「あ、シンク。外にでるなら剣もちゃんと持っていってね」


「あいよ」


 言われなくともそうするさ。なんせこの異世界はどこに行っても治安が悪いからな。


 隣の部屋は誰もいない。


 そのままさらに隣の部屋、というよりも玄関へ。そして外へ。


 シャネルも当然のようについてくる。


 なんでもいいけどシャネルさん、昨日青色は偉い人しか使っちゃダメって話し聞いてなかったのだろうか。今日はむしろ青を基調にしたゴスロリだ。


 いや、ここまでくるとゴスロリなのか?


 なんだかコスプレみたいにも見えるけど。服はこれ、二層になっているようだ。青いエプロン調のドレス。可愛らしいリボンやら白いレースやらがこれでもかとついている。そして下は白いシャツ。袖口なんかはふわふわだけど、全体的にはタイト。


 このセンス、俺にはないな。


 でもまあシャネルが着てればなんでも可愛いか。


 俺たちは2人で外に出た。


 まず目についたのは馬、馬、馬。


 お馬さんだ。


「なんだ?」


 昨日はこんなに馬なんていなかったはずだ。


 ふふ、と俺の隣でシャネルが笑った。たぶん彼女が状況を理解しているのだろう。


「あっち、人が集まってるわよ」


「そうだな」


 シャネルに言われるままに人だかりの方へ。


 どの人も貧相な体をして着ている服もボロボロだった。俺たちはまわりから変な目で見られる。どこか恐られているようだ。


 そのせいか、俺たちを避けるように人々は道をゆずってくれた。


 人が集まる中心には村長がいた。村長だけではない、フウさんもいる。そして見たこともない屈強そうな男たち。


 中には馬に乗っている男もいて、いかにもこちらを威圧している。


 一目で理解した。馬賊だ。


 しかしなぜ馬賊がこの村にいるのだろうか? 見たところこの村には奪っていくようなものもなさそうなのに。


「せめてあと1週間待ってください」


 村長が馬賊に対してなにやら言っている。


「待てねえって言ってんだよ!」


 馬賊の男が剣を振り上げた。村長は「ひいっ」と気弱そうにその場にしゃがみこんだ。


「約束が違います!」と、村長。


 俺は身を隠すようにする。ああいう不良みたいなのとは目を合わせたら絡まれますので!


 そしてシャネルに小声で聞く。


「どういうことだ?」


「詳しくは知らないわ、でもあの馬賊どもがいきなり村にやってきたのは確かね。どう、こういうの好きでしょ?」


「なんか違うなあ。こういう厄介事は結局さ――」


 首を突っ込むことになるのだ。


 できれば対岸の火事、ってのが好みなんだけど。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ! とにかく食料をよこしやがれ! 誰がこの村を守ってやってると思ってんだ!」


 ははーん。


 シンクくん、理解しちゃいました。


 これはあれね、みかじめ料というやつだ。ヤクザとかがやってるやつね、守ってやる代わりにお金をよこせって。でもそれが防衛にたいする正常な報酬ならばいいけど、この場合はどうやらそうじゃなさそう。


