前回とは違う! いい意味で
本日、コミカライズが更新されます。
よろしくお願いします。
長い船旅を越えて、一行の乗る船はついにミット魔法国に到達した。
入港の時には空は晴天、波も穏やか、風向きもよし。
船は順調に、港に着岸しようとしていた。
「……あのね。前にルタオ冬国に行ったときさ、ものすごく雪が降ってたじゃん。そのうえたくさんの幽霊もいたじゃん。あの時は『怖い』って思ってたけど、今にして思えばすごく『ルタオ冬国に来た』って感じがあったの。そのことは印象に残っててさ、本にもちゃんと描写してたの」
甲板に立つ、少し顔色の悪いコエモは、他の仲間と一緒に入港を待ちながらつぶやいた。
「今回はさ……なんか、こう、ミット魔法国に来たって感じがないよね。ただおっきい港に来たってだけっていうか……イベント感がないよね」
「めちゃくちゃ失礼なことを言うね!? ダメだよ、思ってもそんなこと言っちゃ! 船員さんたちにも失礼だからね!」
(それよりも、ルタオ冬国での出来事をイベント感が強かった、と表現する方が失礼なのでは?)
ミット魔法国の住民であるジゴマとマーガリッティは、港町が普通と言われてもそんなに気にしていなかった。
それはそれとして失礼だとは思うので、ジョンマンの言葉を否定してもいない。
内心でルタオ冬国について思いをはせるだけで済ませていた。
「ねえねえ! マーガリッティちゃんが帰ってくるんだから、たくさんの人がお出迎えとかしてくれるのかな!?」
「そんなことありますか!? あ、いえ……私は貴方と違って小物なので、そこまでの扱いはされないかと……」
学園の主の娘で、国一番の才能の持ち主の帰国。
みんなが騒ぐんじゃないかなあ、と考えている元公爵令嬢(現役女王)。
二人とも富裕層の生まれではあるのだが、富裕層の中でもトップであるリーンと、富裕層の中では真ん中ぐらいのマーガリッティでは基準が違っていた。
(今にして思うと……私が帰ってきたらみんなが喜んで迎えてくれるわ、という考えに現実とのギャップがなかったのは、すごかったのでは……)
なおドザー王国の次期女王のオーシオは、コエモが言ったことも含めて前回の異常さと向き合うのだった。
そもそも、国難だから緊急帰国したのと、留学の成果を披露しに戻ったのでは話も違うのだが。
「ごほん……歓迎であれば、学園でしてもらえると思います。私は学園長の娘ですし、留学の成果を見せるために帰国したのですから、披露するときには貴人もいらっしゃるかと」
マーガリッティがフォローした。
本来呼ばれていない彼女らではあるが、遠くから来たのにイベントがないというのは退屈だろう。
同門であるコエモたちが自国でがっかりしてほしくないので、期待値を上げようとしていた。
「ジョンマンさん。私、礼儀作法とか大丈夫ですか!?」
「おれ、わたし、おれ……私も自信がありません」
(それはそうだけど、前回はなんでそういう心配がなかったんだろうねえ……)
コエモとオリョオは自分たちが貴人の前で粗相をしないか心配していた。
その気持ちは正しいのだが、前回のルタオ冬国でも貴人には会いまくっていたのに、そういう心配をしていなかった。
そしてそのまま乗り切っていた。
むしろ無礼だったのは向こうの王族であった。
無意識のうちに、こいつらに礼を尽くす必要はないな、と悟っていたのかもしれない。
「アンタたち、前回は先代の女王様とか王子とかその婚約者に会ってたんでしょ? その時はどうしてたのよ」
「それどころじゃなかったんです……第三王子は薬品で攻撃してきて、その婚約者は短刀で攻撃してきました。第二王子とその婚約者は自分の護衛の兵士で内戦を起こしかけました。第一王子はリーンさんが殴って倒しました」
「……?」
魔獣の質問に対してオーシオが答える。
内容は正しいのだが、魔獣の情報処理能力が追い付かない。
第二王子とその婚約者の下りはまあわからなくもないのだが、第三王子とその婚約者が自分で攻撃しているのがおかしいし、第一王子をリーンが殴って倒したというのは特に理解に苦しむ。
だがそれは彼女が普通だからである。
あの国の貴人は、貴人と思いたくないぐらい酷かった。
みんなダメだった。
だから国家がセルフ転覆しかけていたのだ。
裏で黒幕がいて生き血を啜っているわけではなくて、バカなせいで自滅していたのだ。
リーンの両親も、リーンの教育を間違えたという大罪を犯している。
「もういいから。はい、降りようぜ!」
