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098 なにもない村


 ――暇である。


 とにかく暇である。


 もう暇すぎて自分の右手と左手で会話をしちゃうくらい暇である。


「右手くん右手くん」


「なんだい、左手くん」(裏声)


「今日はいい天気だね」


「そうだね」(裏声)


「それにしても暇だね」


「そうだね」(裏声)


 くそ、左手のやつ。ぜんぜん会話をしてくれる感じがしねえ。いるよね、こういうコミュ障気味のやつ。とにかく会話を広げる気がないっていうね。


 ……うん、それぼっちのころの俺だわ。


 それにしても手につけて口をパクパクさせる人形ってあったよね。あれなんて名前なんだ? うーん、パペットマペット? いや、たぶん違う。


「それにしても右手くん、あそこにいる女の人楽しそうだね」


「そうだね」(裏声)


「本読んでるね」


「そうだね。きれいだね」(裏声)


 新発見、裏声ならキョドらずに女性を褒められる!


 いや、それで褒めてなんになるのか。


 俺の悲しい一人芝居にたいしてシャネルはやれやれ、というふうにため息を付いた。


「なあに、シンク。さっきから」


「暇なのだ」


 とりあえず両手をパクパクさせる。


「そう、良いことじゃない。時間がないって慌ててるよりも暇でほうけてる方が何倍もマシよ」


「しかしだね、とにかく暇なんだよこっちは」


「読む?」


 分厚い本を差し出される。


「読めねえよ」


 こちとら日本語ですらちょっと怪しい17歳のハチャメチャボーイだぜ。


 ましてやこっちの世界の言葉なんてチンプンカンプンだ。


 というかシャネル、こんな本持っていたのね。たぶん暇つぶしに買っておいたのだろう。用意が良いことで。


 あーあ、俺もスマホとかあれば暇潰せるのに。いや、むしろスマホとかあったらずっといじってそう。ソシャゲとかやってさ。


 はあ……懐かしいな、ソシャゲ。楽しかったのかは分からないけど、たくさんやってたな。こっちに来てからは当然やっていない。


 こうしてみれば人間って暇なとき、本当はいろいろできるんだよな。スマホいじる以外にも。ま、問題はそれが思いつかないってことだけどさ。


「どうするシンク、外に散歩でも行ってみる?」


「行く」


 べつに散歩とかしたくもないけどいまはそれくらいしかやることがない。


 シャネルは本をそこらへんに置いた。そして立ち上がる。


「じゃ、行きましょうか」


「うむ」


 なんでもいいけどこの家、外にでるためにいろいろな部屋を通らなくちゃいけないんだ。俺たちのいる部屋はすみっこの方だから――。


「フウさん、ちょっと失礼しますね」


「あら、どうしました?」


 隣のフウさんがいる部屋を通る。


「ちっと散歩してきます」


「あらそうですか。どうぞお気をつけて。……村の外には出ない方が良いですよ」


「はい」


 隣で聞いていて思う。


 村の外ってどこからが村の外?


 別に村をかこう壁があるわけでも、入り口をしめす看板があるわけでもない。


 これはつまりあまり遠くへ行くな、というほどの意味だろうか。


「いってらっしゃい」


 フウさんはふりふりと手を振る。


 なんというか、手足がどっちも細くてさ――見てるだけでエロいんだよね。


 白いチャイナドレスもどこか淫靡でさ。よく見たら白一色というわけではなくて細かな柄が服には入っている。近くで見ないとわからないほどの細工だけど。


 いかんいかん、と思いながら外に出る。


 すると、シャネルに手を掴まれた。


 繋がれた、なんて優しいものではない。掴まれたのだ。


「シンク」


「は、はい」


 雰囲気があれだ。シャネルさん、怒ってらっしゃる!