 そもそもこいつらのせいでこの村はさらに貧乏になっているのではないだろうか。


 昨日、行商人の男も言っていた。食い詰めれば馬賊になる。つまり馬賊になれば、こうして他から食料などを奪える、と。


 貧乏人が貧乏人から搾取するなんてここはこの世の地獄だ。


「で、どうするのシンク」


「見て見ぬふりはできないよ」


「優しいわね、やっぱり」


 ふん、そりゃあそうさ。だってこんなふうにイジメられてる人をほうっておけるか。俺だって昔イジメられてたんだ。だからイジメられてる人の気持ちはわかる。


 誰かに助けてほしいって思ってるんだ。


 でも誰も助けちゃくれない。みんなそんなことをする力も勇気もない。見て見ぬふり。


 いまの俺はどうだ? 俺は強いから、助ける力があるから、やるしかない。


 馬賊の数はざっと見積もって20人ほど。


 この前、張という男と一緒にやってときよりもかなり少ない。たぶん1人でもなんとかできる。


「ですから、来週でしたら食料もお渡ししますから」


「俺たちはいま欲しいんだよ! それがダメなら、げへへ」


 男が1人、下品に笑った。そして馬から降りてフウさんの華奢な手をつかんだ。


「きゃっ!」


「この女をもらうぜ!」


「は、離しなさい。このゲス!」


 フウさんは叫ぶ。


 ゲスは良かったな。


 でもその言葉で馬賊の男はキレた。


「このアマ――!」


 手をあげようとする。


 その瞬間、俺の隣にいたシャネルが真っ先に動いた。俊敏な動作でどこからともなく取り出したナイフを投げる。


 シャネルが投擲したナイフはまるで吸い込まれるように男の手に突き刺さった。


「いでええっ!」


「シンク!」


「おう!」


 俺は飛び出して、その勢いのままに男を突き飛ばす。そしてフウさんを助け出した。


「なんだてめえ!」


 しかしピンチ。


 いきなり馬賊どもに囲まれた。


 だとしても俺はビビるわけにはいかない。こういうときは堂々とするべきだ。


「ただの旅人、冒険者さ」


 剣を構えて言う。


 いきなり少し離れた場所に火の手があがる。その一撃で何人かの馬賊が黒焦げに焼けた。間違いなく死んでいるだろう。


「女の子に手をあげるなんて最低よ、貴方たち」


 シャネルも今回はやる気のようだ。


「下がっててください」


 俺はフウさんに言う。


「え、ええ」


 フウさんが下がると同時に、馬賊の1人が馬上からモーゼルを撃ってきた。


「死ねやおらっ!」


 俺は飛んでくる弾丸を剣で切り裂く。


「え――?」


 撃った男はなにがおきたのか分からないのだろう、ほうけた顔をしている。その間抜け面に俺は瞬時に近づいて、ジャンプ! 馬を傷つけずに人間の首だけを落とす。


 血が噴水のように吹き出し、さきほどまでは人間だった物が崩れ落ちるように落馬する。馬は好き勝手に走り出し、それを村の人が必死にとめた。


 たぶんいま殺したのはリーダー格なのだろう。馬賊の男たちは目に見えて混乱しはじめた。


 それでも腹を減らしたならず者たちだ。中には俺たちに向かってくるやつもいる。


 そういうやつは容赦なく斬る。


 向かってくる敵を俺が、逃げる敵をシャネルが狙い撃つ。


「はあ……疲れてきたわ」


 敵の数が減ってきた。


 シャネルはできるだけ魔法を小出しにしたが、それでも疲れはあるようで目に見えて疲労している。いつもながら燃費が悪い。


 だが、それが隙になった。


 馬賊が撃ったモーゼルがシャネルに牙をむく。


 俺はとっさのことでその弾丸を剣で弾くことができなかった。シャネルをかばうように左手を伸ばす。


 ――ダッ。


 左手がはじけ飛んだかと思った。


 それくらいの衝撃が走る。


 一瞬、左手の感覚がなくなる。そして次の瞬間には痛みと熱が襲う。


 ミスった。この攻撃は致死量ではなかった。だから『5銭の力+』がうまく発動しなかった!


 だがいまは、いまだけは痛いとか言ってる場合じゃなくて――俺は必死に右腕だけで剣を持ち敵を斬る。


 問題はモーゼルだ、あれを持っているやつを重点的に叩くべきだったのだ。


 だが後悔しても仕方がない。


「ええい、うっとうしい! 全部焼き殺すわ!」


 シャネルが杖を天高くかかげた。


 これはやばいぞ!


