きみはおさななじみ
目を覚ますと、見覚えのない天井が広がっていた。
体を動かそうとして小さくうめくと、視界にさっと女の人の顔が現れた。
少しぽっちゃりとした看護師が、目も口も真ん丸にしてこちらを見下ろしているようだ。
何度か瞬きをすると、彼女はぱっと笑みを浮かべた。
「目を覚ましたのね、よかった……!」
「……あの」
「あっ、無理に体を起こしてはいけませんよ、今先生を呼んできますから。柏木さん!」
後ろに控えていたらしいもう一人がぱたぱたと出て行く足音がする。
自分はどうやら病院にいるらしい。どうしてかはわからない。
視界に映る小さな手を何度か握ったり開いたりを繰り返す。指先が痺れている。見慣れているような、初めて見るような、不思議な感じがする。
先ほどの看護師が、微笑みながら点滴を調整した。
「ずっと眠っていたんですよ。久しぶりに動かすと、変な感じかもしれないわね」
「ずっと……?」
「ええ、一か月くらい」
いっかげつ。
掠れた声で繰り返すと、なぜか胸の奥がざわざわと騒いだ。何か、眠る前にしなくてはならないことがあったはずだ。もっと早く目覚めて、するべきことがあったはずだ。
心臓の音が大きくなる。何だろう。泣き出しそうになった時、看護師の優しい声が耳に触れた。
「ところで、お名前は?」
「えっ」
「やっぱり、まだ思い出せないかしら」
名前?
シーツを掴んで考えるが、わからない。
頭の中が真っ白だ。何かを思い出そうとしても、何も出てこない。
これが普通ではないことは、十分わかっている。なぜ、どうしてこんなことになったのだろう。
「つばさ、起きたの?」
呼ばれて、振り向いた。
看護師の後ろ、小さく開いたカーテンから、男の子が顔をのぞかせていた。
見覚えのあるような、ないような、不思議な感覚だ。頭の奥がじんじんと痺れている。
何も言えないまま見つめていると、看護師が驚いたように声を上げた。
「この子、つばさちゃんていうの?」
「はい。それだけ思い出しました。相変らずぼくの名前は思い出せないけど……」
何度か瞬きをしていると、にこにこと笑った男の子が近づいてきて、冷たく痺れた手を握った。
心臓が跳ねる。もしかしたら、彼のことを覚えているかもしれない。
「あ、あの」
「なあに?」
「私は、つばさっていうの?」
「そうだよ」
窓から差し込んでくる光が、男の子の髪をきらきらと照らす。
金色のような、淡い茶色のような瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「あなたは、私のおともだち?」
「……ちょっとちがう」
困ったように首を傾げた男の子に、つばさもつられて首を倒す。
先ほどより強く手を握られて驚くより早く、男の子がぐっと顔を近づける。
そして、内緒話でもするように、いたずらっぽく言った。
「ぼくはきみのオサナナジミだよ、つばさ」
――ああ、そういえば、私には幼馴染がいたんだっけ。
空っぽの頭の中で、オサナナジミという響きは、なぜだかとてもしっくりくる気がした。
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