いつの間にか船は接岸していた。
ルタオのことは頭が痛くなるだけなので、全員が棚上げにして旅を進めることにしたのだ。
※
全員が船を降りて、港を少し歩き始めたときである。
まだ日は高かったが、さっさと宿をとって、そのまま一泊。
体調を戻して明日から目的地に行こう、と思っていた。
そんな一行の前に、ミット魔法国の国旗を掲げる集団が現れた。
ジゴマと同様の、高位の魔法使いであることを示すローブを着ている者が十名ほど。
さらに先頭には、麗しい美少女剣士が立っていた。
凛としたたたずまいの、気品あふれる美少女。
髪は短く、ふんわりとしていた。
ズボンを履いているがほどほどに華美で、とても良い生地の服であった。
体形にぴったり合っていることもあって、オーダーメイドであることも明白。
名乗っていないがわかってしまう。
彼女は間違いなく、この国の王女だ。
「お初にお目にかかります。ミット・ライトラ……この国の姫です」
突然のことで、彼女のことを知っているジゴマやマーガリッティも硬直して動けなかった。
一方でジョンマンは、彼女の立ち姿や武装を見て、へえ、と評価の声を漏らしていた。
「ふふふ……いきなり押しかけて申し訳ありません。大変驚かしてしまいましたね。非礼をお詫びさせていただきます」
上品に、しかしかわいらしく笑いながら、美少女剣士であり姫であるライトラは謝った。
彼女の後ろにいる高位魔法使いたちも内心で同意している、というのが顔に出ている。
どう考えても、いきなり王族に会ったらびっくりして何もできないだろう。
これで不敬だと怒り出したら、そっちの方がバカだ。
謝るくらいなら前置きぐらいしてから挨拶しろよと、段取りの悪さを怒っている。
「貴方がジョンマン殿ですね? 噂はかねがね……あのサザンカ先生と正面から勝負し、勝利したと聞いております」
彼女の言う『あのサザンカ先生』という言葉には、この国一番の魔法使い、という意味がある。
あんなすごい人に勝つなんてすごいですね、興味津々です。
という内心が表情にも出ていた。
これには、サザンカを知る者たちからすれば納得しかない。
確かにジョンマンは勝利していたが、彼女の才気と努力は疑う余地がない。
経験の差と……禁呪を使ったかどうかの差でしかない。
「サザンカ先生からの指導を断って、未来の国一番であるマーガリッティさんが貴方に師事したと聞いていたので、本当に会えるのを楽しみにしていました。まさかいらしてくださるとは思いませんでしたが」
「うぅうん……期待してくださっているようですが、私はそんなに大したものではありませんよ。貴方もご存じのように、サザンカ先生は本当に素晴らしい魔法使いです。私が彼女に勝てたのも、彼女の唯一の短所である経験不足を突いたからこそ。今戦えば、確実に負けるでしょうね」
「それでも勝負にはなるのでしょう? この国に彼女と戦える魔法使いなど一人もいませんよ」
ライトラの言葉を聞いて、ジゴマと他の高位魔法使いたちは少しだけ……そう、少しだけ嫌な顔をした。
嫌な顔をしたが、それは反論しているのではない。
サザンカは本当に、正真正銘、非の打ち所がない最高の魔法使いだ。
一対一で彼女に勝つなど、それこそ自分にとって相当有利な条件でやらねばなるまい。
そうでなければ、勝負にもならないのだ。
「武を見たいと言われるのは光栄ですね。ですが今回私と彼女が比べるのは、己の実力ではありません」
ずい、と。
びっくりしたまま動かないマーガリッティをジョンマンは推した。
「サザンカ先生の生徒の実力が、この国でも高く評価されていると聞いております。彼女らに負けていないマーガリッティさんの成長ぶりをこそ、貴方を含めてこの国の方々に観ていただきたい」
いきなりの連続であったが、マーガリッティは自分について考えた。
王女に見せられるだけの成長を遂げたのか否か。
胸を張って、彼女は前に出た。
「ライトラ殿下。遠い国で学んだ力を……貴方を含めて、多くの方に披露するつもりです」
その自信に満ちた顔に、ライトラの期待は高まっていた。
うれしそうな顔になり、ぞくぞくと震えている。
「それは良かった! 今すぐに見せていただきたいところですが、さすがにそれは無粋ですね。今日のところは、私どもが準備した宿でお泊りください。明日には手配した馬車で送らせていただきます」
親切なのかもしれないが、周囲の人を見るに『直接来ない方がよかったのでは?』という一般的な考えが正しい様子である。