「全員、逃げて!」


 俺が叫ぶと同時に村の人も馬賊もわれ先にと逃げ出す。


 シャネルを中心にして、放物線状の炎が広がった。


「これで静かになったわね」


 生きている馬賊どもはもうほとんどいない。


 死体はたくさん転がっている。中には逃げた馬賊もいるだろうが、まあそれは良いだろう。まさか追ってまで残滅戦をする必要はない。


 逃げるものは逃がせばいい。


 それにしてもシャネル、手加減というものを知らない。


「シンク、大丈夫?」


「もちろん」と、やせ我慢をしてみる。


「本当は?」


「すげえ痛え!」


やっぱり無理だった。


 泣きそう。


 っていうか痛くてちょっと涙がでてきた。


「ちょっと待って、いまポーションをとってくるから」


 そういうと、シャネルはスキップでもするような足取りで村長の家に戻ってしまった。


 いやー、痛いよー、助けてよー。


 俺はその場に座り込む。撃たれたのは手のひらのちょうど真ん中。どうやら弾は貫通しているらしい。


 異世界に来て治癒能力もべらぼうに上がっているから、どうせすぐ治るんだろうけど、それでも痛いものは痛い。


「大丈夫ですか?」


 フウさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「たぶん」


 と、気弱な返事。


「あの、助けてくれてありがとう」


 フウさんが照れたように言う。


 きれいだ……。


 これはやばい、童貞だから女の人と少し接するだけで恋しちゃうのだ。たぶん怪我してなかったら落ちてたね。


 いまはとりあえず痛みが先だ。


 シャネルの最後の魔法で離れていた村の人たちが、また近づいてくる。


「ありがとうございます!」


 村長の感謝の言葉で、他の村人たちもせきをきったように口々に俺を褒め称える。


「あなたのおかげで助かりました!」


「あなた達は村の救世主だ!」


「悪い馬賊を追い払ってくれてありがとうございます!」


 うむうむ、くるしゅうないぞ。


 俺はみんなから感謝されていい気分。


 シャネルが戻ってきた。手にはポーションが持たれている。遠くに旅をするということでなにかあったときのためにいくつか買っておいたのだ。


 シャネルにも感謝の言葉が雨のように降り注ぐ。


 だが、彼女はまったく嬉しそうではない。それどころか蔑むように村人たちを見つめる。そしてなにも返事をせずにまっすぐに俺のもとへ来た。


「自分たちはなにもしなかったくせに、無責任な人たちね」


 小さな声で俺に愚痴をこぼす。


「まあそう言うなよ。こうして感謝されると嬉しいだろ?」


 俺は手を差し出す。


「まさか。こんなつまらない言葉をもらうくらいなら貴方から愛の睦言ひとつもらったほうがよっぽど嬉しいわ」


 シャネルはポーションを瓶の半分ほど一息にのむ。コクンッ、とシャネルの喉が動く。そして俺の手に水属性の治癒魔法をかけてくれた。


「どう?」


「微妙」


 痛みは少し収まったが、動かせばすぐに傷が開くだろう。


 これで治癒魔法が上手い人ならば一度で完治するのだろうが、シャネルの場合はそうはいかない。


「もう一回かけるわ」


 村の人たちが興味深そうにシャネルの魔法を見つめる。


 先程までの火属性の魔法はあまりに危険だったから近寄れなかったのだろう。安全なうちに目に焼き付けておこうという考えだ。


「『蜃気楼のごとき虚しさで、この者の傷を治したまえ』」


 それはヒールの魔法だ。


 魔法は人によって詠唱の内容が違う。シャネルの場合はなんだか悲しい言葉が多いように思える。


「うん、ありがとう。あとは勝手に治るだろう」


 とにかく痛みはなくなった。


「はい、これ」


「ぷっ!」


 いきなり口にポーションの瓶を差し込まれる。


「飲んでおきなさいな」


「げほっ! げほっ!」


 突然のことでむせた。


 貴重なポーションを少し吐き出してしまう。もったいねえ。


 というかこれ、もしかして間接キスでは? うーむ、そういう意味でももったいない。もっと味わっておけばよかった。


「いまのが魔法?」と、村人が言う。


「初めて見た」


「すごいんだな」


 シャネルは「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らす。


 愛想よく手の一つでも振ってやれば村の人たちもシャネルにぞっこんになるだろうに。もったいない。


「シンク、こういのあんまり好きじゃないから戻るわ」


 そういってシャネルはまた村長の家へと戻ったのだった。


 俺はシャネルの分まで村の人たちに愛想笑いを振りまく。


 村の人たちはいつまでも俺を取り囲み、俺に感謝し続けたのだった。


とうとう100話です

なんだか遠くまできたなあ、という感じがします

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