 もうね、見た目の通り(見た目の通り?)嫉妬深い女なのだ、シャネルは。


「ちょっとあの女の人にデレデレしすぎじゃないかしら?」


「そ、そうでしょうか?」


「少なくとも私にはそう見えるわね」


「注意します」


「そうしてほしいものだわ」


 うーん、こういうのを束縛というのだろうか。


 いやでもね俺おかしいと思うのよ。だってシャネルと俺ってほら、付き合ってるわけじゃないでしょ? だって正式にじゃあ俺たち恋人ね、なんて言い合ってないんだから。


 そりゃあはたから見ればどう考えても恋人――というか下手したら夫婦に見えないこともない。この異世界じゃあ結婚なんて早くてもそうおかしくないみたいだし。


 でもなんていうかさ……よく分からないんだ。


「ね、ねえ……」


「なあに?」


「なんでもない」


 しかし確認するのは怖い。


 これでもし付き合ってないなんて言われた日には俺は立ち直れそうもないのだ。


 たぶん俺って卑怯な男だ。臆病だし。情けなくもある。そんなのこの異世界に来る前から分かってたことだけどね。


「それにしてもこの村、なにもないわよね」


 シャネルは気を取り直したのか、いつもの調子だ。もう怒っていないようだ。


「そうだな」


 だから俺もできるだけ普通に答える。


 普通の村だ。特別、見るべきところもない。


 でも面白いと思ったのが住民が家の前で料理をしているところだ。わざわざ中ではなくて、外で肉を焼いたりしているのだ。なんで? って思うけどみんなそういうふうにやってるし、ここらじゃ普通なのだろう。


 見てるとそのまま外で食事をとっていたりする。


 うーん、変なの。


 どの家もボロボロで中には泥でできた壁が壊れているような家もある。なんだかそういうのを見てると寂しい気分になった。


「あれー、お2人さん」


 馬車の停まっている家があった。


 その家の前ではリンゴを焼いている男が1人。リンゴを焼いているのだ! いや、アップルパイみたいなもんだって思えば変じゃないけど。普通皮ごと焼く?


「こんにちは」と、シャネル。


「こんちは」


 別れて時間はたっていないけど、行商人の男だった。


「村長の家に泊めてもらえたー?」


「はい」と、俺は答える。


 この人とは数日間一緒だったのである程度は打ち解けたと思う。


ハオ


 ハオ、っていうのは「いいね」って意味で、この場合はそりゃあ良かったねって感じだろうか。このルオの国の人はなにかにつけてよく、ハオハオと言っている。


 おおらかな国民性なのだろう。


 だからもしかしたらこういう貧乏もそう気にしていないのかもしれない。


「この村、なにもないんですね」


 シャネルがいきなり失礼なことを言う。


 しかし行商人の男は笑って頷いた。


「なにもない村ヨ。でもときどき馬賊でるよ。それは見ものネ」


 ちょっと暗い様子だ。


 どうやら自虐らしい。


 馬賊ねえ……俺たちも一度襲われたけど、やっぱりこういう地域だと馬賊みたいな無頼のやからがよく出るわけだ。


「馬賊って多いんですの?」


 シャネルも俺と同じようなことを考えていたらしい。


「多いよー。ここらへんいったい貧乏ね、食べるものなくなった人みんな馬賊になるネ」


 そりゃあ大変だ。


 どうもこの言い方ではこの村だけではなくてここらへんはあまり豊かな土地ではないようだ。


 たしかにときどき畑を見たけど、あまりなにかが実っているようには見えなかった。


 このまま話してると暗い気分になりそうだったのでさっさと切り上げることにする。


「じゃあ、また」


「ハオ。旅の人、明後日までの辛抱ネ。そしたら次はもっと都会の奉天目指すヨ」


「ハオハオ」と、俺は冗談めかして言う。


 シャネルじゃないけどさ、さすがにこういう寒村よりは都会の方が良い。


 そのあとも俺たちは村を回ってみたけど、まあたいして楽しくなかったね。時間つぶしにはなったけど。


 夕方、村長の家に戻った。


 なんだか疲れた気がした。嫌な村――と言ったらあれだが、そう思ってしまったのだった。


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