vsナイトリッチ
ナイトリッチは内臓が震えるようなおぞましい雄叫びをあげ、再びジオに拳をぶつけ始める。
顔だけではない。
鳩尾や脇腹を殴って調子を崩そうと試みたし、蹴りを織り交ぜることで予想外の痛手を与えようとしていた。
しかし、目の前の男は全く傷を負っていない。
身につけている衣服は破れていたが、身体が土埃で汚れてはいたが、それだけだった。
「――な、なぜだ! 私の力は名ありの魔物どころか、お前の弟子をも凌駕しているはず!」
実際、魔人の能力はどれをとっても世界最高クラスのものだ。
単一の性能に関してはジオの教え子の方が優っていることはあれど、総じて戦闘力とすればナイトリッチが上。
少なくとも、今までジオが再開してきた弟子たちの中で、個人の戦いで彼に勝てるものはいない。
いくら先代の魔王を撃破したとしても、人間の到達点には限界がある。
であれば、ブラッドウルフと融合して人外の存在に成った自分が負けるはずがないと、そう思っていた。
そう思っていたが、徐々に攻撃を始めたジオの前に劣勢に陥る。
渾身のパンチは片手で受け止められ、機動力を削ごうと放つキックは膝と肘で勢いを失う。
「ブラッドウルフとの戦いは、それ以前の戦いのことも聞いているぞ! 徹底して回避に徹していたお前が、どうして攻撃を受け止める!」
「攻撃を避けていたのは無駄な噂が立たないようにするためだよ。本当は身体に当たっても影響はないし魔術で防御することもできる」
そう言うと、ジオは構すら解いて棒立ちになる。
「――ッ! 馬鹿にするなァァァァァ!」
怒りに身を任せた連撃。
しかし、その全てが相手に当たることがなかった。
ジオに迫る攻撃は、突然空間から現れた魔法陣に阻まれてしまう。
「今なら誰も見ていないし色々な戦い方ができる」
身体を低くして魔人の足を払うと、浮いた身体に拳を叩き込む。
ナイトリッチは緑色の血液を吹き出し、腹部には痛々しい拳の跡がついていた。
立ち上がった魔人は戦闘体制をとるが、既にジオの姿はそこにはなかった。
次の瞬間、背中に灼熱の苦痛が走る。
振り返ろうとしたが、両足が凍っていて後ろを向くことができない。
一陣の風が吹いたかと思うと、身体中が切り刻まれていた。
地面から巨大な土の腕が現れると、魔人を掴んで壁面に叩きつける。
凍らされていた両足は砕け、赤い身体のほとんどが異なる色の血液に塗れていた。
「……く……くそッ……!」
それでも魔人は生きていた。
再生能力を手にしていたことで、両足は復元され、傷も癒えていく。
その速度が速いのか遅いのかジオには理解できなかったが、一連の攻撃によって弱点を見抜いていた。
「相手が外道でも苦しめるのは嫌だ。もう終わらせようか」
そう言いつつも、ジオが各属性の魔術を使ったのは痛ぶるためではなかった。
どの属性が効きやすいのか、ウィークポイントはないのか。
戦術的な攻撃だった。
特段魔人が苦手としている属性攻撃はなかったが、やはりと言うべきか、心臓の周辺は傷の治りが遅い。
「ま、待て! おかしいとは思わないのか!」
ジオは足を止め、言葉を待つ。
「王は平和を願うばかりに大胆に動くことができない! これではいずれ、貴族に取って代わられるぞ!」
冷ややかな視線が魔人に突き刺さる。
「だから私が支配してやるのだ! 絶対的な力を持つ王によって国を治めれば、反乱の芽など――」
魔人は、ナイトリッチは言い切ることができなかった。
ジオの手刀が心臓を貫いていたからだ。
「……な、ぜ……」
腕を引き抜くと、魔人の身体が力無く崩れ落ちる。
完全に息絶えてぴくりとも動かない。
「……政治はよく分からないけど、少なくともあなたのやり方は間違っていると思うよ。それに、エドワード王の他にも平和を願ってる人はたくさんいるんだ」
皮肉にも、ナイトリッチの起こした暴動によって王の対応が評価され、貴族たちが友好的に変わっていくのだが、もはや本人が知ることはできない。
予想以上の早さで戦いが終わっちゃいました