とはいえ前回の王子や婚約者たち(リーンを含む)がひどすぎたので、許容範囲ではあった。
ここで地団太を踏んで『いますぐ見せてよ~~!』と喚かない限り、あの六人のインパクトを越えることは……それでも厳しいところである。
「ちょっとお転婆だけど、すごい礼儀正しい子ね!」
「そうだね(死んだ目)」
「お友達になりたいわ!」
「やめろ(死んだ目)」
自国の頂点に上り詰めた後、さっそうと出国した女王は新しい出会いにワクワクしていた。
彼女は珍しい物、新しい物に期待している様子だが、本人以上の奇人はそうそういないので期待に添えるとは思えない。
「アリババみたいなことを言いだすな……懐かしい……訪れた国の王子を見て、俺はあいつと友達になりたいんだとか言い出して、最終的に隣の国を滅ぼしたんだ」
(隣の国がかわいそう……)
なんか唐突に生えてきた隣の国が滅びたのだが、ジョンマンが一兵士扱いの40人隊なら一国滅びるのも普通であろう。
リーンが優秀な部下を大勢従えれば、同じことをする日々が来るかもしれない。
来ない方がいいかもしれない。
「あの……ジョンマンさん。あのお姫様は、帯剣なさっていますよね。それにローブも着ていない……魔法使いじゃないんですか?」
「いや。あの姿は『デュエル流戦闘魔法使い』の物だ。俺が知ってるのと少しデザインが違うけど、それはこの国の様式と融合した結果だろうな」
女性の体形を見ないようにしていたザンクは、ライトラの体以外に注目しようとしていた。
非常に健康的な体をしている彼女が帯剣しているのはそこまで不思議ではないが、ミット魔法国という看板からすると少し変に思えたのである。
それに対して、ジョンマンはやはり博識な反応をしていた。
「強いのですか!?」
「君はそればっかりだな……なんでも極めれば強いよ。ただ君が思う強さというのは、フレーム流が基本だろう? そういうのとはまた、少し毛の色が違う」
未知の流派ということで、眼を輝かせるオリョオ。
それに対してジョンマンは『君の好みの強さではない』と言っていた。
やはり詳しく知っている様子である。
「ただ、ん~~……」
その一方で、デュエル流戦闘魔法について語ろうとすると、言葉を濁している。
どう説明すれば角が立たないのか考えている顔であった。
「はははは! 貴方はサザンカ先生から聞いているように、とても博識なのですね。デュエル流について、歴史も含めてお詳しい様子だ」
「ええ……もちろん、下に見ているわけではありません。貴方ご自身も相当な使い手であるとわかります」
「説明しにくいのもわかりますよ。悪意がないこともね。ですが……それも含めて、学園で説明するとしましょう」
自分の剣を少しだけアピールしつつ、彼女は背を向けて歩き出した。
どうやら彼女自身も魔法を披露するつもりであるらしい。
護衛の魔法使いたちは『勘弁してくれよ』と少しだけ嫌そうな顔をしていたが、抗弁するほどでもないので従っていた。
普通の対応である。
前回の抗弁しまくっていた部下たちがどれだけ異常かという話であった。
「あの、ジョンマンさん! ものすごく気になるんですけど、デュエル流ってどんな歴史があるんですか!?」
「……君が期待しているようなこともないよ」
歴史の闇に葬られた暗い過去とかがあるのでは、と目を輝かせつつメモの準備をするコエモ。
しかしジョンマンは白けた対応をしていた。
「ただ、フレーム流やタワー流と違ってかなり珍しい流派だ。失礼かもしれないが、正直に言って、この国に居るとは思っていなかった。いい経験になると思うから、彼女からしっかり勉強するといいよ」
「マーガリッティちゃん! 教えて! デュエル流ってどんなの!?」
「直接見せてもらえるって話なんだから、今は黙ってなさい!」
好奇心が旺盛すぎてネタバレを求めているコエモをいさめるジョンマン。
こちらを驚かせようとしているライトラの気持ちを踏みにじるのは失礼、という判断であった。
一方でオーシオは……。
(以前から思っていたけど、叔父上はこういう話も上手よね……もしかして、王になるのならこういう姿を学んだほうがいいのかしら?)
自分の本来の目的から少しずれたところでジョンマンの技を盗もうとしているのだった。
ニコニコ漫画様でも本作のコミカライズが公開されております。
マガジンポケット様でも1月9日より公開予定です。
よろしくお願いします。




