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62.歯磨き粉

何かと影の薄い総司との日常回



「暇だな...」


僕は二度寝から起きたベットの上で天井をぼんやりと眺めながらつぶやいた。


まだ午前10時だというのにここのところ毎日聞こえるアブラゼミのジージーという一人むなしいラブコールがやかましい。君はこの夏にかけてきているのかもしれないが、近所迷惑だからどこかよそでやってくれないか?






はぁ...それにしても暑い...。


壁にかかった温度計に目をやると、なんと部屋の温度は30度を優に超えて35度。地球温暖化もここまできたかとひしひしと感じさせられる。窓を開けてみても生ぬるい風が入ってくるだけでちっとも涼しくならない。これでは流石に年季の入った扇風機では太刀打ちできるわけもない。



「よし...」


僕はじっとりと湿ったTシャツを脱ぎ捨てながらこの強制温室から避難することを決めた。





僕は途中のコンビニで買ったアイスを手に総司の家に来ていた。総司の部屋はエアコンがあるからこんな猛暑の日はいつも入り浸っている。



「よ。いれて」


「...いつものことだが、いきなりだな」


「アイス買ってきてるんだ。溶ける前に食べよう」


僕は無理やり総司のわきを抜けて家の中に入って行った。10年来のつきあいだし、別に連絡を取らなくてもいいかなと思って最近は突然家に行くことが多い。



「あら...律月ちゃんいらっしゃい」


「あ、おばさん。お邪魔してます」


「ゆっくりしていってね」


「ありがとうございます」


総司のお母さんとはしょっちゅう顔を合わせているからかなり良くしてもらっている。おばさんに挨拶をしつつ、階段を上り総司の部屋に向かう。



「いやぁ~、やっぱ涼しー...」


ひんやりとした冷気が肌を包む。ここはこの世の天国だな。



「なんか飲むか?」


「適当に」


「じゃあ、麦茶でも持ってくる」


「おー」


総司の部屋は彼の几帳面な性格が反映されたように物が整然としていてよく片付いている。勉強もできるので難しい参考書が並んでいる様をみると真面目くんの部屋のように思うが、その隣に並んでいる美少女フィギュアたちの異質さが半端ない。



「持ってきたぞ」


「ありがと。なんかフィギュア増えてないか?」


「あぁ、リリーの限定版フィギュアが出てたから買ったんだ。結構ディティールも凝ってるし一目ぼれしてな」


「ほーん...」


こいつはもっぱら萌え系アニメのオタクで昔から美少女フィギュアを集めることが好きだった。小学生にしてガーターベルトのよさを僕に語ってきたあの日のことはいまでも忘れない。



「ほら、アイスどっち食べる?」


「塩ラーメンとチョコミント...なんでこの二つなんだよ」


「期間限定って書いてあったから。面白そうじゃん」


「はぁ...男子中学生の思考で買い物するな」


そんなこと言われても。日本人は「期間限定」と「数量限定」には無条件で近寄ってしまうという習性がDNAレベルで沁みついてしまっているんだよ。どうせ塩ラーメンなんて売れるわけもないし、二度と出会えないかもしれないので僕はこの一期一会を大事にしたいんだ。



「じゃあ、チョコミントのほうをくれ」


「ほい」


ついてきた木のヘラでアイスを掬って口に運ぶ。お、案外食べれないこともないな。



「総司ってチョコミント食べれるんだ」


「まぁ好んで食べるほどではないけどな」


「歯磨き粉だしな」


「他の人の前ではそんなこと言うなよ。チョコミント好きにとってその言葉は禁忌だからな」


いやでも口がスース―する感じとか完全にそれなんだよね。子供のころにいちごとかメロンの歯磨き粉が好きだった僕としてはいっそのこと開き直ってチョコミント味と題した歯磨き粉を作ってしまえばこの論争も終わるんじゃないか?


