vsトロルキング
シャーロットが身に纏っている赤い鎧は通常の騎士とは違う。
違うというのはもちろん見た目だけの話ではなく、性能もだ。
ケンフォードの名だたる鍛冶屋たちが、群れることをよしとせず、他の鍛治師はライバル以外の何者でもないと捉えている彼らが例外的な力を合わせて作り上げた逸品。
並の攻撃なら衝撃すら伝わらず、むしろ攻撃した側にダメージが残る、それだけの性能を持つ「作品」。
戦いの多い騎士としての一生を終えてなお傷一つ負わないであろう鎧は、この十数秒の間に防具としての機能の大半を失っていた。
「……あまり時間はかけていられないな。先生、見ていてください」
彼女は悲鳴をあげる身体を無理やり起こし、戦闘態勢をとった。
ここにいるはずもない思い人の名を出したのはきっと、自らの戦意を鼓舞するためだろう。
眼前に立ち塞がる魔物は体長がゆうに5メートルを超えており、片手に持っている巨大な棍棒もあってトロル種に思える。
しかし、通常のトロルであれば体長は2〜3メートル。
そう考えると、ナイトリッチが呼び出したこいつはいささか大きすぎる。
「名ありか」
意図的に作られたものか、自然界に存在していた個体を連れてきたのかは定かではないが、ここまでの体格、力を持つトロルはネームドモンスターに他ならなかった。
だからこそ、ケンフォード最高の防御を誇る鎧を凹ませることができたのだ。
シャーロットは迅速な対応ができるよう姿勢は崩さず、密かに鎧の可動を確認する。
幸いなことに、腹のあたりに大きなヒビが入っているだけで、炎の噴射は可能だった。
とはいえもう一撃でも喰らえば、それすらも不可能になるだろう。
トロル……相手の強大さを忘れないため、彼女はこの個体をトロルキングと呼ぶことにした。
トロルキングの一撃は防具を打ち壊しただけでなく、守られている彼女の身体にも大きなダメージを残している。
治癒魔術をかけて休めば治る程度のものだが、戦闘を万全に行うのは難しい。
この攻撃を受けたのが自分ではなく他の団員だったら……そう思うとゾッとした。
「こうしている間にも王に危険が迫っている。来ないならこちらから行かせてもらう!」
背面から炎を噴射して突っ込むと、トロルキングはそれに反応するように棍棒を振り上げる。
重い武器は振り下ろす時に速度が出ないことが多いが、今彼女に向けられているそれは、風を切り裂きながら迫ってくる。
細かな軌道変更で左右のどちらへ避けるかフェイントを入れつつ、シャーロットは攻撃を躱していく。
だが、上手く後ろへ回り込もうとするも、トロルキングは攻撃のたびに自分の死角をカバーするように身体の向きを変えていった。
やはり、異常な進化を遂げるだけあって戦闘慣れしているのだと思った。
トロル種は一撃が重いものの隙もまた多く、正面から戦わず、奇襲でなければあまり恐ろしい相手ではない。
おそらく、トロルキングは成長過程において自らのウィークポイントを隠す戦法を身につけたのだ。
後方に回ることができなければ、必然的に正面から戦うしかなくなる。
いくらジオの教え子であり、近接戦闘に長けたシャーロットであっても、攻撃特化のネームドモンスターと真っ向から戦えば命はない。
どうにかして付け入る隙を見つけなければ勝ち目はないのだ。
考える時間が欲しいところだが、現実は、戦いはそう甘くない。
シャーロットが作戦を立てているのを知ってか知らずか、トロルキングは攻撃の手を緩めない。
大ぶりの一撃が地面を沈め、そのたびに爆発が起きたかのような音と揺れが起こる。
「くっ……これでは埒が明かない……」
避けることはできるが倒すことができない。
防戦一方。
かといって、守りを捨てて攻撃に転じても1分と持たないだろう。
その時、シャーロットの脳内に過去の記憶が流れ出していた。
書き出すのではなく読み込む行為。
時間はかからなかった。