...いや、そんなわけないか。




僕はアイスを食べながら歯磨き粉を食べる総司のほうを見る。



「今日なにしてた?」


「まぁ、8時に起きて宿題してたな」


「うへぇ...真面目」


「こういうのは毎日やらないと身につかないからな」


よくもまあそんな計画立ててできるものだ。僕も小学生の時に宿題のスケジュール表なるものを夏に入る前に書かされたが、一度だってその計画がなされたことはない。



「律月も早めにやった方がいいぞ」


「僕は尻に火が付かないとやる気が出ないタイプなんだよ」


「毎年桜花と一緒に俺のところに泣きついてくる奴は誰だ?」


「僕だ!!」


「なんで誇らしげなんだよ...」


そんな何気ない会話をしながらアイスを食べているといつの間にか空になっていた。ほどほどにおいしかったが、次買うかと言われれば微妙なラインのアイスだった。まぁ、売れ行きが良ければ来年の夏にも会えるかもしれないな。



僕はアイスの空をゴミ箱に投げ捨ててごろんと床に転がった。



「はぁ...どうしよっかなぁ」


「・・・」


「はぁ...」


「・・・」


「そこは『どうした?』って聞けよ!」


「いや...面倒くさそうだったから」


まったく、普通友達がため息ついてたら心配してくれるものだろ。無駄に吐いたため息と一緒に出た幸せを返してほしい。



「実はちょっと相談があってさ」


「勝手に言うのかよ...」


うんざりとしつつも総司もチョコミントを食べ終わり聞く態勢に入った。



「悠に...僕が本当は男だって言わなきゃダメだと思うんだよ」


「ほう」


「だけどそれを言う勇気が全然湧かなくてさ...」


あんなことを言っても総司は真面目な性格だ。真剣な表情で僕の話を聞いている。



「言わずにつきあっていくっていうのは?」


「正直、一生嘘をつき続けられる自信がない。それに本当は悠に嘘つきたくない」


「そうか...」


ジキルの課題だからということよりも、悠にこのまま嘘をつき続けられるかと言えば僕はいつか途中で限界が来てしまうと思う。



「中学のときのあれがあるからなぁ」


「そうなんだよ...」


「うーん...まぁどうしてもっていうんなら俺はがんばれとしか言えないけどな」


「役立たずだなぁ」


「お前はどうしてそんなに毒舌なんだよ。仮にも悩み聞いてあげてるだろうに」


「どっかにパパっと背中押してくれる道具ないかなぁ...」


「聞いてないし...てか、そんな目で見られても俺のポケットからはそんな便利な秘密道具はでてこないからな」


気心の知れた相手には多少毒も吐きたくなるなるってもんだよ。コミュ障っていうのは普段他人に対して高い壁を築いているけれど、その中に入ってくると今までなんで話さなかったのっていうくらい饒舌になるからね。



「まあ、こればっかりはお前自身の問題だからな。俺が出来ることは少ないけど、万が一ダメだったら桜花と一緒に慰めてやるよ」


「ありがとな...その時は総司と付き合ってあげるからな」


「なんで俺が慰められる側なんだ?てか、もうさすがにお前のことは男子中学生くらいにしか思えてないわ」


総司は僕のことを本当に男として接してくれる数少ない相手なので、こういう冗談も気軽に言い合える。それにしても男子中学生とは...僕の精神年齢をなめてないか?



「悠に本当のことを伝えられたら総司にもちゃんと紹介してあげるよ」


「まぁ...それはいいけど。なんか俺、篠宮さんに嫌われてる気がするんだよな」


「悠が?そんなわけないじゃん。悠は女神のように優しい天使だよ。卑屈になるなって」


「女神なのか、天使なのか...」


そりゃ、どっちもだよ。





「あ、そうだ。ゲームやろうぜ、ゲーム。格ゲーやりたい」


「いいけど...この前みたいにコントローラー投げるなよ?」


「まかせとけって」


「信用ならん」






結局のところ、10連続でボコボコに負かされた時点でコントローラーは投げた。

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